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第3話

 授業終了のチャイムが鳴り響く。

 僅かな開放感を感じた私は首を揉む、この時間は集中することができた。

 用を足したくなった私は席を立ち上がる。そのままトイレに行こうとすると。

「どこに行くの? 花灯かとうさん」

 背後から、少し高い声が私の名前を呼ぶ。私の肩が少しだけピクリと、いたずらの見つかった子供のような動きをする。別にやましいことはしていないけど。

「え……っと、トイレに……」

「わたしも行くわ」

「え⁉」

 なんで⁉

「友達なら、一緒にトイレを行くものでしょ?」

 友達なら一緒にトイレに行くんだ……。

「え、あ……そうなんだ、うん」

 頷いた私は逃げるように教室を出ようとするけど、私の袖を神乃しんだいさんが掴んだせいで、私が神乃さんを引っ張っているような状態になる。

 神乃さんに袖を掴まれたまま、私は教室を出ると他の人たちがよく行く一番近いトイレではなく、校舎の端っこの、休み時間ではほとんど誰も利用しない、春の柔らかな陽だけが照らす少し薄暗い廊下の先にあるトイレへと向かう。

 そしてトイレに着く頃には、神乃さんは私の袖ではなくて手を握っていた。服が伸びたらダメだもんね。

 用を足し終えた私達は並んで手を洗っている。

 ……凄く気まずかった。

「誰も来ないわね」

「え、と遠いからじゃないかな?」

 なんでそんなに平然としていられるの? 私だけ? だって普段は気にしないもんね! 私だけなんか色々と気にして恥ずかしい。

「もう戻るの?」

 戻らないの?

「え、あ、うん」

「そう……」

 神乃さんが深く息を吐く音が聞こえた。私なにか変なこと言ったのかな……?

 ちなみに今は流しの前で私と神乃さんが並んでいる。手は洗い終えている。手も拭き終えている。トイレに留まる理由はないはずなのに、なぜか神乃さんと並んで、鏡に映る自分と睨めっこしている。

「戻らないの?」

 戻っていいの?

「え、あ、うん」

 私はトイレから出て、教室へと向かおうとするけど、神乃さんに手を掴まれて進むことが出来ない。体格差的に頑張ればそのまま引っ張ることができるけど、なぜか強引に引っ張る気にはなれない。

「あの……神乃さん……?」

 私は振り向く。神乃さんが神妙な顔をしていた。

 神乃さんはなぜか私の手を握る力を強めたり弱めたりしてくる。

「まだ、帰りたくないわ」

 なんで⁉

「えぇ……っと」

「ねえ、花灯さん。こっちに来て」

 そう言うと神乃さんは私を引っ張って教室とは反対に廊下を進んで行く。そして角を曲がるとそこは特別教室などがある場所だった。

 神乃さんは手を離すと、私と向き合う。

「ど、どうしたの?」

 なんか正面から見つめられるのって緊張する。さっきの休み時間よりかは距離は離れてるけど、それとはまた違った緊張感が込み上げてくる。友達になればこういうことにも慣れていかないといけないのかな? 慣れる気はしないけど……。

「花灯さん、わたしの友達になってくれてありがとう」

 唐突にかけられた言葉に一瞬頭の中が真っ白くなる。人に正面から感謝されたことなんてほとんどないのだ、かなり照れくさい。

「えあ、で……も私なんか……そんな」

 私なんかと友達になってもいいことないのに……。

「やっぱり、可愛いわ」

 その言葉で私の頭は完全に真っ白になる。なにも考えられない。真っ白になった私の頭を神乃さんの言葉が染めていく。

 そしてなぜか私の身体が温かくなっていく。肩に軽い衝撃、背中がなにか抑えられている感覚。

 抱きつかれてる⁉

「ふぇあ⁉」

 我に返った私の目に入ったのは私に抱きつく神乃さんの姿だった。

 いやちょっと待ってなんでなんでなんで抱きつかれてるの⁉

「え、あの、ちょっ、あの……」

 私の狼狽している姿を楽しんでいるのか、神乃さんは大人な笑みを漏らすと私を抱く腕に力を込める。

 やがて満足したのか、神乃さんは私を抱く腕を緩めて顔を上げる。

「嫌?」

 嫌では無いけど、なんで抱きつかれたのかがいまいち理解できない。友達だったらこれが普通なのかな? でも自分からするのはちょっと怖いし……。

「い、嫌じゃ……ない……けど……」

「良かったわ……友達がいなくならなくて」

 ……どういう意味?

 咄嗟に聞き返すことができればいいのに、私は声を発することができなかった。

 神乃さんは眩しそうに目を細めると、再び私の肩に顔を埋める。

 ええ……、どうすればいいの?

 とりあえず私はバンザイをして神乃さんが満足するまで待つことにする。もう少しで休み時間が終わるはず。

 不思議と今の気分は落ち着いている、少し頬が熱い気がするけど、多分大丈夫。他に誰もいないからかな? それとも慣れてしまったからかな? 嘘、心臓はバクバクです。

 そんなことを考えていると遂に休み時間終了のチャイムが鳴る。神乃さん背伸びをして私の耳元に口を近づける。

「残念、時間切れね。戻りましょう」

 なんで耳元⁉

「あぅ、うん」

 私の返事を聞くと、神乃さんは私の腕に自分の腕を絡めて歩き出す。友達ってこういうこともするんだなあ。

 神乃さんに連れられて教室へと向かう途中、神乃さんの腕が私の腕から離れていく。腕から伝わるぬくもりが無くなって少し物足りない気持ちになる。

 ん? 物足りない? 違うあれだ! 布団をひっぺがされるやつ!

 そうこうしているうちに教室へ到着する。別に滑り込みセーフというわけじゃなかったから、誰も私と神乃さんに注目しない。

 次の授業が終われば昼休みだ、神乃さん、誘ったら一緒に食べてくれるのかな? まずは上手く声をかけるところからだけど。

 僅かな期待と多くの不安を抱えて、私は授業に意識を向けるのだった。

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