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回想10:兄様

 ジンは気が動転していた。

 目の前にいるのはどう見ても裸の女の子にしか見えない。角が生えているところを見ると獣人のように見えるが、少女については全く見覚えが無かった。


「き、君……、誰? どうして俺の部屋に……?」

「……?」


 ジンが当たり前の疑問を口にする。だが少女はジンの言葉に小首をかしげる。その上で誰と訊かれたことが悲しかったのか、少し悲しそうに瞳を潤ませていた。


「パパ……、クロのこと……忘れちゃった?」

「いや、そもそも僕に子供は……。っていうか、クロ? 君はクロなの?」

「そうだよ! クロ、パパに会いに来たの!」


 見た目にはどう見ても獣人の女の子にしか見えないクロ。ほとんど裸の女の子に縋りつかれて、ジンの頬を赤く染まる。


 だけどクロと名乗る少女はジンに対して甘えるように顔を近づけるとジンの胸板に頭を預けて頬ずりをするようにもぞもぞと動き始める。


 その仕草は確かにクロがまだジンよりも一回り小さい時にしていた甘え方だった。


「ジン、起きているか!」


 そんな中、不意に聞こえたジンの部屋の扉を叩く音。扉の向こうから聞こえてきたのはカロルの声だ。その上、ジンの部屋の扉は彼が応えるよりも早くに開かれた。


「面倒なことになったぞ。竜舎にいた筈のあの子竜が、いつの間にか脱走したらしい。ジンも探すのを手伝ってくれ!」


 部屋の中に入ってきたカロル。そんな彼の動きが唐突に止まる。


 しかし無理もない。カロルが部屋に入った瞬間に見たのは、ベッドの上でジンに甘えるように擦り寄っている裸の女の子。


 どう見ても小さすぎる年齢の女の子だが、甘えるように擦り寄っている様子は、どう見ても事後のように見えた。


「わ、悪かったな。入っても大丈夫になったら声を掛けてくれ」

「なっ……」


 ジンが何かを言うよりも早く、カロルは気まずそうな表情を浮かべると、部屋から出て行こうとする。


「ちょ、ちょっと待って! カロル、これ……誤解だから!」

「いや、良いんだ。趣味は人それぞれだ。しかしジンがまさか幼女性愛者だとは思わなかった……。俺はてっきり皇女様のようなタイプが好みなんだとばかり……」

「ば、馬鹿な事言わないで! とりあえず、俺の話を聞いて!」


 ジンの言い訳も聞かずに部屋を出て行こうとするカロルを引き止める。そしてジンは必死にカロルに説明をする破目になったのだった。




 小一時間が経ち、ようやくカロルの誤解が解けた頃、ジンは全身にどっと疲れを感じていた。


「まさか、あの子竜が人化もできるタイプの竜だったとはな。驚いたぞ」

「俺だってまさか人の姿になってくるなんて思ってなかったんだよ」

「俺はてっきり、お前がいたいけな少女を連れ込んだものだとばかり……。状況だけ見れば、昨夜しっぽり楽しんだ後のように見えたからな」

「しっぽり? しっぽりってなぁに、パパ?」

「クロは気にしなくていいから……。カロルも変なことを言わないで」

「は~い、気にしないよ♪ ぱぱぁ~、よしよしして」


 甘えるようにジンに身を寄せるクロ。さすがに裸のままにはしておけないので、ベッドシーツを衣服のようにまとわせているが、相変わらずジンの事を親だと思っているらしく身を寄せていた。


「まぁ、何事もなかっならいい。俺はてっきりクロが城下に脱走したものだと思っていたから肝を冷やしたぞ。ジンの部屋にいてくれて助かった。さすがに城下に行っていたら、討伐するしかなかったからな」


 物騒なことを言うカロルに軽く引いていると、そんなジンの手をクロがクイクイと小さく引く。


「パパ、お腹すいたよ、ご飯食べよう?」

「あぁ……、もうそんな時間か……。うん、それじゃあいつも通り、ご飯貰ってくるね。えっと……クロは何を食べたい?」

「うんっ! クロね、クロね、ご飯はお肉がいいの! パパの持ってきてくれるお肉、とっても美味しい♪」


 ジンの言葉にキラキラと瞳を輝かせるクロ。その反応を見る限り、やっぱりこの女の子はクロに間違いないと、ジンは改めて確認する。


「それじゃあ、すぐに戻ってくるから部屋で待っていて」

「うんっ!」


 ジンの言葉を疑っていないようで、素直にうなずくクロ。そんな彼女を残してジンが部屋を出ると、カロルがニヤニヤと口元を緩めてジンを見ていた。


「いやぁ、まさかパパとはな……。慕われているじゃないか」

「……やめてよ。カロルだって、クロがどうして俺のところにいるのかは知っているだろ? クロは俺達のしている戦争の被害者の一人でもあるんだ」


 ジンの事を親として慕っているクロ。そんな彼女が本当の父親を知らないのは、帝国の起こした戦争が原因だ。


「それは俺だって理解している。だがな、ジン。そのことを理由に自分に向けられている好意までお前は否定するのか? 少なくてもあの子竜はお前のことを信頼しているんだろ? だったらその好意まで受け取れないと考えるのは間違っているんじゃないか?」

「うん。それはわかってる……。だから後は自分自身の問題だよ」

「そうか」


 ジンの傍に立ち、クシャリとジンの髪を撫でるカロル。


 同期という関係性でありながら、まだまだ子供扱いされることに少し不満を覚えつつも、彼が自分を気にしてくれていることは理解している。


 ジンが小さく「ありがとう」と呟くと、カロルは「気にするな」と明るく笑って見せた。


「それはそうと、パパって呼ばせるのはやめさせておいた方がいいな」

「え? どうして?」

「その歳で一児の父親は無理があるだろう? それにだ、お前がパパなんて呼ばれている。あるいは呼ばせている姿を他の奴らが見たらどう思う? 少なくてもアリシナがショックを受けて卒倒するぞ?」

「そうかな? アリシナは気にしないと思うけど……」

「おいおい、本気で言ってるのか?」


 ジンの言葉に呆れたように嘆息するカロル。しかし、やはりどうしてアリシナがショックを受けるのかも理解できない。


「とりあえず、犯罪臭が強すぎるからな。少なくても兄……、兄様とでも呼ばせたらどうだ? それなら周りからも変に思われないだろ?」

「それは……、うん。いいかもしれない」


 一般的な村で育ったジンに兄弟はいない。クロのような妹がいるというのは、悪い気はしなかった。


「まぁとにかく、竜舎についてはうまく話しておく。あの子竜はどうせ暫くはお前の部屋に居つくつもりだろうからな。竜舎に戻したところで毎晩のように脱走されたらたまらん。あとはうまくやれ」


 それだけ言い残すとカロルは手をひらひらとさせて去っていく。そんな彼の様子をありがたいと思いながら、ジンは急いで食堂に向かっていつものように焼き肉の乗った皿を自室へと持って帰る。


「パパ、お帰りなさい!」


 ジンの帰りを待って明るい笑みを浮かべるクロ。


 そんな彼女が嬉しそうに食事をしている姿を見ながら、自分も朝食をとると、今まで塞ぎ込んでいた気持ちが少し明るくなってくる。


(とりあえずは呼び方から話をしてみようか……)


 そんなことを考えながら、ジンは甘えるクロに優しい眼差しを向けていたのだった。

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