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第5話

「そういえば、まだお昼ご飯食べていないわね」

 不意に背中を冷たい空気が撫でる。

「あっ……」

 そういえばそうだった、今は昼休みだ。神乃しんだいさんを昼ご飯に誘おうとして、でも保健室に連れて来られて……。

 今何時だろう、今から戻っても食べる時間はあるのかな。

「ねえ、花灯かとうさん。体調はどう?」

 私は身体を起こしながら、スマホで時間を確認する。長い時間、保健室で過ごしていたような気がする。時間を確認するとそんなことなかったけど。

「あ、うん。大丈夫」

「お昼ご飯、食べられそう?」

 もう変な汗もかいていないし、鼓動も大丈夫。

「あ、うん。大丈夫」

 後は、神乃さんを誘うだけ――。

「ねえ、聞いてる?」

 不意に私の身体が後ろに引っ張られる。身体は布団で仰向け、というわけではなく、優しく抱き止められた。

 大丈夫、神乃さんに身を委ねて落ち着こう。ペットボトルを頬に当て少し冷ます。

「うん、聞いてるよ」

「それなら教室にお弁当を取りに行きましょうか」

 そういいながらも神乃さんの私を抱く力は弱くならず、むしろ強くなっている。

「あの……神乃さん?」

「どうしたの?」

「あの、えと……教室に戻らないと」

 こうしてくれるのは嬉しい? けど、早く戻らないと先生が戻ってくるかもしれないし、ご飯を食べる時間が無くなってしまう。

「あら、ごめんなさいね」

 神乃さんが最後に強く抱きしめて。

「次は放課後かしらね」

 背中に手を添えて、また耳元で囁く。

 そっか、次があるんだ。少し嬉しいな、二人の時間がこれで終わりじゃないなんて。

「うん」

 それから私はベッドから下りて布団を整えて、神乃さんと一緒に保健室を後にする。

 教室にいる生徒はいくつかのグループに固まって弁当やコンビニの袋を広げている。学食に行く生徒や、外で食べる生徒もいるから、教室内に人はあまりいない。

 教室に戻ってきた私は鞄からコンビニの袋を取り出す。

「花灯さんはコンビニなのね」

 神乃さんは小さな弁当袋を持っていた。

「うん、今日はたまたま。それで、ど、どこで食べる?」

 教室で食べるのも別にいいけど、どうせなら二人にはなれる場所で食べたい。あの距離感にまだ慣れていないから。

「そうねえ、どこか空き教室とか使えるといいけれど」

 神乃さんも知らないようだ。

「二人きりになれるところがいいわねえ」

 多分私にだけ聞こえるように呟いたんだろう。神乃さんも同じ気持ちなのかな? 私だけ思っているんじゃなくて安心する。

 けど悠長に考えていると昼休みが終わってしまう。

 あれ? でもよく考えれば別にあの距離感で食べなくてもいいんじゃないかな? 今日は時間も無いことだし。

「ね、ねえ、神乃さん。今日はもう、きょ、教室で食べない?」

 私がそう言うと、神乃さんは一瞬固まる。

「あっ……ええ、そうね」

 少し伏し目がちでそう言う神乃さんには申し訳ないと思うけど……凄く……罪悪感が……。

 だって、人が居なそうな場所なんて思いつかないし、それなら。

「は、早く食べて、二人になれそうな場所……さ、探すというのは……?」

 神乃さんにだけ聞こえるように声を潜める。

「ふふ、ありがとう」

 神乃さんは私の机の上に弁当袋を置くと自分の椅子を持ってくる。

 それでいいってことだよね? 私も席に座ってコンビニの袋からパンを取り出す。

 神乃さんもお弁当を広げる。神乃さんの弁当は一段で半分が梅干しの乗ったご飯で半分におかずが詰められていた。可愛い。

 私達は互いに視線を交わしながら黙々と食べていく。

 神乃さんが食べ終われば私も食べ終えよう。残ってもパンなら別に明日にでも食べれば大丈夫。

 神乃さんが食べ終えた頃には、私の三つあったパンの内、二つが無くなっていた。残ったパンを鞄に入れる。

「もう食べないの?」

「う、うん。パンならいつでも食べれるし、それより……行く?」

 神乃さんは嬉しそうに微笑むと、弁当を手早く片付ける。片付け終えた神乃さんと共に教室を後にする。どこを目指せばいいか分からないけど。

「ね、ねえ。どこから探してみる?」

「人がいないところよね」

「うん……」

 人がいない場所といえば、屋上前の階段? でもあそこはご飯食べるにしたら埃っぽいし、それなら校舎の端っことかかな?

「こ、校舎の端……とかかな?」

「行ってみましょうか」

 早速校舎の端に向かった私達は落胆することになった。

 人が少ないと思っていたけど、昼休みの後半に差し掛かると他の生徒達が遊んでいたり、移動教室で早めに移動している生徒がいたりして昼ご飯どころではなさそうだった。

「校舎内はどこもこんな感じなのかしら?」

「うん……」

 保健室での状況は本当に運が良かったというか、偶然だったんだなと思うしかない人の多さだった。学校だから仕方ないか。

 この状況だと校舎内はほぼ全滅と考えていいと思う。

「外を探してみましょうか?」

「そうだね」

 神乃さんが私の制服の袖を摘まんだまま移動する。大丈夫、慣れる……はず……。

 早速外に出る。出るといっても中庭とかだから靴は履き替えなくても問題ない。

「やっぱり、人が多いわね」

 教室で食べていない各学年、各クラスの生徒が集まるのが学食と中庭だから、校舎内より人がいない場所を探すのが大変そうだ。もしや学校ではないのでは?

「な、なさそうだね」

「人がいない場所……他に無いのかしら?」

「も、もう少し他の場所を探してみる?」

 神乃さんはこくりと頷く。

 私は勇気を出して神乃さんの袖を掴み引っ張る。そして神乃さんを連れて中庭とは逆の、校舎の外側に向かう。あれだけ生徒が集まっているのならその逆側は人が少ないと思ったのだ。

 果たして私の予想は当たっているのか? 私達は靴を履き替えて校舎の外側へと向かう。

 校舎の外側は中庭とは打って変わって人が少なかった。ちらほらとカップルと思しき生徒たちがいるぐらいだ。

「結構、す、人が少ないね」

「ええ、ここなら見つかるかもしれないわね」

 探すのは、気恥ずかしいけど……二人っきりになれる場所。人が少なくて、人の目につかない場所。私と神乃さんは並んで歩きながら、ちょうどいい場所を探す。他のカップルは人目を気にしないのだろうか? 私達は別にカップルじゃないけど。

 そんなことを思いながら歩いていると、神乃さんの手が私の手に何度か当たって、そっと指を絡ませてくる。私はそれを抵抗せず、ただ黙って受け入れる。大丈夫これが普通だから。

「あっ」

「どうしたの?」

 私は見つけたその場所を指さす。そこにあったのは非常階段だ、塀が高くて座ると多分校舎内からも見えない。

「行ってみましょう」

 非常階段は少し汚れていたけど、なにかを敷けば座れそうだし、外にあるからそこまで埃っぽくない。試しに上ってみるけど人はおらず、身を屈めて見ると全く周りが見えない。

「あったわね、二人になれる場所」

「あ、そ、そうだね」

 私と同じく身を屈めた神乃さんが、私にぴったりと密着しながら嬉しそうに囁く。下手に抵抗して階段から落ちてしまうかもしれない。

 すぐに神乃さんは離れてくれたけど、階段はそこまで広いわけじゃはないから結構距離は近い? はずだけど、やっぱりそこまで近くは無いかな?

「ねえ、花灯さん。ありがとう」

「え、あ、わ、私の方こそ……その、あ、ありが……とう」

「ふふ、やっぱり可愛いわ」

 そう言って神乃さんは私の肩に頭を乗せる。春の心地いい風が髪を揺らし、揺れた髪がちょうど私の顔の横に張り付いて、表情を隠してくれる。

 次の授業はなんだっけ? 授業に集中できるかな? できたとしても、放課後……保健室での神乃さんの言葉を思い出す。『次は放課後かしらね』どういう意味だろう。いや、意味はなんとなく分かる。でもどこで?

「ずっとこうしていたい」

 神乃さんの囁きが私のそんな思考をどこかへ吹き飛ばす。

 放課後の楽しみ? にしておこう。友達との放課後の過ごし方は知らないし、多分他の生徒達の友達との放課後の過ごし方とは全然違うと思うし? あれ? 距離感は普通とは違うけど、やってることは他と変わらないのか?

 思考が飛んでも、その隙間を埋めるように考えがすぐ湧き出る。多分これは逃げているんだろう。

「……うん」

 逃げずに、神乃さんと向き合わないと。今はまだ、こういう返事しかできないけど。

 違う、向き合うだけじゃなくて、こっちからも歩み寄らないと。

「わ、私も……そ、そう思っ――」

 その先は、予鈴が鳴って言うことは叶わなかった。

「もう、戻らないといけないわね」

「あ……」

 神乃さんが立ち上がって先に階段を下り、そして振り返る。

「行かないと遅れるわよ?」

「あ、うん」

 私は先に階段を下りている神乃さんを追いかけて、階段を下り切って神乃さんに並ぶ。

 少し速足で昇降口に向かうけど、私の中に少しのモヤモヤが渦巻いている。

 言うことは叶わない、本当にそうなのだろうか? まだ予鈴、周りの人も少ない、今ならまだ続きを言えるんじゃないのか。この言葉を口にしないと、神乃さんに、私が大丈夫な人だって伝えないと。言わなくても分かる、そんなことはないから。

「わ、私も」

 私は足を止めて、飛び出しそうになる心臓を抑えるため胸に手を当てて言葉を紡ぐ。

「神乃さんと……ずっと、ああして……いたい……よ」

 たったこれだけの言葉を伝えるのに、凄く緊張する。そして怖い。拒絶されたらどうしよう。そんな考えが私の首を絞めて息をするのが辛い。でも、大丈夫。

「そう――」

 距離話詰めた神乃さんが私の首を絞める恐怖を解くように、両手を伸ばして、頬から首へと手を滑らして。

「ありがとう」

 私の鼓動をその手で感じながら、風で揺れる水面のような目で私を見つめる。

 私は神乃さんの手に自分の手を重ねながら鼓動を感じる。

 やがて、鼓動が落ち着くのを感じたのか、神乃さんは私の胸から手を離す。

「遅れてしまうわね」

 私に手を差し伸べて微笑む神乃さんに、私も手を差し出す。

 ゆっくりと触れ合った、その手を離すまいと指を絡ませて、私達は並んで二人だけの世界を出ていくのだった。

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