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回想5:灰色の軍師の成長と友人達

 キャトリンに士官学校から連れ出されて二年。


 その後もジンは各地の戦場へとキャトリンに率いられて、帝国中を転々とする生活を続けていた。


 多くの戦場ではキャトリンを失脚させる為に帝国軍の力をもってしても厳しい戦いとなる地への遠征などを求められることも多かったが、そのような状況でもジンは各地の戦場で軍師としての才覚を発揮し、多くの戦場でキャトリンを勝利へと導いていた。


 そんな中での事、ジンが西方の街への遠征から帰った時のことである。


「ジン君、久しぶり!」


 ジンがいつものようにキャトリンに求められて、次回の戦場の資料を集めていた時のこと。不意に声を掛けられて振り返れば、そこに立っていたのは士官学校では同期のアリシナだった。


「アリシナさん、どうしてここに?」

「ふふっ、ジン君がここに居るって聞いてね」


 ジンに対してウィンクをしてみせるアリシナ。二年前は成人したばかりの15歳で顔立ちも幼さが残っていたのだが、この二年で彼女も幾らか大人びて見える程に成長をしている。


 帝国軍の黒を基調とした制服を身に着けた身体は女性としての丸みを帯び、赤く伸ばしていた髪や、砕けた雰囲気にジンはどこか懐かしさすら覚えていた。


「その格好……と言うことは、士官学校を卒業したんですね」

「勿論。まぁ、私だけじゃ無いけどね」


 言いながら苦笑を浮かべるアリシナ。そして彼女が一緒に資料室を訪れていた二人を呼びに行けば、彼女が連れて来たのはカロルとハネットの二人だ。


 元々身体つきの大きかったカロルはこの数年で更に筋骨隆々とした身体つきになっており、太腿などはジンの腕の倍以上の太さになっている。


 一方でハネットはカロルのように無駄に筋肉はつけていないが、引き締まった身体をしており、理知的な雰囲気を纏っていた。


「おお、ジン! 久しぶりだな。お前には随分と置いて行かれてしまったが、俺達も本日付けで帝国軍に編入されることになったんだ。よろしくな、俺達の軍師様!」

「ちょっ……カロル!」


 言いながら強くジンの肩を叩くカロル。その衝撃でよろけそうになりながら、しかしジンも三人が自分と同じ軍人になってくれたことが嬉しかった。


「ちょっとカロル。仮にも上官にそう言う態度は不味いと思うけど?」

「そうだな。ジンは今や、第三皇女キャトリン様の懐刀とまで呼ばれている。不躾な態度を取って、軍を追い出されても知らんぞ」


 カロルを窘めるように様子を見ていたアリシナとハネットが声を掛ける。その言葉にカロルは少し面食らっていたが、ジンにはカロルをどうこうするつもりは微塵も無かった。


「いや、皆が来てくれて嬉しいよ。帝国軍の中でも俺の事を信用してくれる人は多くなっていたけれど、同僚っていう感じの人が多くて、どうしても肩の力を抜いて話せないから……」

「あはは、それはまぁ……仕方ないんじゃないかな?」


 ジンの言葉に苦笑を浮かべるアリシナ。


「たった二年間だったのに、ジン君の噂は士官学校にまで届いていたもの。平民出身の凄腕軍師・灰色の軍師と第三皇女・キャトリン様の率いる帝国軍の連戦連勝の話。ジン君の作戦なんか、士官学校の授業でも取り上げられるくらいなんだよ」

「そ、そんなことになっていたの?」

「ああ、実際に授業で取り上げられたのはお前の経験した戦いの内の一部なんだろうが、戦術論を説いている指導員ですら天才的だと褒めそやすような内容の戦いも多かったからな」

「大袈裟だと思うけど……」

「大袈裟なものか。実際に、現在の帝国の勢力図を書き換えたのは、お前の功績が多いことも分かっているだろう? まったく……、第三皇女様がお前を見いだしたのは間違いなかったと言わざるを得ない」


 口々に褒めそやされて、ジンは照れくさくなって頬を搔く。だが彼等の言葉は大袈裟でも何でも無かった。


 この二年で帝国内部での勢力図が大きく変わったことを、ジンは勿論、アリシナやハネット、カロルでさえも理解をしていたのだ。


 帝国の内部では、今も皇位継承を元にした権力の取り合いが続いている。そんな中でジンを見いだしたキャトリンに対する評価が上向きになっているのは紛れもない事実だ。


 元々、幼い頃から自らの有能さをひた隠しにしていたキャトリン。しかし、ジンを率いての戦争での勝利が積み重なり、多くの権力者が彼女の取り巻きになり始めた今では、彼女は徐々にその有能さの片鱗を見せるようになっていた。


 そして、その気運に乗って第一皇子に暗殺されたと思われていた第一皇女に組みしていた勢力や、第一皇子に対して見切りをつけた幾つかの有力な貴族がキャトリンに組みするようになっていたのだ。


「ジン、いつまで私を待たせるつもりだ」


 三人と話している中、資料室に澄んだ声が響く。そして、銀色の髪を揺らして四人の前に現われたのは、ちょうど話題にしていた第三皇女・キャトリン本人だった。


「まったく……。次の軍議で使う資料が必要だと言うから時間を与えてやったというのに、いつまでも私を待たせるとは……」


 見るからに不機嫌そうなキャトリン。慌てたのはジン以外の三人だ。


「皇女……、キャトリン様!」

「バ、バカ! カロルっ、膝をつきなさい!」


 立ったままだったジンとは対照的に、皇女の登場に膝をつく三人。彼等の反応は何も間違っていない。だが、当のキャトリンはそんな三人を前に訝しむかのような表情を浮かべていた。


「ジン、こいつらは誰だ? 軍では見ない顔だが」

「えっと……。この三人は士官学校で出遭った三人で……。俺が学校に通っている間に、色々とお世話になっていたんです。今回、士官学校を卒業して正式に帝国軍に所属することになったそうで……」

「ああ、なるほど。士官学校での友人といったところか」


 合点がいったとばかりに手を打つキャトリン。そして三人にそれぞれ視線を送ると、未だに頭を垂れている彼等に「楽にしろ」と声を掛ける。


「えっと……ですが……」

「皇女様を前にそう言う訳には……」


 そんな彼女の言葉に当惑したような表情を浮かべるアリシナ達。しかし、二度は言わないとばかりにキャトリンが三人の前に立てば、三人ももうそれ以上は膝をついては居られなかった。


「大丈夫だよ。キャトリン様は元々、そういうのが嫌いな方なんだ」

「そ、そうなの?」

「だが皇女様に対して無礼では……?」

「さすがに俺でも礼節くらいは気を使うぞ」


 ジンが気にする必要は無いと三人に告げ、キャトリンに三人を紹介する。カロル達三人は無礼では無いかとしきりに気にしてたが、しかしキャトリンは本当に気にした様子もない。


 それどころかジンが信頼する彼等を好意的な視線さえ送っていた。


「ふむ……、どうやらジンの才能を利用しようと集まった烏合の衆では無いようだな。ジンの言う通り、私に対しては公の場を除いて、通常の皇族に対するような礼節を気にする必要は無い」

「いや、しかし……」

「必要無いと言っているのだ。膝をつき頭を垂れていても、胸の内で私を侮っている手合いなどいくらでもいたからな。それよりも私を認めるのであれば、素直に言葉を交わす者を私は信じる。ジンのようにな」

「わっ……!」


 言いながら腕を引かれ、ジンと腕を組むキャトリン。彼女の大胆な行動にジンは頬を赤らめ、三人も驚きで目を丸くしてはいたが、当のキャトリンはジンを手放すつもりは無いようだった。


「さて、それよりもジン。そろそろ軍議の時間だ。もう少し三人と言葉を交わしたいという気持ちも分からないでは無いが、お前がいなければ軍議を始められない。ここからは私に付いて来て貰おうか」

「わ、わかりました。分かりましたから……、その腕を……」


 腕に感じる二つの膨らみに、ジンはなんとか腕を振り払おうとする。しかし、結局は振り払うこともできず、半ば引きずられるようにして連れて行かれるジン。


「あれが第三皇女、キャトリン様か……。豪快な姫さんだったな」

「ジン君が簡単に手玉に取られていたわよね」

「まぁ……、軍師って言っても、中身は完全に子供だからな」


 連れて行かれるジンを見送りながら言葉を交わす三人。


 そんな中、アリシナが気になったのはキャトリンがジンに向ける眼差しの意味。


 公の立場では周囲に対して冷たい視線を送るとすら表されている彼女。だがジンに対してキャトリンが向ける視線は決して冷たいものでは無く、何らかの感情を持っているかのようだった。

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