目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

回想11:灰色の軍師の迷い

「やだぁ! 兄様……、行っちゃやだぁぁっ!」


 ある日の朝――、ジンの部屋に響く泣き声。ジンが用意した朝ご飯を食べることもなく、クロはぽろぽろと涙を流しながら大泣きしていた。


「ク、クロ……、ほんのちょっとの間だから我慢して」

「やだぁぁっ! クロも一緒に行く! 兄様と離れるの、やだぁぁっ!」


 泣きながらジンの服を掴むクロ。


 その手を振りほどこうとすると、更にクロは大泣きしてジンを放そうとはしない。しかし、今回はジンもクロを連れて行くつもりはなかった。


「わかって、クロ。今回俺が行くのは戦場で、とっても危険な場所なんだ。クロが怪我でもしたら大変だろ? だからこの部屋で待っていてほしいんだ」


 コロシオでの一件以来、自室で塞ぎ込むことの多かったジン。しかし、クロの面倒を見ることがいい影響を与えたのだろう。


 ここ最近はジンも以前の様子を取り戻していた。


 だからこそ、ジンに対して軍師としての仕事をして欲しいと、第三皇女・キャトリンから声がかかったのだ。

 だがまだ3~4歳程度のクロは、一時とは言えジンが離れるのは我慢ならなかったのだろう。朝からずっと泣き続けていた。


「でも簡単な仕事だって言ったもん! クロでも役に立てるもん!」

「確かに相手はただの盗賊みたいなものらしいけど……」


 数か月実践から離れていた為、今回任されたのは比較的小規模な反乱分子の討伐だ。帝国の軍隊を率いれば、ほとんど損害を出すこともなく討伐することはできるだろう。


 クロが黒竜の姿で出れば、傷つく可能性も限り無くゼロに近い。それでもジンは何故だかクロを戦場に連れて行くことはできなかった。


「できるだけすぐに帰ってくるから。帰ってきたら、また一緒にお肉を食べよう。ね?」

「うぅ~……、うぅぅぅっ~……」


 根気強く言い聞かせて、ようやくクロが頷いてくれる。


 そんな彼女を部屋に残して、ジンが帝国軍と合流すれば、今回の指揮を執っているのはアリシナだった。


「やっほ、ジン君♪ 今日はよろしくね、私たちの軍師様」

「そっか、アリシナさんの小隊が今回の担当なんだ」

「まあね。と言っても私たちの小隊は補給・援護担当で、ほとんど出番は無さそうなんだけどね。まぁ、ジン君がいるならいいかな」


 ただの盗賊相手に3小隊が向かう。


 兵数は既に100人を超えていて、人数としての有利もおそらく間違いはない。途中で近隣の村によれば、今回の討伐対象となっている盗賊についての話を村長を始めとした大人たちが話してくれた。


「相手は少し前まで西の町で暮らしていた人々らしいのですが、帝国の遠征で町が壊滅したことで住む場所を失くしたらしく……」


 盗賊たちの話に、胸に僅かな痛みを感じるジン。


 しかし、盗賊たちはこの街道を通る商人を襲い、近くの村からも女子供を攫って、最近は人を売り払うこともしているらしい。


「盗賊たちは最近はこの村にも近づいているらしく……」

「どうか、この村を守ってください」


 ジンや軍の代表に対して頭を下げる村の人々。


 説明を受けてジンが村を見れば、帝国軍の兵士に憧れの眼差しを向けている少年たちもいる。そんな子供達を守る為にも、今回の作戦は失敗するわけにはいかなかった。




 そして翌日――、ジンとアリシナのいる小隊を含めた帝国軍が、盗賊たちが拠点としている古城後を強襲した。


「第一小隊は古城の門を破ってください。おそらく敵は古城からの脱出を図るはずです、第二小隊及び補給部隊は逃げ道を塞ぐように古城の周囲を包囲しつつ、矢と魔法で牽制をお願いします」


 いざ作戦が始まれば、戦闘は一方的だった。


 ジンが指揮が全軍の指揮をする中、盗賊たちは次々と倒されていく。中には武器を手に向かってくる者もいたがごく少数。砦の中に攫われていた人々が保護されていった。


(この分なら、思っていたよりも早く終わりそうだな……)


 古城に残っていた盗賊たちが次第に投降を始める。


「軍師様、敵残存戦力が投降を始めていますが、いかがしましょうか?」


 アリシナと戦況を見守っていたジンに、兵士の伝令が報告に訪れる。


 本来であれば、人攫いなどの盗賊行為をしていた不穏分子については、帝国軍の作戦行動では基本的には投降も認めていない。後顧の憂いを絶つ為にも討伐が基本となっている。だが――、


(盗賊達も帝国の侵攻で住む場所を失くしただけで……)


 ジンの脳裏によぎったのは彼らがどういった経緯で盗賊にまでなってしまったのかという本来の原因。その事実がジンの判断を鈍らせた。


「投降してきた盗賊たちは捕縛してください」

「捕縛……ですか?」

「はい、相手に戦闘の意思はありません。通常の犯罪者と同じように、帝都に連れ帰ったのち、犯罪奴隷として鉱山での労役を貸してください」

「……かしこまりました」


 ジンの判断に釈然としないながらも、その兵士はジンの指揮に従って前線に盗賊たちの捕縛を伝える。程なくして投降した盗賊たちが捕縛され、帝国軍は彼らに圧勝した。


「でもジン君、これでよかったの?」


 だが同行していたアリシナはジンの判断にどこか不安を覚えていた。


「うん、これで良かったんだよ。だって盗賊行為をしていた人達だって、本当は戦争の被害者なんだ。盗賊行為をなかったことにはできないけど、ちゃんと罪を償ってやりなおす機会を与えた方がいいと思う」

「ジン君がそう判断するなら、これ以上私は何も言わないけど……」


 だが最終的にはジンの判断を優先してくれたアリシナ。


 そしてジンはクロの待つ帝都へと戻ることになる。だが、ジンがその判断を後悔したのは、彼が帝都へと到着した半月も経った後のことだった。



 ………………。



 ジンは焦っていた。


 任された作戦は比較的危険も少なく、本来ならほとんど被害も出さない筈の作戦だった。それなのにたった一つの彼の判断の間違いが、目の前の全焼した村の姿だった。


「そんな……。どうしてこんなことに……」


 帝国軍の兵士を連れたジンが愕然とする。


 村のそこかしこには血の跡が残り、村長の屋敷の前には、今回の戦いで亡くなった人々の骸が並べられている。そして、その躯の中には、ジンを含む帝国軍を見て憧れの眼差しを向けてくれていた子供達までもが含まれていた。


「ジン君。これは君の所為じゃない! 君はただあの人たちを守ろうとしただけ。それなのにあの人たちは……」

「違う……。これは僕の所為だ……。僕の決断が招いたんだ……」


 並べられた村の人達の亡骸を前に、ジンは涙をこらえることができなかった。


 帝国軍による盗賊達の捕縛に問題はなかった。数十人の盗賊が犯罪者として帝都に連れて行かれ、その後に犯罪奴隷が働かされる鉱山へと輸送されることになった。


 問題が起こったのはその輸送時だ。


 おそらくは古城から離れていた盗賊が何人もいたのだろう。盗賊の仲間たちが集団で輸送にあたっていた兵士たちを襲い捕らえられていた盗賊達を解放したのだ。


 そして盗賊達は自分たちが捕らえれる原因が村からの帝国軍への陳情だと知ると、その村を報復として襲ったのだ。


 亡くなった村の人々の手には武器を持った様子もない、一方的な略奪が行われ、村の家屋の多くが焼き払われたのだ。


「あぁぁっ……、僕が……、僕が間違えたから……!」


 亡くなった子供達の亡骸を前に膝をつくジン。


「盗賊達は?」


 その姿を見たアリシナの瞳に怒りが宿る。


「盗賊達には既に帝国軍の部隊が向かっています」

「そう……。部隊には盗賊団全員の処刑を伝えてください。今度は投降するものを捕縛する必要もありません。帝国に剣を向けたことを後悔させる間もなく、全員を必ず殺してください」


 冷徹なアリシナの指示に従って、帝国軍は村を蹂躙した盗賊達を追い詰めていく。そして軍は今度こそ盗賊達を掃討した。




 だが今回の結果は灰色の軍師の失態として帝国に伝わることとなる。


(ジン君が傷ついたのは、私の所為だ。小隊を任されていたのに……。私がジン君に何も言わなかったから……。だからジン君が……)


 そしてアリシナもまた、心を痛めるジンの姿に責任を感じていた。


「兄様、大丈夫? 兄様、どこか痛いの?」


 ジンが自室に戻ると、彼を迎えてくれたのはジンの事を心配してくれるクロの姿。何も知らないクロはただ涙を流しているジンの身体を抱きしめて、ただ彼の傍に寄り添っていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?