有珠との楽しい時間が待っていた集であったが未来を変える為と言われれば名残惜しくも諦める他ない。
集は耐えがたい結末を変える為に過去に来たのである。
その導き手アリスによって示された第一歩として訪れたのはホームセンターであった。
「アリスさん?僕たちは未来を変える為にここに来タンダヨネ?」
「そうよ、もう無駄な事をしている時間はないわ。
要件を済ませてさっさと行くわよ」
こうしてその場で購入したのはゴミ袋とシャベルに軍手であった。
何に使う物なのかは集にも理解できる。
しかしこの購入品がどうして必要なのかそれを理解はしたくなかった。
そしてホームセンターで買い物をした後に向かった場所は想像もできない場所であった。
雑木林と河川敷が交わる場所であり草木が生い茂り道路へとそのせり出すように雑草が溢れる場所だったのである。
アスファルトで舗装されたその道路の両脇にある溝は深いはずであるが土が入りその水の流れは悪かった。
何度かの集中豪雨で流れ込んだ泥と砂利が排水される為に作られた溝を塞いでいたのである。
その塞がる寸前の溝の先には排水用のトンネル。
水はそのトンネルを通って大型の河川へと排水される作りであった。
集はここに連れて来られた意味も。
そして買って来た道具の意味も理解したくなかった。
「さぁ集!未来を変える時間よ!
掘って掘って掘りまくって溝を綺麗にするのよ!」
「…は?」
「意味が解らなかった?
それともシャベルの使い方を教えた方がいいのかしら?」
「シャベルの使い方は解っているから問題はない。
しかし意味が解らないな」
「そんなに難しい事ではないの。
集がこの溝の掃除をする事によって運命が変わるのよ」
そうねぇとアリスはしばし考えて続きを話し始めた。
「集はピタ〇ラな機械を知っているでしょう?」
「ビー玉が転がる奴だったような」
「そうよ!つまり溝掃除をしてビー玉が転がる様にすると未来が変わるのよ」
「更に意味が解らない」
「そうよねぇ。でも「そう言う事なの」だから始めなさい」
「…解った」
納得は出来ないが理解するしかない事象をアリスに見せられている。
だから意味があるのだと納得するほかなく作業を始める事になるが…
その掃除が終わるまでの道のりは果てしなく遠い。
掘り起こす泥の量は凄まじく用意していたゴミ袋は瞬く間に詰まっていく。
まだ暑くはないが梅雨に入っている所為か蒸し暑さを感じられる時期である。
始めて30分もすれば集は汗だくになり手を休めたくなる。
「ほらほらっ!キリキリ作業なさい!」
「精一杯やっているって!」
泥を掻きだす作業が楽な訳がなくただ見ているだけのアリスに文句の一つも言いたくなる。
疲労がピークに達してぜぇぜぇと肩を動かしシャベルに持たれかけながら集は声を絞り出し抗議する。
「み、ているだけじゃなくて手伝ってくれてもいいんじゃないか?」
「そんなっ!私はか弱い女の子なのよ?」
「そう見えないから言っているんだが…」
アリスは人間とは違う存在であり自身を「叶える者」と言っている。
その言動に相応しく確かに人知を超えた力を見せつけられてもいた。
少なくともいきなりその場から消える事など人間にはできない。
ならその力を使ってくれてもいいだろうと集が考えるのは自然の事だった。
しかし…
「出来たらそうしてあげるのだけれどね」
無造作にその泥にアリスは触れようとしたのである。
けれどアリスはその泥をすり抜ける。
めり込むと言ってしまってもいかもしれない。
触る感触もなくスッと埋まったかのように見えるアリスの手。
それを引き抜いても手は汚れておらず制服の袖もまた綺麗なままであった。
「私達は未来の事象を大きく変える事になる「原因」に干渉する権利がないの。
それが叶える者のルールであり契約が必要な理由でもあるわ」
アリスが触れた場所に集が触れようとすればそこには泥がある。
ちゃんと感触も重さもあった。
まるでバグってキャラクターがめり込んだゲーム画面でも見せつけられているかのような映像である。
「そんな訳で私が手伝えない事が証明できたわね?」
「…そうだな」
「じゃあ頑張って」
種も仕掛けもないマジックを見せられ、それ以上手伝えと集も言えない。
流石に触れられないのだからと思いながら。
随分と都合のいい存在だとしか思えないが…
だからこそ集の未来は変わる。
変えられると言う証明なのだと思う事にした。
無言で溝掃除を再開した集に向かってアリス説明を続ける。
「これより数時間後に局所的な雨がここを通るの。
それによってこの辺り一帯は浸水し救急車の到着が遅れる事になるのよ。
その結果…処置が間に合わず女生徒の体の一部がダメになる」
「ダメになる?」
「…言い方を変えると「運命に汚染される」のよ。
これは勿論不幸な出来事だわ。
それでも救急車が予定通りに着いて処置を受ければ女生徒は助かる」
アリスの言い方が集には引っかかっていた。
少し考えればわかる事。
これから里桜がどんな目に合うのか解っているのだ。
それなら原因と接触させなければいい。
回避するのではない起きた事を軽傷に済ませる為の対処なのである。
「解っているのなら、その原因を取り除いてやればいい」
「それも出来るわ。けれどそれはやらない」
やる訳にはいかないのだ。
アリスはアリスの考えで未来を変えようと動いている。
「集?聞いてあげる。あなたは黒江有珠と幸せになりたいの?
それとも黒江有珠を幸せにしたいの?」
「それは…」
二つの意味は近い様で全く違う未来に繋がっている。
集はもう一度有珠と幸せな未来をつかみ取りたいと考えていたのだ。
「原因を取り除いて運命を大きく変えれば未来は変わるわ。
その代わり有珠と共に生きる未来はなくなるわね。
あなたと有珠の関係はそう簡単な繋がりにはなっていない。
…もっとも原因を取り除いて変えた未来で有珠が幸せになる結末があるかどうか今は未知数なのだけれどね」
集は一週目の未来に置いて知らないながら足掻ぎ続けた。
その結果は一周目の未来は最悪の結末を迎えてはいる。
それでもその未来は最善の未来であったのだ。
ゲームで例えるのなら知らなければ確実に殺される初見殺しの様なありさま。
当人努力は無駄ではないが認めたくない未来。
その中での最善ではある。
辿る未来は経過する時間によって大きく揺れ動く。
確定した物事に応じて未来は決定していくのだから。
集の望む未来は少なくとも一週目で味わった苦難の末の結末を回避する事。
全く別の形の未来を望んでいる訳ではない。
有珠を救えるのなら…自身のすべてを捨てられる。
そう言いきれればカッコイイ。
けれど言い切るだけの強さが今の集には無かった。
アリスは集が言いよどむ事を理解していた。
だから言葉は紡がれる。
「集。自身の願いを叶えるために私を利用なさい。
そして私に願いを叶えさせなさい。
私の求める未来に集と有珠が共にある世界である事は約束できる」
「ははは…簡単な事じゃないな」
「そうよ。だからこそ溝掃除をするのよ!」
「おうさ!」
集はアリスが与えてくれた選べる選択肢の中で最良をもぎ取るため動く。
こうして集は汗をかき肉体労働に従事する。
溝掃除に未来を掛ける事になったのだ。
ザクザクと掘り進め用意したゴミ袋に泥を為道の横に土嚢として積み上げる。
数時間後溝はそれなりに綺麗になっていた。
少なくともその溝は大量の水を排水し川に流すと言う役割を果たす事になる。
天候はアリスの宣言した通りに推移する。
集中豪雨が降り雨水が一部のエリアに大量に溜まる事になった。
学校の入り口にあたる道は冠水寸前にまで水位が上昇する。
しかし集が必死に溝掃除を行った効果はあり自動車が通行するのには問題がない状態であった。
女生徒の一人が進奏和資料館で事故にあった。
打ち所が悪そうなので至急搬送したい。
通報を受けた救急隊員はその女生徒を近くの総合病院へと搬送。
そのまま処置後緊急手術を受ける事になったのである。
彼女は見た目よりもダメージがあったのだ。
病巣の早期発見にも繋がりそのお陰か大事にはならずに済んだのである。
救急搬送された生徒の名前は大城里桜。
後遺症もなく2週間程度で復学を果たした。
彼女の夫は未来で集の片腕となる存在である。