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第8話

 夢を見ていた。それは黒くてドロドロした夢だった。逃げたかったけど、私の覚醒しようとする意識に絡みついて離さない、ゆっくりと引きずり込もうとする。その時、不意に心に温かいものが湧いてきて、それが私を守るように包み込んでくれた。そして私の意識はゆっくりと、抱き上げられていく。

 ぼんやりとした意識の中、私は今の状況を確認する。

 どこか不安定だけど、温かくて柔らかい、なんかいい匂いがするものの上で私は眠っていたようだ。

 理解。

 どうやら私は神乃しんだいさんの上で眠っていたようだ。

 起きてしまった……え、どうしよう。めっちゃ恥ずかしいやってしまった!

 私の頭には先程のやらかしがグルグルと回っている。しかも角があってガリガリと私を削っていく。

 どうにでもなれ。私は神乃さんの身体に頭を埋めると声にならない声を上げる。

「ちょっと、くすぐったいわ」

「……ごめん」

 とがめられてしまった。だけど神乃さんはそんな私の頭をそっと撫でてくれる。引かれてはいないのかな?

花灯かとうさん」

「……はい?」

「可愛い」

「どこが……ただの情緒不安定な人間だよ、可愛くなんてない」

「それでも、わたしは可愛いと思うわ」

「殺そうとしたのに?」

 私がそう言うと神乃さんは力いっぱい抱きしめてくれる。

 本当なら警察に言うべきことだろう。友達同士のじゃれ合いの域を超えていることだ。それなのに神乃さんは、私をただ優しく包み込んでくれる。

 私を守るように、神乃さんは身体で私の視界、嗅覚、聴覚を奪ってくれる。心地良い、神乃さんの鼓動と匂いが、私の脳に靄をかけていく。

 なにも考えることができない、それを言い訳に神乃さんの身体に腕を回す。

 このまま再び意識を手放そうとすると、不意に身体を離される。

「あっ……」

 頭の靄が急速に晴れていく。聞こえていた神乃さんの鼓動が遠くになり、神乃さんの匂いもしない。視界には神乃さんの顔が合って次の瞬間、震える私の身体を逃がさないように抑えながら、私の味覚と触覚が同時に神乃さんに奪われていた。

 神乃さんの全てをぶつけられたような気がして、私の空いた心の隙間に安心が入り込む。

 でもその安心が隙間を埋め尽くすと、もうあとは溢れるだけ。神乃さんに溺れながら、ままならない呼吸に私はおかしくなったように、喘ぎたくも喘ぐことができず、神乃さんを感じて安心を享受する。

 神乃さんがの顔が見えるようになると、私は酸素を必死に取り込みながら、神乃さんに縋りつく。

「もっと……もっと……」

 口は勝手に言葉を吐き出す。

 神乃さんはそんな私を見て、唇を舐めながら微笑んでいる。

「もっと?」

「うん……」

「へえ……そう」

 なんで? 私を受け入れてくれたんじゃないの? 嫌なの? なんでそんなに嬉しそうなの?

「……なんで……?」

 やっぱり嫌われていたの? 当然だよね、酷いことをしたんだし。そう思うと、自業自得なのに私の胸が締め付けられる。

「嫌いにならないで……」

 だけど私の口は勝手に動く。

 神乃さんは私の目元を拭うと指を舐める。そして、私の耳元で囁く。

「嫌いにならないわよ」

「本当……?」

 私がそう聞くと、神乃さんが私の目を真正面で見据えながら、真っすぐに告げる。

「ええ、信じて。私だけは、花灯さんのそばにいるわ」

「じゃあ……」

「ふふ、いいわよ」

 その瞬間、私は神乃さんの唇を奪っていた。神乃さんの味を感じながら、私は再び気が済むまで神乃さんに溺れていくのだった。

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