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第15話:アンゴラの破滅

 ミラは屋敷の周囲の光景を見て、唖然としていた。


(これってたぶん私が原因よね……)


 ミラが屋敷に辿り着いてから程なくして、馬に乗ってきた町の男性達が屋敷に攻め込んできたのがつい先程のこと。そして今、馬に乗れなかった男性や女性、果ては子供や老人までもが武器を手にアンゴラの屋敷を包囲するように集まっていたのだ。


「ったく……、これはどっちが原因だ? ほとんど暴動みたいな状況じゃねぇか」

「できれば聞かないで」

「ってことはアンタか。反乱の扇動なんて事にならないと良いな」


 武器を手にした町の人々を前にして、乾いた笑い声を上げるカロル。


 彼とハネットによってアンゴラの私兵の殆どは無力化され、残されていた残存兵についても屋敷の周囲を取り囲む町中の人々を見て、さすがに敵わないと悟ったのだろう。

 次々と武器をおいて投降をしていた。


「ミラさん!」


 不意に名前を呼ばれて町の人々へ視線を向けるミラ。見れば、町の人々の中から木剣を持ったレインが出てきて、ミラに駆け寄ってきた。


「レインちゃん? これはいったい……」

「町の人達がね、全員で領主を倒そうって立ち上がってくれたの。全部ミラさんが町の人達を怒ってくれたおかげだよ!」


 口元に笑みを浮かべながらミラに報告するレイン。そんな彼女の言葉を聞いて、ミラはそっと視線を逸らす。そんなミラを見て、カロルは「扇動役は決定だな」と大きく溜息を吐いていた。


 屋敷の敷地内を逃げ回っていた子供達もレインが来たことに気付いて集まり始め、再会を喜び合う子供達。


 現在の状況は混迷を極めていたが、何とかなるだろうと思っていた。


 そんな中、ついに領主が屋敷の中からハネットによって連れてこられる。そんな彼の後ろには女中とオリバーが続いていて、次いで屋敷に来る時に着ていた服装に着替えたライカが続けて出ていた。


「領主が出てきたぞ!」


 領主の姿をみた町の人々が声を上げ、今にも襲い掛りそうな程の士気を見せる。町の人々が辛うじて堪えているのは、帝国軍の兵士であるカロルとハネット、そしてアリシナの三人がいるからだろう。


 一度は昏倒させられたアンゴラは既に目を覚ましており、屋敷を包囲している町の人々を見て表情を引きつらせている。しかし、カロルやハネットを見て、彼はこれを好機と捉えたのだろう。


「帝国軍の兵士様、これは町の領民の反乱でございます。帝国領・領主である私に剣を向ける行為は、帝国への反乱と同義。どうか帝国軍の力を持って反乱を鎮圧させてください」


 彼の言葉に町の人々に走る動揺。しかし、そんな彼の言葉を否定するように先頭に立ったのはミラだった。


「確かにこれは反乱よ。でもこれは町の領主の圧政に対してのものであり、帝国に対しての害意は無いわ。何より、私達は町の領主が不正を働いている証拠を手に入れたの」

「ミラさん? 何故あなたが町の奴らと?」


 ミラの姿に驚愕で目を見開くアンゴラ。しかし、ミラは彼に対して蔑んだ視線を向けると、屋敷の女中から預かっていた資料をカロルに渡した。


「これは町の土地の所有名義よ。この町の戦争前の領地名義が、戦後の名義で何カ所か換わっているところが有るでしょ? その土地の元々の所有者は戦争で亡くなった人達で、本来なら今現在孤児院にいる子供達に相続の権利がある筈。それを領主が不正に土地を取り上げて、自分の商売を行う為の足がかりにしたのよ」

「ふむ……」

「ちょっと見せて貰ってもいいですか?」


 今ひとつミラの言葉にピンときていないカロルに代わって、ハネットが資料を見る。


「なるほど。確かに彼女が言っていることは本当のことのようだ。もしも領主、アンゴラ=イメダが不正に領民の土地を取り上げていたと言うことになれば、これは帝国法の違反になる。

 土地の所有権は、今回の騒動に関わった孤児院の子供達のものだ。もっとも、この資料が本物なら……と言う話だが」


 資料の真偽を確かめるためにハネットがアンゴラを見る。しかし彼は悲壮な表情で訴えた。


「そのようなものは知りません。おそらくは私の成功を妬んだものによる偽の資料でしょう。そもそも、この領地の資料をどうして部外者である彼女が持っているのでしょう?」


 ミラに対する信頼を貶めるように語るアンゴラ。しかし、そんな彼の言葉を否定したのは彼の使用人であった一人の女中だった。


「その資料は間違いなく、この屋敷の資料室に補完していたものに違いありません。領主・アンゴラの不正を曝くために、私が彼女にお渡しいたしました。屋敷の資料室へと行けば、同じ書式の資料がいくつも補完されています。その資料が確かにイメダ領の正式な資料であると証明ができるでしょう」

「き、貴様ぁ!」


 女中に対しての怒りの視線を向けるアンゴラ。しかし彼女は凜とした表情で彼を睨み返していた。


「領主の不正はそれだけじゃ無いわ。現在の領内の税率や、その税金を領民が払えなかった時の措置は、町の人々がいくらでも語ってくれるわ」

「具体的には?」

「税金を払えなかった領民に対しての売春の強要。町の中には既に婚姻関係を結んでいる人であっても、使用人という名目でこのお屋敷に囲われている人もいるわ」

「なるほど。それで彼女が……」


 ハネットが屋敷の中から救出されたライカを見て納得する。そしてアリシナの領主に向ける視線が冷たいものになり、同時にミラの発言を肯定するように屋敷を囲んでいた人々からの声が上がった。


「この状況を見れば町の人達が領主に対して反抗心を持つことは当然でしょう? それでも帝国はこの領主の肩を持つつもり?」


 ミラの言葉にハネットは思案する。しかし、彼は一つ溜息をつくとミラ達に宣言した。


「帝国軍人としての意見を言わせて貰うとするなら、ここに居る町の人々の行為は、明確な帝国治世への反乱行為には違いない。もしもこれが公式的な軍の作戦行動であったなら、ここにいる者やこの騒動の先導役になった貴女への処罰は免れない」


 その言葉に町の人々に広がるどよめき。一方でアンゴラはその言葉に喜悦の表情を浮かべていた。


「見ろ! これが権威だ! 権力だ! お前達が何人集まったところで、平民が領主である俺に逆らうことなど許されて良いはずが無い! 粛正されるべきはお前達だ!」


 ハネットの言葉にミラが反論をしようとする。しかし、アンゴラに対して憤りを覚えていたのはどうやら町の人々だけでは無かったらしい。


「と言っても、今の私達は帝国軍人では無く、一人の友人を連れ戻すためにこの町に訪れただけに過ぎない。今回の騒動の鎮圧は軍人としての義務感があったから手を出させて貰ったが、心情的には町の人々に同調せざるを得ない」

「なっ……」


 ハネットの言葉に絶句するアンゴラ。その上で彼はアンゴラに対して宣言した。


「この場に居る私達はこの件に関しては、あくまでも中立として、この領主の無能さを帝都に報告はさせて貰う。おそらくはこの領主には不正を働いたとして相応の罰則が与えられ、領主としての任を解かれるだろう」


 絶望の表情を浮かべるアンゴラ。そしてハネットは続けて町の人々にたいして語り掛けた。


「領主に対して直接手を下したいという気持ちは分かる。だが、法治国家において私刑などと言うことは容認できない。この場はどうか、この処罰で武器をおさめてはくれないだろうか?」


 彼の言葉に町の人々が頷きを返し、徐々に下ろされていく武器。


 そして屋敷の中から今まで使用人として囚われていた女性達が解放され、町の人々の元へと帰って行く。


「ジン、これを狙ってやったのか?」


 その光景を見てカロルが訊ねる。しかし、彼はその言葉に頭を振った。


「今回俺は何にもしてないよ。立ち上がったのはクロや孤児院の子供達が最初だ。子供達はシスターのライカさんを助ける為だが、屋敷の人や町の人を焚きつけたミラがいて、後はそれぞれが選択した結果だ。まぁ、騒動を起こしたクロには後で叱ってやらないとだけどな」

「……そうか」


 語るジンの横顔を見ながら頷きを返すカロル。しかし、クロやミラと同行しているジンが本当に何もしなかったのだろうか?


 二人が行動を起こした背景には――、そう考えたカロルはやはりジンをこのままにはしておけないと考えたのだった。

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