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第5話

駅まで続く道のりの途中には今では珍しい雨除け用のガードが作られた時間帯によっては歩行者専用になる商店街のような古い町並みが残っている。

登下校に使う駅を中心とした場所は再開発が行われて新しい建物が立っている。

しかしそのエリアから外れた学校に近い場所は、開発を免れいまだに古い街並みを維持していた。

学生をターゲットにした弁当屋や学生が帰宅前に課題をやる為に利用される喫茶店の様な店もある。

地域ぐるみで生徒を鍛えあげると言う理念に賛同してか学生を受け入れる店も多かった。

学校へ行くまでの間に喫茶店と呼べる店のほとんどの店主が元進奏和高校の出身者。

仕事をリタイヤし地域貢献として趣味で続けている様な店であるし。

通っていたOBやOGがいまだに訪れ歳を越えた交流を深める場所として活用されていた。

学校で解らない問題の解き方を教えてくれる私塾の様な役割もあり進奏和の制服を着ているだけで何かと便宜を図ってくれる特別な商店街であった。

町内会で合わせたかのように飲食店の閉店時間は部活動の終わりから一時間程度までと決められておりその意識も高い。

気軽に入れる雰囲気の良さから集合地点に使われる店であった。

まだ話したい事があるからとアリスは集を引き止めとある店の方を指さす。


「久しぶりにあの店にしましょう」

「…解った」


その店は高校生活の間あまり良い思い出がない集にとっては珍しく思い出と呼べるものがある店であった。

喫茶ミロワール。

進奏和の女生徒から人気があった店の一つである。

価格帯はファミレス並みでケーキと紅茶のセットを頼んでも、

ワンコインで収まるリーズナブルな店。

そして摩訶不思議な張り紙がある事でも有名なお店であった。

アルバイトキャンセル待ち中の張り紙がしてある。

高校側としては認定を与えた店舗でのアルバイトを止めるつもりはない。

ある程度の社会経験を積むと言う意味でも推奨している。

未来の為に学生を鍛えると言う考えは多種多様な所に根付いている結果であった。

その中で喫茶ミロワールは女子生徒のアルバイト先として人気の場所だった。

店主の知り合いに服飾関係に強い知り合いがおり、その知り合いに頼んで仕事用の御仕着せが作られ支給される。

どういった人脈なのか解らないが仕事着は名デザイナーの作品。

オーダーメイドの仕事着と言う名の制服作品が貰えると言う事も相まってその制服が欲しくて仕事をしたがる生徒も多い。

学校側からの監修も入る為か「制服」としても利用できるのだ。

ちょっとしたアクセントなのであるが少しでも着飾りたい年頃である。

女生徒達は何としてでも手に入れたい制服アクセサリーであった。

スカートはそのままにフリル付きのミロワール専用パフスリーブ付きブラウス。

大き目のボダン留めの蓋の付いたポケット付きで2列にボタンが並んだベスト。

ブレザー同様に白いラインがあしらわれ特別感がある。

その上から個人用に専用でデザインされる胸当て付きの肩紐にフリル付きの愛らしいエプロン。

袖先に後付けのドロップドカフスで彩ればそれが喫茶ミロワールの制服であった。

アルバイトがある日はブレザーを着て前を閉じて居ればフリル付きのブラウスとベストを着て登校する事も許される。

ベストは建前上ちょっと特殊な学校指定のカーディガンの様な物なのだが。

働く女生徒に優しい?考えられた制服なのである。

因みに男子生徒用もあるのだが…

競争率が高すぎるのと別の割のいいアルバイト先が用意されているため男子生徒は応募がないし、しても採用する余裕はない。

そうやって人と物をデザインして作られたその場所は制服型の給仕服と言う事で学校の延長上の場所と言う雰囲気を作っている。

先輩生徒がいるからという所からも入りやすい喫茶店となっていたのだ。


「いらっしゃいませ!」


元気な入店の挨拶を受けつつ開いている席へどうぞと言われれば、

アリスはそのまま店内を歩き店内でも人気の席へと足を運ぶ。

ある程度の観葉植物に囲われ窓際である事から外を眺める事も出来る。

所謂カップル御用達のひみつ♡の席であった。

知らなければ座らない。

知っていてもそこに座って誰かに見られたら「学校公認」となる場所であった。

入学して知らないのであれば席の存在自体を知らないはずで。

何が公認になるのか考えてはいけない。

アリスがその席に座ろうとすればどう見ても進奏和高校の生徒であるウエイトレスが目を輝かせている。

公認カップルになりたいのね!

なってもいいのね!

明日にはみんなに知られてしまうわよ。

…という無言の圧力を集は感じ取っていた。

数名いた全員の視線がその席に注がれるのを集は頭を抱えがなら見る事になる。


「アリス。君は知らないかもしれないが。その席は危険だ」

「え?」

「その席に君と同席したら僕は学校で必死に弁明をする事になる」

「…?…!そ、そうね!それはいけないわ!」


アリス自身はその席に男女で座る意味を解ってはいなかった。

しかしウエイトレスが全員目を輝かせて見つめられると何かの意味がある事は察する事位はできる。

直ぐに立って別の普通の席へと移動して腰かけ直したのである。

さ、さぁこっちに来て座ってと手招きをする。

その様子を見てあからさまにがっかりとしたウエイトレス達。

無視してアリスは定番のセットを頼み集に話の続きをする事になったのだ。


「ちょっとした手伝いをお願いしたいの」

「ああ。その手伝いの内容を詳しく知りたいんだが」

「未来を変える為に色々としなくてはいけないの。

その為に労力が必要なのだけれど私にはその力がないのよ」

「力がない?」

「あまりにも考える事…計算が必要な事が多くて今の私では時間が足りない。

だからその足りない時間を補ってほしいの」


その言い方に集が考えたのは単純に事務作業の手伝いでもすれば良いのかと考えた。

今の様な便利ツールはまだないがそれでも表計算や文書作成するのには自信があった。

その為の協力なら軽い物だと集は理解したのである。

少なくとも目の前の存在がその程度の協力で未来を変えられると言うのであれば、

強力を惜しむ理由はない。

数日間考えても未来を変える方法は何一つ思いつかなかった。

やっている事は一回目と同じことしか出来ていなかった集にとってその手伝ってほしいと言うお願いはまさしく望む所である。

少なくともアリスは集より未来を変える為の方法を知っている。

そう話してくれただけでも集にとっては気持ちが前進する。


「全て忘れている訳じゃないでしょう?」

「人生の続きを約束する契約なんてそう何回もあってたまるものか」

「なら、明日の放課後屋上でするわ」

「解った」


本人が不本意ながらも納得してくれればいい。

その返答を聞ければアリスは十分なのだ。

良いタイミングでお待たせしましたと運ばれて来たケーキと紅茶を、

アリスは嬉しそうにほおばるのであった。


「それじゃ明日ね!」


出されたケーキを速やかに食べきったアリスはそのまま急いで店を出る事になる。

やれやれと思ったのもつかの間…


「1100円です」

「はい…」


アリスが食べたケーキの分も集が支払う事になり逃げやがったと毒づく事に。

先に店を出た有珠はそのまま駅の反対側の再開発が行われているエリアへと歩き続けていた。


「まずは…成功ね」


独り言をつぶやいた彼女の声を聞く人はいない。

アリスの向かう先は人気の少ない方向であった。

人の流れもなくなっていき街灯の数も減っていく。

その暗がりの道をアリスは何も考えずに歩き続ける。

年若くアリスの容姿は可愛らしい。

人気のない場所を歩いていれば変質者の目に留まるほどには。

明らかにじろじろと見られ後ろから付けられる程度の距離で歩かれるがアリスはその視線にうんざりしつつも何もしないしする必要もなかった。

変質者の手が伸び肩を掴んで強引に振り向かせようとしたが、その手は空を切る。

アリスの体をすり抜けたのである。

足を止め変質者の方へと振り返りニタリと笑みを浮かべながらアリスの存在は更に希薄になる。

暗闇に文字撮り溶ける様にして消えたのである。

その瞬間変質者側が驚かずにいられない。

確かにいたはずの存在が目の前で消えれば驚きもする。

何を見ていたのかと考え一瞬の硬直の後で見たくないものを見た時の様にヒィーと情けない悲鳴を上げる事になる。

存在を消したアリスであった。

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