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第12話


すぐさま職員は緊急車両の手配をする。

タイミングとしては最悪でありえないほどの豪雨が降り注ぐ中であったが。

冠水すると思われていたエリアは水没しておらず問題なく救急車は資料館に到着。

救急隊は慌てる事無く迅速な処置と対応が出来た。

結果、適切なタンカーを用意出来て里桜は頭をしっかりと固定して搬送された。

その僅かな時間が里桜の運命を良い方向に引き寄せる。

里桜の乗せた救急車が通過後にその道は通行止めとなるのである。

搬送される病院は直ぐに見つかり最小の時間で病院に救急車両はたどり着いた。

その速さは更なる幸運を引き寄せた。

帰宅予定だった脳外科の医師は連絡を受けて病院に留まり専門医に直ぐに見てもらう事が出来たのだ。

お陰で里桜は病院にて的確な処置を受ける事が出来たのである。

本当に全てがうまく噛み合った結果であった。

里桜の母親の大城里奈も病院へと駆け付け医師からの説明を受ける事になる。


「有珠ちゃんありがとうね」

「い、いえ。わたしは…傍にいる事しか出来ませんでした。

全ては職員さん達のお陰です…」

「それでもね。里桜の傍に有珠ちゃんがいる事はとても大きなことなのよ」

「はい…」



数日後。


うっとおしい雨が続いた日が続きやっと晴れた蒸し暑い日であった。

有珠は里桜の母親から面会の許可を貰いお見舞いの為に病院を訪れる事になる。

それには祥子と楓も一緒であった。


「部活の練習があるでしょう?しかも今は…」

「嫌だ。里桜の無事な顔を見るまで安心できない」

「うんっ」


けれど楓と祥子にとってはあまり良い時期ではなかったのだ。

吹奏楽部の練習は既に始まっている。

それは夏の大会における選抜メンバーの選考も始まっていると言う事だった。

演奏は奏者の感情の変化に敏感に出てしまうための不安はそのまま旋律に現れる。

そう考えたら少なくとも里桜の無事な姿が見たいのは当然の事であった。

いつも一緒にいたメンバーがいなくなって不安になるのも分かるし。

里桜の無事な顔を見たいのは有珠も同じであった。

母親経由で聞いていた病院の病室は個室。

面会時間であれば何時だって気兼ねなくお見舞いをする事が出来るのだから。

部活の練習が終わってからでもと思うがそうすると病院の面会時間が終ってしまう。

友達と言う間柄ではそこまでの融通は聞かせてもらえない。

早退する事は出来るがその代わりに全体練習に参加できなくなってしまう。

パート練習が終わり全体練習が始まる少し前。

有珠は吹奏楽部が練習する場所に向かってチラリとだけその姿を見せた。

それが祥子と楓への合図になる。

それだけで練習が上の空だった祥子も楓も急いで帰り支度して簡単に帰ります!宣言。


「先輩!有珠が来てくれたから帰りますね」

「え?ちょっと待ちなさい。病院にお見舞いに行くのなら練習が終わった後でも良いでしょう?」

「それじゃぁ面会時間が終っちゃいます!」

「そうはいっても貴女は重要な場所を任される事になるのよ?」

「友達が復活するまでですからっ!それじゃ行きますね!」

「まって!まちなさい!」


二人は自身の楽器であるサックスとトランペットを片付けると音楽室を飛び出して来てしまったのだ。


「有珠!早くいこう?」

「里桜の無事な顔が見たいよ」

「え?ええ…」


進奏和の吹奏楽部員は多い。

祥子と楓がいなくなったとしても何ら問題はないはずだと有珠も考え。

そもそも部員でない自身がそれ以上の事を考えても仕方がないと割り切ったのだ。

楽器を片付けて練習から抜ける楓と祥子は里桜の事しか考えられないのか。

他の部員の周囲からの視線を気にする事は無かった。

しかしその二人よりも視線を集めていたのは先頭を歩く有珠の姿。

吹奏楽部の2・3年の生徒から視線は確実に楓と祥子には向いていない。

有珠は物凄い居心地の悪さを感じつつ3人で里桜の病院へと向かったのである。

受付を済ませた有珠はそのまま里桜のいる病室に向かうと里桜はまだ眠ったままだった。

いらっしゃいと声をかけて迎え入れてくれたの母親の里奈であった。


「あ、あの里桜は…」

「さっきまで起きていたのだけれどね?

午前中の検査が大変だったのかも。

検査で疲れてしまって眠ってしまったの。

御免なさいね」

「あ、いいえ」


流石に眠っている病人を起こすわけにもいかず。

そして面会終了時間までに里桜が起きる事は無かった。

それでも里桜の寝顔を見られたと祥子と楓は喜んでいた。

ありがとうねと里奈にお礼を言われて3人は病室を後にする事にしたのである。


「里桜…大丈夫だよね?」

「運が悪かっただけだよね?」

「…そう、ね」

「私毎日お見舞いに行くよ!」

「わ、私も行く!」

「ええっ?大丈夫なの?」

「里桜が一番心配なんだよ」

「そうよっ」


有珠と違って楓と祥子は部活がある。

流石に付き合いが長いからと言って部活を連日の様に途中で抜けて。

それは大丈夫なのかと有珠は考えてしまっていた。

しかし言い始めた楓と祥子は里桜の起きている姿を見るまでは何度だってお見舞いに行くだろう。有珠に止める術はない。


「心配しないで有珠。部活は何とかするよっ!

これでもレギュラーは取れそうだからさ」

「私も。今は練習より里桜だよ!」

「う、うーん」


良いのかなぁと有珠は思いつつ。

本当に二人は部員を説得できるのか?有珠は不安でしかなかった。

それ以上の追及はしなかったのだが…

当然別の所で歪を作る結果となっていたのである。

たとえ有珠にその気が無くとも周囲から見ればそう思われても仕方がない。

何より吹奏楽部の中で楓の奏者としての技量は高いでは済まされなかった。

他者より頭2つ突き抜けていた。

演奏表現方法は豊かで音色も綺麗なのである。

トランペットのソロパートを任せられるほどに顧問の教師を納得させうる技量を持っていたのがいけなかった。


「どうして…私の3年間は…」

「部長は頑張っていらっしゃいます!」

「大丈夫です!練習した量は人一倍ですし、その努力を皆知っていますから」

「指導員だって上手くなっているって褒めて下さっていますし!」


3年の集大成。

その大切なコンクールの意気込みを持っているからこそ、

それが3年生達の、特に部長の怒りを買う事になったのだ。


聖楓はすれ違う。

幼少期からトランペット一筋。

有珠のヴァイオリン・里桜のサックス・祥子の三味線そして楓のトランペット。

彼女達の演奏という遊びに費やした時間はそれ相応に長い。

楓はちゃんとした指導員からのレッスンは受けていないが耳に心地よい音を出す。

そこに中学校の部活で先輩に指導され磨きをかけ顧問の教師の知り合いに個人レッスンを斡旋させられるとその才能は開花したのである。

けれど楓にとっての音楽は演奏は有珠達4人で行う楽しい物なのだ。

吹奏楽部に入ったのはまた4人で演奏したいからでありサックスを演奏したい祥子に配慮したためでもある。

その機会を学校で合法的に得る為であった。

厳しい朝練が始まる前の事。


「有珠も里桜も今は調べものとかで忙しいかもしれないけどさ。

けれど少し時間を置いて落ち着けば吹奏楽部に入るよね?」

「それは…どうかな。蔵書が多すぎてなかなか見つけられないから…」

「そう簡単にとはいかないかな」


困惑気味に有珠も里桜も返事をするほかなかった。

楓はやっぱり4人での演奏が一番大切なのだ。

大会とか演奏会とかははさして重要では無い。

レギュラーなんて取れなくても構わない。

部活でも何でもいい。

4人で演奏する機会さえあればとしか思っていない。

しかし環境がそれを許してくれない。

進奏和の吹奏楽部は強豪である。

大会は勝つために出場するのでありエンジョイする為ではない。

学校の名声を上げる為にも顧問の教師とは別に著名な指導員まで迎え入れているのである。

勝つためにメンバーを選ぶ。

そう言った意味で楓は優秀すぎたのだ。

技量と周囲を引き上げる能力。

同じトランペットを演奏する者が近くにいて楓と共に演奏すればその演奏力は引っ張り上げられる。

そう言った演奏を楓はするのだ。

その技量を持って指揮者である顧問は全体のバランスを考える。

だからこそ…全体練習に楓は必要なのだ。

楓の音は重要な要素となっている。

吹奏楽部は楓を手放さない。

それでも楓が優先するのは里桜の安否である。

だから部活への取り組み方を考えれば軋轢が生まれる事は必然であった。



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