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第3話

放課後になれば楽器の音が周囲に響き渡る。

入学の理由が吹奏楽の強豪校に入りたいと思い受験する生徒もいるほど。

大きなコンサートホールへと出向いての演奏を頼まれるほどに吹奏楽部としては強豪校らしくその練習量も凄まじい。


「ほらっ!気合を入れろ!朝の授業が始まってしまうぞ!」

「「「「「はい!」」」」


教師の激励を受けながらの朝練は続く。

通常の時間に登校すれば既に運動部顔負けの体力強化を朝練として行っている吹奏楽部の生徒が校庭を走り回っている。

文化部の中の運動部との評判に間違いないほどの練習量は見ている側としては応援しはするが体験はしたくないほどで。

その過酷さを身をもって体験入部した集は数日間でギブアップするほどであった。

多様性に触れる。

知らない事に挑戦すると言う理念の下、入学後に一度部活動に入る事が求められ、

続けるか辞めるかの判断こそできたのだが。

強豪校で人気があると言うだけで興味本位で体験した生徒は直ぐに辞めてしまう。

部活動目的や特待生として入学してきた人でなければ続けられない辛さであった。

アレは文化部じゃないと言った評判通りの疲れ方で、指導役に専門の人材を呼び込んでいる事もあり才能ある者はメキメキと頭角を現す環境である。

それこそ開校理念を体現した形だったと言えよう。

有珠はそんな吹奏楽部を凄いなぁと思っていた一人であった。

彼女がこの学校を選んだ理由はさして深い理由は無かった。

中学時代に有珠は吹奏楽部に入っていて自身の学力に見合った場所に進学したいと考えた結果が進奏和高校であった。

彼女の中学時代のグループも有珠の考えに同調して同じ高校を選び無事に高校に進学する事になったのである。

有珠は名前からも推測できるハーフである。

両親は海外で出会い、結婚。そして有珠が生まれた。

彼女は幼少期を海外で成長し小学校に入る前に母の母国に帰ってきたのである。

急激な環境の変化に直ぐに有珠が新生活に馴染む事は難しかった。

その為に友達は母親を通じての関係から始まった子達がほとんどであった。

家族ぐるみの付き合いから始まった所為もあってか彼女達の関係は深い。

有珠の海外の血が入った容姿は父親譲りで灰色が強く入った亜麻色。

それに瞳の色も青に近かったのも相まってクラスの中ではかなり浮くはずだった。

私立の小学校に通った為に直接的な嫌がらせやいじめにはならなかったが。

やはり容姿から一歩引かれ、幼少期に海外で成長した所為もあってか個人主義な所が目立ち、調和を重視しみんな仲良くと言う空間に上手く馴染めなかった時期もある。

それでも腐らずにいられたのは自頭の良さもあってか教師達には可愛がられたし。

3人の幼馴染が有珠から離れる事もなく良い関係を築けていたからである。

彼女達4人の絆は強い。

理解し合い長い時間を過ごした仲だからというのもあるが。

同じ高校に進学が決まった時には家族ぐるみで進学を祝うパーティーを開催したほどである。

母親の幼馴染であることからも4人の家は近く揃っての登校となれば両親達も安心できたのだ。

電車通学で少々遠いくとも4人なら大丈夫という信頼もあった。

有珠の幼馴染達も有珠に負けず劣らずの容姿をしていて目立つ。

それでも4人でいるから変な連中に声をかけられる事も捕まる事も少ない。

4人の中で一番身長が高く長い髪をポニーテールに結い上げている聖楓ひじりかえでは学校へと続く長い坂道の途中で前を歩いていた有珠に質問をする。


「ねぇ有珠。高校の部活はどうするの?」


それは聖からの期待を込めた質問であった。

中学校と同じようにまた4人で吹奏楽をやりたいと聖は考えていたのである。


「候補の一つではあるけれど、まだ決めていないわ」


その返答を聞いて反応したのは聖の隣を歩いていた綾小路祥子あやのこうじしょうこだった。

有珠の後ろをついて歩く彼女は4人の中で一番小柄であり普通では考えられないほど長い腰まで届く綺麗に手入れをされた黒髪を持っている。

彼女の家は日本舞踊と関りが強いため地毛で日本髪を結い上げたいが為の長さであった。

彼女は祥子よりも有珠の回答に驚く。

悩んでいること自体が信じられなかったのだ。


「そうなの?!決断の早い有珠の事だから既に入部を決めていると思っていたのに」

「中学の時の様な事があると二の足を踏んでしまうわ」


その意見を聞いて、それもそうよねと納得したのは有珠の隣を歩いていた大城里桜。(おおしろりお)

母親が親友同士であった為に一番早く有珠と出会い長い時間を過ごしていた有珠を一番よく理解している。

趣味も好みも合うためか近所であった事も相まって有珠とは姉妹の様な関係を築いていた。


「あぁ…そう、ね苦労したものね。


また顧問の教師がアレみたいな奴だったら私も辞めるわね」


「えぇ…入ろうよぉきっとタノシイヨ?」


その楓からの誘いに有珠は曖昧な笑みを向けて返す。

4人の関係がほとんど変わらない為に自然と吹奏楽部に入部になるんだろうなと考えていたのは楓と祥子だけだった。

それは仕方がない事である。

何事もそつなく熟す有珠であったが吹奏楽用の楽器に触るのは当然初めて。

別に音楽に興味がある訳では無かったのであるがアリスは父親から誕生日プレゼントとして子供用のヴァイオリンを受け取っていた。

何の気なしに与えられたヴァイオリンであったが折角プレゼントをされたのだ。

しかし上手く弾けない事が悔しかった当時の有珠は楽曲を奏でる様になるくらいまでは努力したのである。

プロになる事が目的ではなかったしそれ以上は望まなかった。

吹奏楽部に入って演奏するならヴァイオリンならと考えていたが。

しかし吹奏楽にヴァイオリンはない。

馴染の楽器が使えないのならどれでも同じと希望を提出しなかった。

余り物の楽器で良い。

有珠としては打楽器を叩ければ良い程度にしか考えていなかったのだ。

けれど宛がわれた選択肢はフルートかサックスであった。

どちらもやりたい生徒はいたものの顧問の教師が出来る事に拘ったのだ。

テストの結果そつなく熟せてしまった有珠はフルートを演奏する事になったのである。

里桜は自分が持っていた楽器としてサックスを所有していた為に自動的に決まる。

これでサックスなら里桜の楽器と同じで有珠にも救いはあったのであるが。

祥子がサックスを強く希望したのである。

里桜が引くサックスの演奏がカッコよく憧れていた祥子はどうしてもサックスを演奏したかったのだ。

伝統の影響を強く受けた祥子は楽器と言えば和楽器であり三味線を弾いていた。

その為か人一倍洋楽器に憧れがあったのだ。

それを知りながらサックスを選ぶことは有珠にはできなかったのである。

結果的に有珠はフルートと言う割り振りになったのだ。

有珠が望んでいた打楽器には男子生徒が優先的に割り振られてしまった。

楓はトランペットを選択し演奏する関係上自然とフルートに決まったのだ。

楽器が決まればそれぞれのパートに分かれての練習など。

普通の部活動は始まったのだが顧問が本気過ぎたのだ。

何としてでもコンクールで勝ちたいと考えていたのか練習量はそれなりにハードだった。

問題は吹奏楽だけではなくマーチングバンドまでやらされることになる。

その一番の被害者は他でもない有珠であった。

容姿から確実に目立つ事になり有珠は広告塔をやらされる事になったのである。

悪い経験ではなかったが悪目立ちする事にもなったし何より練習は人一倍求められたのだ。

有珠にとって中学3年間の部活動は「やりたい」から「やらされていた」になっていたのである。

そして進学した進奏和高校は吹奏楽、マーチングバンド両方とも全国的に有名な強豪校。

特待生も含んだガチで賞を取るべく努力する日々となる事は確実。

有珠はそんなハードな部活動の日々なんて望んでいないのである。


「有珠が進奏和を選んだ理由って確か設備関連が充実していたからよね?」

「そうよ。所有する蔵書が多いからね」


進奏和は学校に隣接する形で資料館を持っていた。

その蔵書の量はかなりの物で頭脳を鍛えるに相応しい書庫を持っている。

一般公開もされてはいるがあくまで学校の生徒の為に作ったと言う意味合いが強い。

その為に珍しく閲覧制限がかけられている書物もある。

発禁と言う訳ではないが危ない本も読む事が教師の許可さえあれば見られる。

それはネットで検索しても絶対に見る事が出来ない物でもあった。

物好きと言われればそれまでだが有珠にはそれがどうしようもなく魅力的に見えていた。


「出来るだけ多くの物を読みたいわ」

「確かに秘蔵書にそそられるのは否定はしない」

「それじゃぁっ部活は?」

「蔵書次第ね。面白くないなら考えるわよ」

「そんなぁ…」


楓と祥子は有珠の返答にがっかりしたものの吹奏楽を辞めると言う判断をするには至らず入部する事になる。

それでも一緒に帰りたいと言う願いを有珠と里桜は聞き入れた。


「ちゃんと待っていてね」

「約束したからね」

「大丈夫よ」


放課後になれば吹奏楽部に入部した祥子と楓は部活へ参加する為に教室を後にする。

他のクラスメイトもまた部活がある者は教室から遠ざかる事になり、瞬く間に教室は閑散とする。

そんな中で里桜と有珠は二人は窓際の席で眠っていて起きなかった青木集をどうするかどうか悩む事になるのである。

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