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第15話



有珠達が苦しい問題に直面していた頃。

運命を捻じ曲げる努力をして一応の成功を見た集であったが。

残念な事にその実感を感じる事もなく。

一夜明けて訪れたのは明確に体を酷使した証拠であった。

つまりビキビキ筋肉は悲鳴をあげ体は痺れたかのように全身筋肉痛なのだ。

それは起きたその瞬間から始まる。

学校へは行かなくてはいけない。

しかしベッドから起き上がるその瞬間から集の厳しい一日ははじまる。

ビキンと金縛りにあったかのような体が突っ張った状態。

成長痛ともまた違う疲れが抜けきれない回復しきっていない状態なのだ。

それでも学校に行く事を辞める訳にはいかなかった。

努力の結果が…

有珠の顔が見たいと言う欲望?に集は抗えなかったのである。

とはいえ教室についてしまえばもー動きたくない。

そのままうつ伏せになりジンジンとする背骨付近に力を入れる気分で痛みに耐える。



「いてえ…きつい…」

「どうした集?

そんな肉体労働に精を出しすぎて筋肉痛になっているふりなどして」

「…本当にお前は」


声を掛けてきたのは当然大地である。

その表現はまるでその状況を見て来たかの様な言い方であった。

ある種の知っている様な話し方をされると本当に大地が見ていたかの気分になり集は大地を睨まずにはいられない。

この男ならある意味で常識外の事でも飲み込めるだろうし?

夢として手伝わせても良かったんじゃないかと考えてしまう。

いっそ巻き込んでやろうかと思ってしまうがあてずっぽうで喋っているに過ぎない大地にむきになっても仕方がない。


「そーだよ。慈善事業をしたんだよ。お前にも手伝わせればよかった」

「それは無理だな。

昨日はロジカルドライバーとヒュージョンをしてアストラルパワーの充填をしていたのだから」

「そーかい」

「そうなのだ。

お前も試すべきだぞ。同じような資質を感じるのだ」

「そういった類の病気からは卒業できたつもりだ」

「甘いなぁ。いくら集が卒業したくとも周囲が放っておいてくれないさ」

「そーかい」

「自覚した方が楽だぞ」

「いいや抵抗させてもらう…」


ただでさえ「アリス・ミノロワール」という超常現象に片足を確実に突っ込んでいる状態の存在と契約とやらをしているのだ。

傍から見ればリアル中二病の世界に既に集は生きている。

これが2回目の高校生活であることを考慮しても認める訳にはいかなかった。

理由は単純でこれ以上有珠との距離を離したくなかったからに他ならない。

アリスの特殊性を有珠が理解してくれるまで努力した場合どうなるか。

有珠の視線がどれだけ「優しくなる」か考えただけでも恐ろしい。

だからこそ大地をどうにか引き戻したい。

そして戻ってこいと言いたくなる集であった。

頑張りたまえよと応援されながら大地が自分の席に戻るのと入れ替わり。

残念な事に大地の病気に理解がありすぎる存在も登校してきたのである。

ぐったりとしている集にやれやれと言った具合に話しかけて来るのは当然アリスだった。


「日頃の運動不足が響いているのね?

体力づくりでもした方がいいんじゃない?

労働の資本は体よ」

「ははは…まだ企業戦士じゃない」

「経験者はその大切性を理解してるでしょ」

「今の僕は16歳で高校1年生なんだ…」

「精神年齢?は30歳じゃない?」

「…僕わかんなーい」


返事も今はしたくない気分であったがアリスに引きずられて言葉を返してしまう。

良くわからない心地いい会話のテンポがアリスとの間にはあった。

椅子を引きずる音がして後ろの席に座った事だけは気配で感じられる。

アリスのその声掛けに集は体を起こしてでも睨みつけたくなっていた。

いきなりのハードな肉体労働だけは勘弁してほしい。

億劫になりながらもそうして振り向けばアリスはにこやかに微笑み替えしていた。

その余裕を見せつけられてふぅっと、ため息をつきたくなる。

まだまだこれからなのだと無言で言われているみたいでその態度の示し方は集の知っている誰かと重なり合った。

誰と重なり合ったのかは思い出せず解からないが。

机に肘を立てて重ね合わせた手の上に顎を置くその形は確かに見た事があるはずなのに集は思い出せない。

けれどその思い出せそうで思い出せない集の気持ちは置き去りにされアリスから更にオーダーの予告が入るのだ。


「…次は今回みたいに短くない。長いわよ」

「マジっすか?」

「マジっすね?」


うっそだろうと頭を抱えたくなる集はその宣言にげんなりして、

振り返っていた体を元に戻すとまたうつ伏せになりうーんと唸り声を上げる。

これ以上に酷使いられるのかぁ?というのが集の本音であった。

体力的には回復するまでには時間がかかるのに。

その上にあの労力に対する対価をまだ見られていない所が引っかかっていた。


「大丈夫よ。無事に病院にたどり着いて大城さんに後遺症は起こらない」

「その割には有珠が落ち着いているように見えないんだが…」

「そりゃぁーそうでしょうよ」

「目の前で親友が倒れたら動揺もするでしょう。

まして病院に運び込まれたらね。

いつもの4人組が欠けて3人になればね」

「それもそうか」


ちゃっかりと有珠とその周囲にいる楓と祥子も気にしている集。

当然4人組が3人組になって不安そうにしていればそうもなろう。

声を掛けようにも集と有珠の距離は今だクラスメイト程度でしかない訳で…

だけであれば良いのだが約束をすっぽかす男として距離を取られる状況だ。

刺激するのは宜しくない。


「それでも大城さんが復帰すれば黒江さんの機嫌もよくなるわ。

そして集が頑張ったおかげで快復まで時間はかからない。

努力した甲斐があったわね」

「お、おう」


そう言われればそうなのか?と納得するほかない集なのである。


「ともかく里桜の運命は良い方向に向かうわ。

何よりあの子にとっての最悪は回避されるのだから。

集は次に備えるのよ。

仕込みが始まるのだから」

「解った。次は何をすれば良い?」

「それは始まってからのお楽しみね。今は忠犬の様に「待て」をしてなさい」

「ワン」

「よろしい」

「暫らくしたら黒江さんのご機嫌が治るから。

その時に何をするかを考えておきなさい。

点数を稼ぐのよ!」


そうして肩を叩かれればまたアリスは理解不能な計算を始めその場を去ったのだ。

ご機嫌を取るも何も話さなければいけないが。

それから数日間は有珠は楓と祥子から離れる事はなかったし、

放課後に話しかけようにも里桜の病院へと向かってしまうために手も足も出なかった。

その事に焦りを覚える集であったのだが…

活路を別のアングルから見出す事になるその起点を作ってくれたのも大地であった。


「あぁ…まっずいなぁ…やっぱやらかしているよなぁ」

「安心するがいい集が逃げた分は手伝っておいた」

そのお陰で黒江さん達は予定通りに資料を返却できたのだ」

「大地…なんて気が利くんだ」

「感謝の心は近々公開される星間戦争の最新エピソードのチケットで良い」

「ああ!それくらいで済むのならいくらでも」

「ほほう?いくらでもと言ったな?その言葉忘れるなよ」

「お、お手柔らかに」


ともあれ大地がフォローしてくれていた事を差し引いても有珠のご機嫌は宜しくない事は確か。

ここは何としてでも汚名を返上し名誉を挽回しなければいけないと意気込んでいたのである。

さしずめ思いつく事は映画にでも誘ってみるかと気軽に考えレビューサイトと公開情報に目を通す集であったが。

彼に致命的な物が足りていなかったのである。

そう有珠がどんな映画を見たがるのかが解らないのである。


「しまった。今の流行が全く分からない」

「流行は星間戦争の最新エピソードだぞ」

「それは…」


間違っていない。

しかし女生徒と一緒に見に行く映画としては相応しいとは思えない。

もっと純愛ものぴゅあぴゅあな青春ハートフル奴が良いんじゃないかと集は考えるが…

そもそも純愛の青春ハートフルピュアピュアな奴を有珠は見たがるのだろうか。

い、いや有珠も女の子なのである。

ならストライクゾーンをど真ん中の誰でも見たがる映画を選ぶべきであり、

有珠ならではの物を選ぶのは間違いだ。


「集の見たい物と私の見たい物はちょっと違うけれど…

でも楽しめない訳じゃないから」


解かっているさ有珠。今度は間違えない。

そうと決まれば…

ちゃっちゃと集は指先を動かし検索エンジンで検索をするのである。


「あ、あった!」

「何があったのだ?」


集が見つけ大地が覗き込んだそのサイトは、


―今どきの女子高生が見たい映画B級ランキングベスト50―


である。

おま、それはちょ…である。

どう考えても怪しいサイトであった。

勿論情報の出所と言う意味で。である。

いや別に大手の雑誌が調査した意識調査みたいなものであれば何ら問題はない。

今人気の物って奴だからそれなりに流行るのだろう。

しかし見ているサイトは絶対にそうではない。

怪しい宣伝に彩られたどう考えてもアブない感じである。

集が見つけたのはどう考えてもアングラ系であった。

何をどう検索したらそう言った結果が最上位に浮かび上がるのか。

大地には解らない。

集の引きの強さがそこにたどり着かせるのか。

はたまた2週目の集に対する試練であるのか。

ただしそのサイトにたどり着くために集が入力したキーワードは、

確実に普通を凌駕した危ない文字が入っていた事は確かであり…

病気の大地は健全な集を気遣う事にするのであった。


「集もう一度検索しろ」

「え?なんで?だってなかなかマニアックな映画が見たい様だし。

これなら僕も満足だよ」

「ああ。お前が満足する事は認めるが少なくとも黒江さんは満足しない。

悪い事は言わないからもう一度検索しろ」


大地のその圧はとても強かった。

そして病気にかかっている大地ですら見に行かないようなラインアップの映画を有珠が喜ぶわけがないのである。


「映画でも見に行こうよ」


その簡単な言葉が今の集にはとても遠いことであった。

集のデート計画は発動する前から前途多難であった。



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