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第4話

 四時間目終了まで後十分。私の目は時計と手元を行ったり来たりしている。授業に集中できたのは初めの三十分ぐらい、五十分授業の半分が過ぎるた頃には昼休みのことに頭を支配されていた。

 友達を昼ご飯に誘うのってどうすればいいの? なんて声をかければいいの? 今まで友達とそういうことしたことないから全く分からない……。答えを知らない問いを何度も何度も頭の中で繰り返す。

 こうして悶々としているうちにも時計の針は容赦なく進む。授業は全く聞いていなかった。授業が終わるまで後五分、緊張で鼓動が速くなり少し意識が朦朧としてくる。口の中が乾いて汗がじんわりと滲み出てくる。

 必死になって残りの五分を耐え抜く。そして遂に授業終了のチャイムが鳴り響く、少し音が遠い気がするけど。

 神乃しんだいさんに声をかけないと……なんて声をかければいいの? 考えれば考えるほど分からなくなる。どうしよう普通に声をかければいいの? 普通ってなにどうしたらいいのか分からない分からないはずがないのになんで頭の中がぐちゃぐちゃに寒い苦しい手が痺れてきて視界に黒がチラついて埋めていく。

花灯かとうさん?」

 肩に衝撃を感じて私はハッとする。恐る恐る声の聞こえた方に顔を向けると、神乃さんが眉を顰めながら立っていた。

「すごい汗……保健室に行きましょう」

 神乃さんは私を立たせると手を引いてくれる。さっきとは比較にならないほどの強い力で引っ張られる。

 私は声を出すことができずにそのまま神乃さんに引っ張られていく。階段に差し掛かると神乃さんは私を支えるように身体をくっつけて、ゆっくりと一段一段降りていく、三階から一階の保健室まで。神乃さんの体温が私の気持ちを落ち着かせてくれる。

「……だい……じょ……ぶ……」

 なんとか声を絞り出すことができたけど。

「大丈夫なわけないでしょう」

 即座に返されてしまった。

 そんなこんなで無事に一階に到達した。教室から出た時に比べると、神乃さんの私を引く力は弱くなっていた。

 保健室には誰もいなかった。先生もお昼なのかな?

「ベッドを使わせてもらいましょう」

 神乃さんに連れられて私はベッドに腰掛ける。勝手に使っていいのかな?

「ほら、横になって」

「えっ……でも」

「いいから」

 そう言うと、神乃さんは半ば私を押し倒すようにベッドに寝かす。

 ベッドに寝た私を踏まないように、ベッドに腰をかけた神乃さんが私の顔を覗き込む。

「凄い汗だったわ」

 額に張り付いた私の髪の毛を上にあげて、露わになった額に神乃さんは優しく手を乗せる。少しだけあったかい、安心する。

「ごめんなさい」

 私のか細い声は神乃さんに届いたらしく、神乃さんは困ったように微笑むと私の額から手を離す。

「飲み物買って来るわね」

 そう言って立ち上がった神乃さんは保健室を後にする。

 神乃さんには申し訳ないことをしてしまった。

 ただの体調不良じゃなくて、私が勝手に悩んで、私が勝手に不安になっていただけなのに。せっかくの昼休み、昼ご飯を食べる時間、私のせいで神乃さんの時間を奪ってしまった。一人保健室のベッドで寝ている私にその事実が重くのしかかる、身体に圧がかかったみたいに上手く動かせない。

 ごめんなさい。涌き出そうになる涙を腕で隠す。

「花灯さん、水、飲める?」

 腕を降ろしながら声のした方に目を向けると、ペットボトルの水を持った神乃さんが立っていた。わざわざ飲み物を買ってきてくれたんだ、私なんかのために、後でお金を返さないと。

 頷くと神乃さんは私を支えながら身体を起こしてくれる。そして少し結露しているペットボトルを渡してくれる。

 受け取ったペットボトルの水を布団にこぼさないように注意しながら一口飲む。少し気分が柔らいだ。

「ごめんなさい。も、もう大丈夫……神乃さんは……もう戻ってね」

 もう大丈夫、そう思って神乃さんに伝えたつもりだった。

「嫌よ、戻るなら花灯さんも一緒」

 私なんかを気にかけても無駄なのに、なんで戻ってくれないの?

「で、でも、私なんかといたら……昼休みが……」

 申し訳なさでいっぱいになって、神乃さんの方を見ることもできない。せっかく友達になったのだ、友達の邪魔をしたくない。

 すると神乃さんは私の頬を両手で包むと少し強引に私と目を合わせる。

「友達を心配してはいけないの?」

「え……」

「友達と一緒にいたいと思ってはいけないの?」

 神乃さんの言葉に私は息が詰まる。真っすぐな瞳が、揺れる私の瞳を捉えて離さない。

 そして私は、自分の発言を後悔する。

 神乃さんは優しく私の頭を撫でると、ゆっくり寝かしてくれる。私は神乃さんの手を握りしめ、恥ずかしさで顔を朱に染める。

「……ごめんなさい」

「どうして謝るの?」

「わ、私。神乃さんの、き、気持ちを考えずに……自分の気持ちばっかりで……」

 うまく言葉にできない、それでも神乃さんは私を急かすわけでもなく、ちゃんと言葉を待ってくれる。

「か、勝手に。あ、神乃さんの迷惑になると思って……神乃さんのことを、思って、言ったつもりに……でも、それは……し、神乃さんからすればそうじゃなくてっ、結局自分のことしか考えてなくて……自分勝手で……ごめんなさい」

 終わった、上手く言葉にできた自信はないけど、友達になったばっかりの人間が心の丈を打ち明けてしまった。こんな訳の分からない面倒くさい人間なんて誰にも相手にされなくて、引かれて当然だ。いつも通り、私は一人になる。

「わたしの方こそ、ごめんなさい」

「なっ、なんで神乃さんが謝るのっ」

「わたしの言っていることもね、花灯さん、あなたと同じなの、自分のことしか考えていないのよ」

 なんでそんなことを言うの、なんで……。

「わたしも、それで失敗してきたのよ」

「……違う、神乃さんは私とは違う」

「違わないわよ」

「違う!」

 思わず声を大きくして言ってしまった。

 なぜか許せない。友達のことを思って、友達に寄り添える人が、私と同じ失敗して、一人になるというのが。

 神乃さんは少し目を見開き、やがて軽く吹き出す。

「花灯さんって、結構頑固なのね」

「な……う、ごめんなさい」

 恥ずかしさで身体ごと背けてしまう。

「もう、そうやってすぐ謝らないの」

 そう言って神乃さんは私の頭を撫でる。すごいお姉ちゃん感……一人っ子だけど。

 すると私の視界に神乃さんの髪が入ってくる。

「可愛い……」

 耳がぞわぞわして身体が強張ってしまう。神乃さんはそんな私の身体に手を添える。

 私が神乃さんを見れないでいると、急に背中に熱がじんわりと広がってきた。

「わたしね、花灯さん以外に友達がいないのよ」

 背中の温もりに心地よさを感じているなか、唐突に告げられた言葉に私は戸惑いながらも返事を返す。

「わたしってね、距離が近いみたいなのよ」

 そういうと神乃さんは私の首元に顔を埋める。すごくくすぐったい。

「友達と一緒にいたいの、ずっと、こうして」

「そ……う、なんだ……」

「相手の都合も考えずに、いつも……いつも……。するとね、みんな離れていくの」

 私は頷くことができなかった。

 私と同じで、神乃さんも人から離れられたことがあるんだ。それなのに自分とは違うって、神乃さんのことを知らないのに、勝手に……。

「ねえ、嫌?」

 今まで感じていた大人びた雰囲気からは程遠い、神乃さんのどこか縋るような声音に私の罪悪感が消え去り、庇護欲と安心感が溢れてくる。

「嫌じゃ……ないよ」

 私は背後にそっと手を伸ばして、私がされたように神乃さんの頭を優しく撫でる。

 この感情が正しいかどうかはわからないけど、神乃さんなら大丈夫。だから神乃さんにも、私が大丈夫な人なんだって伝えないと。

「ふふっ……ありがとう」

 大人びた声音に戻った神乃さんの唇が私の耳に触れる。やっぱり耳元で囁かれるのは慣れないけど、この距離感が嬉しくて仕方がない。

 神乃さんの息遣いがすぐそこで感じられる。その息遣いはやがて、ゆっくりと規則的なリズムを刻む。

 友達同士の普通の距離感じゃないけど、私達の普通の距離感はこれがいい。

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