盗賊達による町への大きな被害から半月、ジンは軍師として戦場に立っていた。彼の隣にいるのは小隊長となったアリシナ。
そして彼の目の前にいるのは帝国内で反帝国を掲げて秘密裏に組織を作っていた反逆者達。彼等は今は廃墟となっている砦に籠城し、その砦を包囲するように帝国軍が取り囲んでいた。
「ジン君、今回の作戦は?」
「水路に毒を……。こちらに無闇に損害を出す必用はありません」
ジンの指示によって水路に流し込まれていく毒。
そして毒が水路に流し込まれたことに気が付いたのか、籠城を続けていた反逆者達の一団が武器を手に砦から出てくる。
しかしジンはその動きを読んでいたのだろう。
武器を手にした反逆者達が砦から出た瞬間に迎え撃ったのは、巨石による投擲と魔法による幾つもの火炎弾。巨石によって為す術もなく反逆者達が倒れていく中、追い打ちを掛けるように打ち込まれた火炎弾が砦の中の物資に燃え移ったのだろう。
砦から幾つもの黒煙が上がり、砦の中からは悲鳴が響き始めた。そして砦から白旗が掲げられる。
だがジンはその白旗を意に介さない。
「裏門と正門にそれぞれ投擲を続けてください。誰一人、砦の中から出すことは許しません。火炎弾と火の付いた投石を更に砦の中に打ち込んでください。上空から精霊による火の雨を……」
ジンの指揮に従って続けられる帝国の攻勢。
投擲によって正門が完全に崩れ落ち、裏門も塞がれる。砦を守るように建てられていた木の柵が砦内の反逆者達に逃すことを許さない檻となり、火の手から逃れるように崩れた砦から出てこようとする。
しかし帝国軍はそう言った満身創痍の兵であっても複数人で対処にあたり、一人、また一人と息の根を止めていく。
帝国の攻勢は夜通し続き、夜が明ける頃にはもう悲鳴すら上がっていない。砦の周囲には亡骸の山が築かれ、血の川が流れていた。
「砦の内部の確認をお願いします」
「生存者がいた場合は?」
「捕縛の必用はありません。帝国に剣を向けた反逆者には一切の情けを掛けないでください。ここで一人でも残せば、帝国に新しい火種を巻くことになるでしょう」
非情とも思える指示に従って砦に入っていく帝国軍の兵士達。彼等はそんな指示をしたジンを見て、恐怖にも似た感情を覚えていた。
「砦の中に一人でも生き残っている奴がいると思うか?」
「砦の物資を燃やされて、消火の為に使う水には油由来の毒が入っていたらしい。うっかり消火をしようと火に掛けたら最後、更に火の手が強くなるそうだ」
「その上、夜通し火炎弾を打ち込まれ続けたら、いくら石の壁を持っている砦でも中は釜の中みたいなものんだ。水すら手に入らない中で蒸し焼きにされるのは、地獄だろうよ」
「どうりで砦から次々と敵兵が出てくる訳だ」
砦の中の惨状を見た兵士達は、焼死した敵兵や、生き残ったものの虫の息だった兵士達にもとどめを刺していく。
結局、この砦を落とす為の帝国兵の損害は限り無く0に近いものとなり、灰色の軍師の功績として、彼が帝都に戻れば有力貴族や軍の大隊長や中隊長が彼を賞賛していく。
「キャトリン様、只今戻りました」
そしてジンがキャトリンの居る彼女の自室に顔を出す。しかしキャトリンの表情は険しいものだった。
「反帝国者の砦に向かったと聞いたぞ。志願したのか」
「はい、帝国に剣を向けた相手です。いずれキャトリン様に剣を向ける可能性がありましたので、一人残らず処理をしました」
「そう言ったことを聞いているのでは無い。ジン、私は君に休息をとるように命じたはずだ」
「休息は必要ありません。俺が判断をしなければ、きっと今回の砦を落とす為に、今回以上の被害が出ていた筈です」
「既に被害は出ている。ジン、お前は自分の事をもっと考えるべきだ」
「必要ありません! 俺は今回、何も間違えなかった!」
ジンを気遣うキャトリンに対して声を荒げるジン。彼が手にしたのはいつかキャトリンが見せた帝国の領土を白く塗りつぶした一枚の地図だ。
「キャトリン様は全てを白くすると言っていました。だけどこの白い領土の中には未だに黒いシミが残っています。放っておけば、その黒は広がって、いずれこの白い地図を灰色に染めるでしょう。俺は、それを許せない! 帝国の人々を守るのが僕の役目です」
声を荒げ、キャトリンに地図を突きつけるジン。そんな彼の姿を初めて目にしたキャトリンは言葉を失う。
それでも彼を引き留めようと彼女の手がジンに伸ばされたが、その手がジンに触れることは無かった。
「声を上げて申し訳ありません。俺……次の戦争がありますから」
それだけを言い残して覚束ない足取りで部屋を出て行くジン。そんな彼の背中を見送って、キャトリンは決定的に何かが狂い始めていくのを感じていた。
………………。
(間違えちゃ行けない……。僕が間違えたら……、また誰かが……)
反逆者の討伐を終えたジンは帝都に留まることなく。更に城で幾つかの軍議に参加する。そして彼が立案した作戦行動が軍によって共有され、さらに帝国内の反乱分子を一つ、また一つと壊滅に追い込んでいく。
「まるで悪魔だよ。誰一人として反乱分子を残す必要は無い。女でも子供でも、容赦はするなってお達しだ」
ジンの作戦行動を受けた兵士達が彼を見て言葉を交わす。
しかしジンはそんな言葉すら意に介さない。帝国内の反乱分子を抑え込み、不正を働いている有力貴族を破滅に突き落とし、帝国を限り無く白へと近づけていく。
しかし、一つの作戦高度を考える度に彼の中で何かが軋み、誰かの死を目にする度にジンの中で大切な何かにヒビが入る。
そして数日ぶりにジンが自室に戻れば、そんな彼を抱き締めるように迎えてくれたのは、まだあどけない顔をしているクロだった。
「兄様、お帰りなさい。クロ、ちゃんと兄様の帰りを待ってたよ♪ 偉い? 偉いよね?」
「ああ、クロは良い子だね」
言いながらジンはクロの為に食堂から貰ってきた食事を渡す。しかし、ジン自身は食事をとることも無くベッドへと倒れ込む。
「兄様は食べないの?」
「うん……、俺はちょっと休む為に帰っただけだから……。少し寝たら、また次の戦地に向かわないと……」
「また行っちゃうの?」
「僕は間違える訳にはいかないから」
彼の言葉にクロはまどろみの中へと落ちようとしていたジンの髪を撫でる。うっすらと目を開ければ、クロの赤い双眸がジンを見ていた。
「ねぇ、兄様はどうして戦争をするの?」
「帝国には必要なことだかあら」
「どうして帝国に戦争が必要なの?」
「俺が大事な人を守る為に必要だから……」
「でも、兄様はボロボロだよ? 兄様は誰かが守ってくれるの?」
キャトリンと同じ意味の言葉。
だが帝国の戦争の被害者であるクロが口にした言葉は彼を苛む。
「俺には必要無いよ。俺は……、俺が起した戦争の責任をとらないと……。俺が戦争に協力したから、反帝国を掲げる人が出てきた。俺が戦争で利益を作ったから、不正をしようとする貴族をつくってしまった。その責任を俺はとらないと……」
もしもこの場にキャトリンやアリシナ、カロル、ハネットといった彼を知る者がいれば、きっと彼の言葉を否定していただろう。ジンが気に病む必要は無いのだと、彼を支えようとしていただろう。だが彼の周りには今はクロしかいない。
そしてジンの脳裏によぎるのは、敵国を蹂躙した第一皇子・ギシアの姿であり、自分が判断を間違えた所為で死んでしまった街の人々の姿。そして砦に築かれた反逆者と呼ばれた人々の亡骸の山。
全てがジンの重石として、より彼を追い詰めていった。だが――、
「だったら兄様、戦争はもう駄目だよ」
まどろみに向かう中でクロが不意にした言葉。その言葉はジンの耳に届き、その言葉に彼の心が大きく揺れた。
「どうして?」
「だって戦争をしたら、たくさんの責任が生まれるんでしょ? それが兄様を苦しめるんでしょ? 兄様、戦争が嫌いに見えるよ? だったら戦争をしちゃ駄目だよ」
ごく当たり前の子供の言葉。
何も知らないクロだから言えることだが、クロの言葉は強くジンの胸に刺さり、彼の動揺を大きくしていく。
「でもねクロ。これは俺が始めた戦争なんだ。だから今……、俺にはたくさんの責任があるんだよ。だからやめるなんて……」
「責任? それは兄様だけが持たなくちゃ駄目なの?」
「それは……、そうだよ。だってこれは俺が始めて……」
「兄様が戦争をしたいって言ったの?」
「ちがっ……。俺は戦争をしたいなんて一度も――」
「だったら兄様が始めたんじゃ無いんじゃないの?」
ジンの言葉に小首を傾げるクロ。そして彼女は頬を膨らませて言った。
「クロにはよくわかんないけど、兄様が苦しむのはヤダ。だから戦争はもうやめよう。その方が兄様はしあわせになれるよ♪」
「だって……僕は軍に……、キャトリン様に拾われて……」
「じゃあ軍辞めちゃお。兄様、軍師じゃなくなればいいんだよ。そうしたらほら、戦争なんてしなくても良いでしょ?」
クロの言っている意味がジンにはわからない。彼の言葉に対してクロの言っている言葉は答えにもなっていない。
だけど限界を迎えそうだったジンの心に、最も必要だったのはクロが言った言葉だった。
休むだけではいつか戦場に戻らなければいけない。責任から目を背けるだけでは自責の念は消えない。ジンにとって最も必要な事は戦場や責任から逃げることだった。
「ねぇ、いいよね? 軍、やめちゃお。それでね、クロと一緒にいてほしい。クロね、ずっと兄様と一緒がいい」
「あ……、あぁ……」
「クロは兄様だけがいてくれれば幸せだよ」
自分の戦争で不幸にしてしてしまった一人の少女の言葉。
もしも彼女を幸せにすることで、今自分が感じている自責の念が消えるとするならば……、今、脆く崩れそうになっている自分の心は助かるかもしれない。
「クロは僕がいいの?」
「うん! クロは兄様が大好き! だからね、軍をやめちゃお!」
「そうだね……」
満面の笑みを浮かべて語るクロの言葉に、ジンの心が決まったのはその時だった。
「クロ……。僕は君が喜んでくれるなら、何だって出来る気がするよ。軍……、辞めても良いんだよね?」
「うん! 兄様、クロとずっと一緒にいよう!」
ニコニコと屈託のない笑みを浮かべるクロ。
そんな彼女に救われた気がして、ジンはクロを抱き締めると、「ありがとう」と涙を流したのだった。