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回想3:初めての軍議と初めての戦争

帝都から南方に広がる荒野を平定したヘルテラ帝国は、その年には海へと続く帝国領南部を完全に平定し、大陸を縦断するように領土の拡大を広げていた。


 東の教国や北の王国との戦いを繰り返す中、そんな中で帝国が目指したのは西の地だったことは当然だ。


 長く続く王国との睨み合いに対して、より大きな領土を得る必要がある。だが、国内でも広まっている太陽神の信仰の基盤となっている東の教国とは争うこともできず、肥沃な農業地帯を持つ西方の幾つかの小国を併合することは、合理的な判断だった。


 そしてジンはその西への侵略戦争の軍議に、第三皇女のキャトリンの供として出席することを許されていた。


 と言っても、まだ士官学校の学生であるジン、それもまだ10歳の彼に対する軍議に参加している各小隊長や中隊長の目は冷やかだ。重苦しい空気の中、こんな子供に何が出来るのか、という視線の刃がジンに向けられているのは明白だった。


「それで? 今回の作戦はどのように?」

「はい。今回は、敵本陣がなだらかな丘陵地帯の上に敷かれています。とは言っても、数はおおよそで二千程。数で勝る我が国の敵ではありません」


 キャトリンの問いかけに対して応えたのは、今回の戦争を任されている隊長の一人。四つの中隊からなる大隊を率いる将の一人だった。


「なるほど。力押しでどうとでもなる、ということだな」

「はい。我が国には優秀な騎兵に加えて、魔法耐性のある竜騎も揃っています。竜騎を先頭に敵本陣への突貫を仕掛けて総崩れにさせれば、必ずや我が国が優位を得ることが出来るでしょう」


 ヘルテラ帝国がこの日率いてきたのは敵二千に対して、倍に近い四千弱。丘陵地帯の上部を抑えられている為、地の利は敵に抑えられているが、それでも今回の勝負で負けは無いと言うのが、軍議に参加している将の総意だ。


(でも、本当にそれだけなのかな……)


 ジンは丘陵地帯に置かれた敵本体の駒と帝国の本体を示す駒を見て、周囲の地形情報から考えを巡らせる。しかし、彼自身はまだ自分の意見を言う時では無いとも考えていた。


 おそらくはキャトリンが彼を一時士官学校から連れ出したのは、実際の戦場の空気になれさせるのが目的なのだろうとジン自身は考えていた。だが、どうやらキャトリンは違ったらしい――、


「ジン、お前はどうだ? お前も敵本体への正面突破を採用するべきだと思うか?」


 他の将の意見を聞いた上で、ジンに意見を求めるキャトリン。軍議の空気が凍り付き、参加していた将の視線がジンへと集まる。


「ぼ、僕……ですか?」

「ああ、思うところがあるのなら言ってみろ」


 キャトリンの言葉に戸惑いの表情を浮かべるジン。


 そんな彼に対して天幕の中の将達が口元を緩めたことにジンは気付いている。おそらくはジンが碌な意見も言えないと彼等は予想していたのだろう。だがジンは、この地の利の不利を見過ごすべきでは無いとも考えていた。


「ぼ、僕……、いえ、俺は竜騎による突貫には反対です」

「ほぅ……」


 彼の言葉に俄にザワつく軍議の場。キャトリンに対して本作戦を提案した将達が彼の言葉を鼻で笑う。


「どうしてそう思う?」


 しかしキャトリンだけは違う。キャトリンはただ一人だけ、探るような視線でジンの言葉を待っていた。


「この土地は俺達にとっては初めての土地になります。なだらかな丘陵地帯で上方を抑えられている為、本来なら一点突破で敵本陣を叩くのが定石なのかもしれません。しかし、相手側がこちらの竜騎による突破を予想していないでしょうか?」


 丘の上に敷かれた時。これ見よがしに続く突破口とも言える一つの道。それがジンにとっては誘っている様にしか見えなかったのだ。


「相手が我々に罠を仕掛けていると? しかし、それがどれ程の被害を生むでしょう。精々が竜騎数体の足を止めるがやっと。我が国の竜騎の勇猛さを君はまだ知らないようですね」


 ジンの言葉を嘲笑うように、突貫作戦を提案した将が言えば、軍議の場で僅かに広がる失笑。しかし、ジンにはその程度での被害で済むようにはとても思えなかった。


「待ってください! もしも、この丘の上に竜騎の突貫を防ぐ為の防壁が敷かれていたとしたら? 丘を登る竜騎を待ち構えるように、丘の左右から敵兵が挟撃を仕掛けてきたとしたら? こちらの斥候が戦力を見誤ってる可能性はあり得ませんか?」

「くどいな。そもそも君は一学生だろう? そんな君の意見でどうして軍の作戦行動が変えられると思っているんだ。帝国の戦争とは、相手の奸計すらも叩き潰してこその戦だ」


 ジンの言葉に耳を貸そうとしない将達。


 結局、ジンの言葉は彼等に聞き入れられることは無く、明朝からの突貫作戦が実行されることになった。しかし――、


「ジン、お前は少し残れ」


 軍議が終わった後で呼び止められるジン。そして彼はその後数時間に渡って、軍議の続きを彼女に求められたのだ。



 ………………。



 翌朝、丘陵を前に竜に乗った竜騎達が一列に並ぶ。どの竜も帝国が手塩に育てた軍に所属する竜で有り、その竜の背に乗る兵士達も選りすぐるに衛兵達だ。


「全軍、進め!」


 そして戦場に響く銅鑼の音と供に、竜騎達が丘の上の敵本体に向かって突貫をしていく。本来なら、丘陵をすぐに登り切り帝国竜騎兵は敵の本陣を強襲。


 そして、総崩れになった所を竜騎から遅れた騎兵や歩兵によって蹂躙することが将達の考えた作戦行動だった。だが、やはり彼等の考えが甘かったと言わざるを得ない。


 竜騎が走り始めて丘の中腹へとさしかかった時だった。竜の叫び声が丘からは響いていた。そして将達が目にしたのは突貫した竜騎兵が宙に跳ね飛ばされる姿だった。


「ば、馬鹿な!」


 将の一人が顔を赤くしてテーブルを叩く。しかし、被害状況は深刻。開けたように見える丘の中腹には自立式の炎の魔石を使った地雷が仕掛けられていたのだろう。


 勇猛を誇る竜達の足が止まり、更に丘の上から足の止まった竜に乗る竜騎達に向かって雨のように魔法が撃たれたのだ。


「なるほど。どうやら突貫作戦は失敗に終わったらしい。それで? 将軍はこの後どうするつもりだ?」


 多くの損害を出した突貫作戦の提案者に訊ねるキャトリン。しかし、彼から帰ってくる答えは、即時の撤退しか無かった。


「既に我が軍には多大なる被害が出ています。ここは前線を下げて後退するべきです」

「騎竜隊に後退の指示を出しましょう」

「……なるほどな」


 それぞれの将達の進言に口元を緩めるキャトリン。そして将達が後退を始めようとする中でキャトリンは自陣を出ると声高に宣言した。


「騎兵隊、前進せよ。間も無く敵は総崩れとなる。この機を逃すな!」


 キャトリンの指示に耳を疑う帝国兵士達。騎竜隊は既に退却を始めていて、続々と丘陵を降りてくる。そして、追撃をしようと敵本陣からは敵兵が多数現われ始めている。


 帝国騎兵と言えど、この局面で前進をすることは自殺行為に他ならない。だが――、


「お、おい……、アレを見ろ!」


 俄にザワつく戦場。一人の兵士が敗走する敵兵を見れば、その前衛部隊から人が転がり落ちていく。そして、彼等の歩む先には陽光に煌めくような氷が張り巡らされていた。


「こ、これはいったい……」

「敵が崩れるぞ。騎竜隊は氷の魔石を使用しながら下がれ、騎兵隊は前進し、騎竜隊の敗走を援護しろ。同時に丘で滑っている敵兵に矢の雨をくれてやれ」


 キャトリンの指示で軍が動き始める。騎竜隊は敗走をしながら、乗っていた騎兵達が氷の魔石を丘陵へと撒いていく。そして氷の魔石によって広がった氷が、敵兵の追撃の枷となっていた。


「こ、このような策を用意していられたのですか!」

「勘違いするな、これは私の策では無い。それに、策はこれで終わりだと思うか? アイツは、ちゃんと私の要望に応えてくれたよ」


 将達がキャトリンに問いかける中、敵本陣から火の手が上がる。丘陵に広がっていた氷の罠に気が付き戻ろうとする敵兵達。しかし、彼等が戻ろうとしていた本陣には既に火の手が広がっていて、彼等は戻る事もできずに追い込まれていく。


 目の前の戦局に言葉を失う将達。そして、敵の本陣の中からは、数十人の兵士を連れた伏兵の小隊長が指揮を執り、戻ろうとしていた兵士に向かって矢を降らせ始めていた。

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