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第8話

その日の朝、登校の途中で有珠は担任の教師に呼び止められる事になる。

2カ月もたてば担任教師から見て有珠はクラスの委員長以上に中心人物だった。

ある程度の事は有珠に伝えておけば割り振りしてくれる。

そんな信頼感を得られている上によほどのことがない限りアリスは教師のお願いを断らない。

部活動をしていないと言う所もあって頼みやすいのだ。


「黒江。済まんが今日の放課後資料館に教材の一部を返却しておいてほしい」

「それは構いませんが…」


どのみち放課後は資料館にある図書室に行く事を決めていた有珠にとっては断る事ではない。

ついでに資料の返却をするだけだと考えていた。

しかし…


「力仕事になるかもしれんが…そうだな榊原を使って良い。

この頃は夢を語りすぎて元気すぎるみたいだからな」


その名前が出た時、有珠は何とも言えない気分になっていた。

別に大地の事が嫌いという訳ではないが有珠にとって良いイメージはない。

あり方が違うとでも言えばいいのだろうか。

それにその近くにはこの頃アリス・ミノロワールがいる。

話が合うのかどうか分らないのだが自身と似ている存在が近くにいる事に有珠は無意識に拒否反応を見せていたのだ。


「さ、榊原君ですか?」

「なにか問題あるのか?」

「い、いえ。ちょっと彼の事は苦手…なんです」

「そうか、なら別の奴でも良い。ヒマそうな奴を捕まえて…

運んでおいてくれ」

「はい」


こうして朝の内から教師に頼まれ事をされた有珠は手伝う事になったのであるが。

近しいクラスメイトは放課後になれば急いで教室を去り部室に行ってしまう。

それ以外の生徒もバイトを始めた子もいた。

校内に留まって手伝ってくれそうな人は教師の言った通り大地くらいしか出て来ない。

いや他に一人お願いできる生徒はいた。

けれど、どうしてもお願いするのは躊躇われる。


「里桜、どうしよう?」

「私も手伝うけれど、男子はやっぱり欲しいわね」

「う、うぅん…」

「青木君に声をかけてみたら?」

「そう、だね」


里桜に促されて有珠が声をかけたのは集であった。

消極的な意見であるが榊原よりかはマシという判断もあったのだ。

夢を聞かされないだけマシであると言う判断であった。


「ね、ねぇ青木君。今日の放課後ちょっと手伝ってほしいのだけれど…」

「え?あ。大丈夫だ。黒江さんの為ならいくらでも時間をつくるよ!」

「そ。そうなの?ありがとう」

「それじゃぁ放課後な!」


その日の集は嬉しくてたまらなかった。

久しぶりに有珠と一緒に作業が出来る。

それだけで今の集にはご褒美だったのである。

その日の授業は長く判じられてじれったくも感じながら集の心は踊っていた。

授業中に鼻歌を歌い余裕だなと指摘されて…


「上機嫌だなぁ青木ぃ?」

「はい!上機嫌です!今日はどんな難題だって解ける気がします!」

「ほほう?宣言したからには解いてみろ」

「はい!」


教師が書きなぐった難問を上機嫌でホイホイと説いて見せる。

答え合わせをする事になった教師も回答にケチをつける事は出来ず。

はぁとため息をしながら正解した事を告げる事になる。


「お、おう確かに解いて見せたな…だが鼻歌は辞めろ。

他の生徒の集中力を乱す」

「はい!」


そこには教師に反抗的な態度を取る扱いづらい生徒の面影は無かったのである。

そうして放課後になれば待ちに待った集にとっては至福の時間が始まる。

有珠との久々の共同作業である。


「それじゃあ、ちょっと教室で待っていてね」

「わかった」


教師の所に里桜と一緒に資料館に返却する資料を取りに行く有珠。

それを教室で整理してから返却すると言う仕事も増やされていたのだが。

それでも有珠と一緒にいる時間を増やす事が出来て集としては嬉しかった。

その待ち時間ですら今の集には楽しいはずだった。


「集待たせたわね」

「え?」


教室から有珠を見送った後に訪れたのはアリスであった。


「さぁ、私のパートナーとしての初仕事よ」

「いや今日は駄目だ」

「…未来を変えるには今日動かなくてはいけないのよ?」

その事は休み時間に説明したでしょう?」

「え?え?アレ病気の…?」

「何を言っているの。

降りかかる「災厄」に対処しなければ未来を変える事は出来ないのよ?

青木集。もう一度破滅の未来を迎えたい?」

「く…うぅっ。そ、それでも有珠と久々に…」

「災厄への備えと対処が優先よ」

「…ハイ」


未来を変える為なのだ。

その為なら今のこの約束を破った事もきっと。多分有珠は許してくれる。

そう信じて集はアリスについて行く事になるのであった。

数分もたたないうちに里桜と有珠は整理するべき資料を持って教室に戻ってくる。


「青木君。おまた…せ」


さぁ整理を始めましょうと続けたかった有珠であったが教室に集の姿は無かった。


「えっと…」

「青木君って短気なのね」


里桜は一応前向きに集を擁護する様なセリフを吐いたが…

確かに資料を預かって持ってくるのに時間をかけてしまった。

他の教師とちょっとした雑談をしてしまってもいる。

教室に戻って来るのに予想以上に時間がかかっていた事を否定はできない。

有珠はそれ以上何かを口にする事は無く…

流石に二人ではと考えた里桜は唯一教室に残って黒歴史を製造中の大地に声をかける。


「榊原君暗黒の歴史を作っているところ悪いのだけれど?

時間がないから手伝ってくれるとありがたいわ」

「ふふふ。私の真の力を解放する時が来たのだな?」

「解放して私達の事を手伝ってね」

「良かろう」


里桜は大地の言動を全く気にすることなく…

大地に書類整理を手伝わせ始めたのであった。


「私何かやらかしたのかな?」


流石に戻ってくるまでに時間をかけすぎた事を考えても。

それだけで集が怒るとは考えづらく。

逆に教室に一人で置いて行ったことに怒ったのかなと有珠は考えた。

けれどその考えを真っ向から否定したのは大地であった。

昼休みの事を思い出していた大地はあの摩訶不思議なアリスの魔法陣を読んでいたから仕方がない。

あれだけの物を創り上げたのだ。

実行して結果を出したくて試したい好奇心に駆られて行動するのも大地からしたら当然の事である。


「仕方がないだろう。今日はミノロワールと青木の初めての日なのだから」

「は、初めて?」

「我らも高校生になり年頃なのだ。初めてを体験するのは丁度いい時期だろう」

「榊原くん…それ本気で言っている?」

「ああ本気だとも」


誤解を更に生むような言い回しをしている事に大地は気づけない。

気付くつもりもない。

有珠も里桜も大地の言った言葉に年頃に相応しい反応を示していた。

その事は更に集と有珠の距離を遠ざける事になるのであった。


「若いって良いねぇ」

「榊原君も私達と同い年よね?」

「そうだが?」

「…そうよねぇ」


里桜は大地が言ったその言葉の真意を聞きたくて質問する。

しかし大地は要領を得ない回答しかしないのであった。

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