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第9話

 あれからどれだけの時間が経ったのだろうか。

 気の済んだ私はそんなことを考えながら顔を上げる。艶やかな銀糸が離れた私と神乃しんだいさんを繋げている。

「満足……したの……?」

 神乃さんが息を切らしながら私の問いかける。

「……しない」

 離れてしまえば神乃さんのことを感じることができない、ずっと神乃さんを感じていたい、どうすればいいんだろう……?

 考え込む私を見かねてか、身体を起こした神乃さんが優しく私を抱いてくれる。

「ねえ、花灯かとうさん」

 神乃さんは私の顔を覗き込む。神乃さんの目には私はどんな風に見えているんだろう、神乃さんが蠱惑的な大人の笑みを浮かべる、その表情に私の目は釘づけにされる。私の目には神乃さんしか見えない、でも、神乃さんの視界には私以外見えているのかな、そうやって悶々としていたら気がつかなかった。

 神乃さんが私のブラウスのボタンを外していたのだ。

 下着が少し見えた状態だったから、私は慌てて隠そうとした。だけどそれはできなかった。

「綺麗ね」

 私の腕を掴んだ神乃さんが私の鎖骨辺りにそっと顔を寄せて。

「――っ」

 柔らかくて温かい感触が私の鎖骨からゆっくりと首筋を通って耳まで這っていく。

 私の身体は逃げ道を探して震えてしまう。

「逃げないで」

 神乃さんの声が吐息と一緒に、私の耳の中に滑り込んでくる。私は背中を走るむず痒さに耐えるため、神乃さんに身体を預ける。そうすると、神乃さんは私の腕を離してくれた。

 自由になったら両腕で神乃さんをしっかり捕まえる。離れたくない、私の鼓動と神乃さんの鼓動が混じり合う、ドキドキはしない。安心感。ゆっくりと同じ速さで鼓動を刻む。永遠にこうしていたい。

「もうすぐ、時間切れね」

 瞬間、混ざり合っていたはずの鼓動が分かれていく、神乃さんに委ねていた私の五感全てが戻ってくる。嫌だ、離れたくない。永遠に神乃さんを感じていたい、離れたくない、もう私を一人にしないで。

 感情が口から溢れ出すのを止める癖がついている。場違いでも当たり前で冷めた言葉で自分の感情を押しつける。だから私は言葉を発することができなかった。

「でも、わたしは花灯さんが欲しいの」

「私も……神乃さんが……ほ、欲しい」

 なんとか絞り出すことができた言葉、その言葉を引きずり込もうと喉の奥から冷たい言葉が手を伸ばす。私は口を引き結びただ耐える。

「それなら、わたしがずっと、花灯さんといることができるようにしないといけないわね」

 変わらず耳元で囁く神乃さん。私は神乃さんの言っている意味を理解することができなかった。だって、ずっといることはできないから。でも、そんなことができるのなら。

「ぁぐっ――」

 私の肩に鋭い痛みが走った。その痛みの原因を理解すると同時に私の鼓動は高鳴る。神乃さんの犬歯が私の肩に食い込んで、その皮膚を裂いている。

 やがてその痛みは熱を持ち、じりじりと焼けるような快感が私の心の隙間にすっと入り込む。

「これで、一緒にいることができるわね」

 最後に軽く口づけをして神乃さんは私から離れる。これで一緒にいることができる、はだけたブラウスを正すこともできず、私はただ茫然と座っていることしかできなかった。

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