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第6話

「恐れずに屋上まで来たこと褒めてあげるわ」

「…お、おう」


恐れるも何も何をされるのか想像できない集にとっては屋上に行かない事の方が怖い。

リスクがある様にすら思えたのだ。

放課後指定された時間に屋上に繋がる階段に向かえばアリスは既に待っていたのだ。

褒めてあげるといいつつも来るのが当然といった態度。

機嫌も悪くなさそうで、手にしていたスマホを弄って暇を潰していた。


「またせた…のか」

「準備もあったし人払いもしたいから丁度いい時間よ」

「なるほど」

「女の子を待たせるなんて最低とか言われるかと思ったが」

「そこまで私の心は狭くないわ」

意味ありげな笑顔を見せつつ。

アリスは集には聞こえない声で「少なくとも今はね」と付け加えていた。

なんとも言えない表情を浮かべつつアリスは屋上へ繋がる扉の鍵を開ける。

それからそのカギを集に投げ渡したのだ。

「あると便利よ?私には必要のない物だから」

「それなら有難く貰っておく」


入手困難な訳ではなく申請すれば手に入る正当な物である。

特に吹奏楽部の生徒は屋上を練習場所とする事が多くその為に責任者の生徒が鍵を所持する事も許されていた。

勿論それ相応に流出してアウトローな先輩から後輩に受け継がれる定番の品ともなっている。

その為に何処から手に入れたのか集は疑問に思わない。

ただ何でもアリなんだなと。

鍵を受け取りながらアリスに続いて屋上へと続く扉を潜り抜けた。

集が屋上を利用する事はない。

屋上は吹奏楽部のテリトリーであるために下手に近付けば入部が待っている。

男子生徒に人気があまりないのは仕方がない事であるが。

その結果、練習場となっている屋上に下手に近付けば狩られるのだ。

親切にも無記名で入部先だけ記載済みの入部届けが置かれている。

知っている男子生徒は部員でもない限り近づかない。

鍵がかかっている事からも分かる通り既に吹奏楽部が練習は終わっている。

屋上にいるのはアリスと集だけであった。

久しぶりに見るその風景と記憶の中にある風景が違いすぎて驚く事になった。

屋上に広がる空間は集が考えているよりも広くてよく整備されていたのだ。

校内構造の事もあるが緑地化する事による温度上昇を軽減させる為らしく。

補助金もあったのか無駄に手が込んでいて豪華に作られていた。

吹奏楽部の練習の為という事もあるのだろうが。

強豪校の練習場として相応しくあるべきそう言った一面もあるだろう

資金は惜しみなく投じられている。

遮音壁付きであり各々のグループの音が交じり合わないよう計算された場所である。

学校が用意した練習場としても豪華な場所である。

アリスはその屋上の一角に用意されたミニステージへと上がった。

コンサート会場の様な舞台が設置された場所がある。

ステージと言っても階段2段分くらいの高さしかない。

木陰には自動販売機があり周囲には座る為のベンチも置かれていた。

昼休み休憩時には、昼食を食べる場所として活用できる場所であった。

アリスは何も言葉を発しなかった。

舞台の中心で持っていたスマホを宙へと放り投げると光へ包まれ二つの球体が宙に浮かぶ。

キュインと電子機器が発するコイル泣きの様な甲高い音が耳に聞こえる。

更にアリスはブレザーのボタンを外すと内側にベストを着込んでいたのだが…

どう見ても喫茶ミロワールの制服と同じデザインにしか見えないベストが見え隠れする。


「おまえそれって…」

「気付いた?ミロワールの制服よ?」

「何時から店員になったんだ?」

「さぁ…何時からでしょうねぇ。

でも…良く出来た優秀な制服だから使わない手はないのよ。

私だけじゃ足りないからね」


何が足りないのか。

ソレにいったいどんな意味があるのか今の集には解らない。

ただアリスは着々と準備を進めていくのである。

着込んでいたベストのポケットからスマホに似ている機器を何台も取り取り出し正面に放り投げたのだ。

まるでハトを取り出す収納マジックを見せられるかのように。

取り出されたスマホに見える機器の数は多い。

始めに投げたスマホ同様に瞬間それらの機器も光の玉へと変化しアリスの周囲を漂い始める。

ブレザーとベストについていたボダンから宙に浮いた光る球体に線が繋がり…

アリスが指先を躍らせるその動きに合わせて球体もまた移動する。

袖口では綺麗なフリルが光を乱反射させていた。

同時に「操っている」事を集に強く意識させる。

指先の動きはパソコンのキーボードを叩く動きともちょっと違っていた。

形作られたその繊細に動き続けていた指先が止まる。

アリスの表情は真剣そのもの。

指の動きが止まるのと同時に周囲に浮いていた光の球体はアリスの指示に従ってその半分がアリスの周囲で止まったのだ。

もう半分がアリスの前で停止して支持を待っている。

その風景だけで集は異世界に迷い込んだかのような雰囲気に浸ることになる。

現実ではありえない事象を見せつけられ続ける。

限定的であるが別の世界がその場には出来上がっていた。

アリスが作り上げたその場所は集が知っている雰囲気とはすべて違う。


「始めるわ」


宣言と同時にアリスの正面に並んでいた5つの球体が離れアリスの求める真正面の空間へ円を描く様に配置された。

同時にその球体が並んだ円の中心に立つように集は促されたのだ。

集がその指示通りに立てば更に儀式?は続けられる事になる。

スゥっと一呼吸置いた後アリスは片腕を空へと上げたのだ。

ボタンからだけではなくその掲げた腕の指先からも光の線が球体へと延びる。

球体を頂点とした魔法陣らしいものがアリスと集の周囲に浮かび上がったのだ。

アリスが操っているように見えるその光の線。

頭上に上げていた手の先には更に幾本もの光の線が伸び続け空間へと溶け消えていた。

それは何某かのやり取りをアリスとしているように見える。


「これ…は」


アリスの動きはそれで終らない。

開いている片腕をベストの並んだボタンの間に入れそこから長い棒を取り出す。

先端が光り、風に揺れる旗が結び付けられているかのような物だった。

知っている人が見ればそれはマーチングバンドで使う旗に見えた。

カラーガードが旗を操る様に大きく動かせば複雑な紋様が浮かび上がり空間に線を引いた。

舞台の上で一人舞い踊るアリスを集は特等席で眺める事になる。

その動きの美しさに集は見とれてしまうがその事にアリスは気づかない。

気付いている余裕はない。

明らかに人知を超えた何かに干渉する集の知る常識の外側の理。

それをまざまざと見せつけられる事になったのだ。

理解できない現状を目のあたりにして…

多少の動揺はしたものの集はその場を動く事は無かった。

アリスは集に見つめられたその場所で軽くステップを踏み次の動作へと移った。

クルリクルリと舞い踊る様に体を動かし球体から線を引き直し束ね、作られていた魔法陣の形を変え続けたのだ。

その形状は明らかに理解不能な幾何学模様ではなくなる。

法則性が生まれ始め電子回路の様な魔法陣とは少し呼べない数式の様な物が浮かび上がっていた。

計算結果から線は繋がり一本のラインが作られまるで複雑な綾取りをしているようにも見える。

アリスはステージ上で舞い続ける。

ステップを踏む様に力強く踏み込んでタンっと靴の音が鳴り響けば宙に浮く光の玉は足音に共鳴し弾かれ別の場所光の線を繋げたのだ。

折り重なる電子基板の様な模様を周囲の空間に描き焼き付けながら。

その幻想的な時間は唐突に終わりを告げる事になる。


「完成」


持っていた旗を魔法陣の中心に放り投げればその旗が楔となり魔法陣は空間へと消えていった。

瞬間。

幻想はなくなり現実が戻ってきたのだ。

スゥっと何かに通り抜けられた感覚だけが集には残った。

集にとってはただそれだけ。

それ以上の何かを感じ取る事は出来なかったのである。

アリスは一言も喋る事は無くその場から光り輝いていた線は無くなったのだ。

球体も棒も消えていたのである。

集の体に何か劇的な変化が起きる事はない。

そして当然何かが変わったと言う変化も感じられない。


「契約完了ね」


アリスはそう言いながら自身の着ているベストのボタンを指さした。

そこには何か細かい物が彫り込まれた跡が出来ていた。

満足そうにしているアリスであったがその意味を集が知ること出来なかった。

むしろ意味を知るのもなんだか怖い。

が、聞かないではいられなかった。


「それで何が変わったんだ?」

「何も。ただ私のパートナーとして登録しただけよ」

「何か今のアリスみたいに特殊な力が使える様に」

「なってないわ」

「内なる力が」

「目覚めないわね」

「そうか」

「中二病は終わらせているでしょう?」

「目の前の中二病の様な存在に言われたくないな」

「あら?私は病人じゃないわ。「叶える者」だもの」

「…そうだった」


世界を飛び越える前。

アリスと初めて会った集はそれ相応に詳しく説明を受けたはずだった。

しかしその説明があまりに「ふぁじぃなふぁんたじぃ」であった。

流石に荒唐無稽すぎて真面目に説明を聞く気になれなかったのである。

悲しい事に集はこの世界に来る前の最期の瞬間を思い出せない。

思い出したくもないから仕方がないのだが。

自身を「叶える者」と名乗った有珠そっくりな少女。

他者に陥れられた人生はどうだった?と一刀両断して来たのである。

それでも真面目でふぁんたじぃな内容であったが。

その時見せられた物がある。

集を取り巻いた敵意を可視化した映像であった。

因果が流れ絡まり状況が悪化していく映像は説得力があったのだ。

人生の節目の様に乗り越えて来た障害。

妥協し仕方がない事だと諦めたその先。

決断は更に苦しい事が待っていた。

「秩序」と「自由」の狭間で踊らされるのは我慢ならない。

自分自身で踊りながらその敵を打ち滅ぼし自分の未来を勝ち取るだけである。

集のその決意が世界を飛び越える結果となり今現在に至る訳だが…


「大丈夫よ。契約したのだから後は私の言った通りに動けばいいの。

必要な時に声をかけるから。

その時になったら私のパートナーとして働いてくれればいいのよ」

「今はその言葉を信じるぞ」

「それは嬉しいわ。

けれど口調は歳相応にしておいてね?」

「あ、うん」

「合格」


契約が終ったアリスはそれじゃあ明日ねと言い残しそのまま空間に溶け込む様に消えて行った。

それだけでアリスは人間ではなく別の理の中で生きているのだと教えられる。

今の契約に何の意味があったのか今の集には解らない。

それでも運命を変える方法があり教えてくれるのであれば有難い。

今はアリスの提示する事に従うだけだ。

静まり返り一人になった集は思いふけるのを辞めてその場から去ろうとした。


「さて…帰るか」

「ほうほう帰るのか?しかしそれは許す事は出来ないな」

「え?」


学校の屋上は鍵の所有者であれば原則出入り自由である。

その自由とはルールをしっかりと順守するからこそ許された自由なのである。

使用時間の厳守。

立ち入れる時間は最終下校時刻まではなのは当然の処置である。

天文部の様な部活で天体観測などの特殊な場合を除いて時間外の出入は当然禁止。

運が悪かったと言えばそれまでであるが。

現在の時刻は最終下校時刻を過ぎ去り周囲が暗くなる位には遅い。

集は屋上に上がる鍵はアリスから渡されたが学校に申請なんて当然行っていない。鍵は持っていない事になっている。

更に言えば見回りに来たのは担任の教師であった。

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