屋敷での騒動から一夜が明け、教会に宿泊をしたジンとミラの二人はカロルとハネットによってアンゴラの屋敷に呼び出され、その一室で今回の騒動についての事情聴取を受けることとなった。
そこで話をしたのは、この町でのクロが起こした一連の騒動。
あくまでも不可抗力として話すことになったのだが、しかしカロルはやはり渋い顔をしていた。
「まったく……、お前の行く先々で起こる騒動に巻き込まれるとは、いよいよ俺もついていないが、今回の騒動はその中でも最悪に近い」
「あの領主についてしたことがか?」
「ああ、そうだ。今回の件に関しては俺個人としては良くやってくれたと諸手を挙げて歓迎したいところだが、今後の事を考えると俺としてはどうしたものかと悩まされる」
カロルの話によると、今回の一件はアンゴラ個人を失脚させてこと自体は町の人々にとっては問題が無いらしいが、アンゴラの後ろ盾となっていた帝国貴族の一人に対しての影響の方が問題があるらしい。
「このイメダ領の現状については、帝国内部でも問題にはなっていたんだ。だが、イメダ領領主の背後には帝国でも有数の影響力を持つ貴族が後ろ盾となっている。
その為、軍であってもこの土地に関しては不可侵を貫くしか無かったんだ。それをまさか……一行商人が騒動の中心になって町全体を巻き込んでしまうとは……」
「今回の件は不可抗力だ。俺だってまさか、こんな事になるとは読んでいなかった。そもそも全部、領主の横暴が招いたことで――、」
「そんなことは分かってる!」
反論しようとするジンに対してカロルは嘆息する。
確かにジンやミラは今回の騒動に関しては直接的に行動した訳では無い。直接行動したのはクロや子供達、そしてついに武器を手にした領地の人々だ。
しかし、ハネットは二人が全くの無関係だとは思っていないようだった。
「少なくても、町の人々にとってみれば、フォルン家令嬢のミラ=フォルンが悪徳貴族を粛正したという見方が大勢を占めることになるだろう。
事実として言うが、領民からもミラ=フォルンにこの領地の領主となって欲しいという声も上がり始めている」
「無理に決まってるでしょ。私はあくまでも、フォルン家の流通の為にジンと一緒に旅をしているだけなんだから」
ミラが了承しないことは織り込み済みだったのだろう。ハネットは「だよなぁ」と呟くと肩を竦めてみせる。
「どっちにしろ、この領地に関してアンゴラをもう領主として擁立することは難しい。ならば帝都からそれなりの領主を呼ぶしか無い。だが、一度は反乱まがいの騒動のあった領地に、領主として着いてくれる人材がどれだけいるか……」
ハネットとしては今後の領地の処遇について頭を悩ませているらしい。どちらにしても今現在、この領地でできることは無いらしい。
とにもかくにも、早急に今回の件について帝都での報告と、今後の方針について対策をする必要があるとのことだった。
「俺としては、今回の騒動の渦中にあったジンとミラさんには帝都に同行をして欲しいところだが」
「それは断わる。俺は一度、帝国軍と関係を絶っているんだ。お前達三人が帝国軍に俺を連れ戻すために来てくれたことはわかっているが、こればっかりは俺にも譲れない。俺にはクロのことが最優先だからな」
ジンの意志は頑なだ。
とは言え、ハネットやカロルが本気で連れて行くつもりなら、力尽くでジンを帝都に連れて行くことも可能だっただろう。
だが、それよりも今最優先になるのは、現イメダ領をできる限り早く通常の状態に戻すこと。アンゴラを帝都に連行する必要があり、ジンとミラまでも強行に連れ帰ろうとすれば、おそらくは町の人々はまた立ち上がるだろう。
今度はミラを返せ――、と。
そんな事態になればどれだけの遅れが出ることになるかもわからなかった。
「とりあえずはここまでの事情は分かったから、この後は好きにしろ。但し、黙っては居なくなるなよ?
皇女様に俺達に与えられた任務はあくまでもお前を連れ帰ることなんだ。イメダ領が放っておけないのは確かだが、追いついておいて逃げられましたなんて報告はしたくない」
「まぁ……それについては心配ない。クロももう少しは休ませるようにアリシナに言われているからな」
言いながら退室が許可されてジンとミラの二人が部屋を出れば、そこには頭に包帯を巻いたクロと彼女の看病をしていたアリシナがいた。
「兄様、お帰りなさい! もうじじょーちょーしゅは終わったの?」
「ああ、多少もめたけどな」
言いながらクロの髪をクシャリと撫でるジン。撫でられたクロは少し恥ずかしそうに、しかし嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「ふ~ん……、ジン君、本当にその黒竜の子の面倒を見ているのね。まるで本当のお兄さんみたいね」
そんな二人の様子を見てポツリと呟くアリシナ。ジンはそんな彼女の言葉に苦笑を浮かべるしか無かった。
「アリシナには世話になったな。クロはもう大丈夫なのか?」
「ええ、もう大丈夫よ。身体の方の傷は完全に治ってる。でも、結構血を流していたみたいだから、今日明日くらいは安静にしておいて欲しいかな。竜化もできるだけしない方が良いわ」
「……そうか」
クロの状態に安堵をしながら、僅かに表情を曇らせるジン。しかし、目聡いアリシナはそんなジンの変化を見逃さなかった。
「ジン君。もしも今、クロちゃんが竜化しても大丈夫だって言っていたら、早々に逃げるつもりだったでしょ? そうはいかないんだからね」
「いや……、逃げるって訳じゃないが」
「嘘ついても駄目よ。ジン君の手口はよーく知っているんだから」
言いながら腕を組んでジンにジト目を向けるアリシナ、
一方でそんな様子を見ていたミラは若干の疎外感を感じ、クロはクロで少し不安そうな表情を浮かべていた。
「ジン、改めて紹介をして欲しいんだけど?」
「あぁ、すまない。彼女はアリシナ、軍の士官学校時代の同期で、精霊魔法や回復魔法を得意にしている魔法使いなんだ」
ジンに紹介されてミラに向かって手を伸ばすアリシナ。ミラも憮然とした表情で彼女と握手を交わした。
「ミラ=フォルンよ。よろしく」
「ええ。ジン君の今の雇い主なんだっけ? よろしく」
何だか剣呑な雰囲気を醸し出している二人。初対面の筈なのに、互いに馬が合わないだろうとでも思っていそうだった。
「それでこっちがクロだ」
これ以上はいたたまれなくてジンが話題を逸らそうとクロを紹介する。だがそこでアリシナはハタと手を叩いた。
「そうそう。実はね、ジン君。クロちゃんなんだけど、実は初対面じゃ無かったの。イメダ領に続く旧街道の前に宿場町があったでしょ。私、そこで偶々会ったことがあったのよ」
「そうなのか?」
アリシナの言葉にコクリと頷きを返すクロ。
聞けば宿場町でのクロが出かけて迷子になった時、精霊魔法で助けてくれた事があったそうだ。
「お姉さんはとってもいい人だったよ。クロ、とっても困っていたけど、魔法で助けてくれたの」
にこやかな笑みを浮かべるクロ。アリシナもクロに対して思うところは無いのだろう。まだクロが幼いということもあって、小さな子供に接するようにクロに向きあっていた。
「ところでジン君、教会のシスターさんと子供達が聞きたいことがあるってさっきまで待っていたんだけど……」
「俺達に?」
「ええ、クロちゃんの事を心配している子もいたから顔を見せてきた方が良いんじゃ無い?」
「そうだな。今回のことでは色々と注意することもあるし……。行こうか、ミラ」
ジンが自然にミラに声を掛ける。しかし、そんなジンに待ったを掛けたのはアリシナだった。
「ごめんね、ジン君。ミラさんには個人的に話したいこともあるから、少しだけ時間を貰っても良いかな?」
「俺は構わないが……」
アリシナの申し出にミラは表情を変えない。
正直、ミラとアリシナを二人っきりにする事にジンは危うさを感じてた。それでもミラが「わかったわ」と申し出に応じれば、もうジンから言えることは何も無い。
二人を残してジンはクロと共に部屋を後にしたのだった。