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第14話:帝国軍の助っ人

「クロ、大丈夫か!」


 竜の姿で倒れたままのクロ。そんな彼女にジンが語り掛ける。

 そしてジンに遅れてやって来たのは、ハネットと同行していたカロルとアリシナの二人だった。


「この子がクロね。酷い怪我……。ジン君、この子は人の姿に変われるのよね?」

「ああ、人化ができるが……」

「ならすぐに人の姿に。竜の姿だと魔法耐性の鱗の所為で治療が遅れる。人の姿の方が治療がしやすいわ」


 アリシナの指示で竜の姿から人の姿へ戻るクロ。竜の状態での怪我が人の姿に反映されて、クロの肌にはいくつもの切り傷が付けられていた。


 そんなクロの身体にアリシナが治癒魔法を施していけば、徐々に切り傷が塞がっていき、痛みに表情を歪めていたクロの表情が穏やかなものへと変わっていく。


「ジン、そろそろ説明をしてくれ。この騒ぎは何なんだ!」


 そんな中で二人に遅れて到着した大剣を持ったカロルが問いかける。


「ここの領主のしていることに、子供だけが反乱を起こしたんだよ。その子達の面倒を見ているシスターが領主の屋敷にいる。

 そいつらは領主が雇っている私兵だ。子供の行動に領主のとった判断は見ての通りだ」

「……なるほど」


 カロルがジロリとハネットと対峙しているゴロツキ達を睨む。彼等には既に戦闘の意思はないようだが、ハネットの弾き飛ばした彼らの得物が、彼らが何をしようとしていたのかを雄弁に物語っていた。


「もう少し詳しい話を聞きたいところだが……。とりあえずはお前らを抑えつけた方が早そうだなぁ」


 カロルが歯を見せるようにニヤリと笑う。そしてジンとアリシナがクロの手当てをする中、敷地内のアンゴラの私兵たちは次々と無力化させられていく。


「ジン!」


 そんな中で不意に名前を呼ばれてジンが振り返れば、そこには馬に乗ったミラがやって来ていた。


「ミラ、どうしてここに?」

「あんたが突っ走ったからでしょ。それよりもどうして帝国軍の兵士がこっちの味方をしているの? クロは無事?」

「あぁ、とにかく色々あってな。とりあえずクロは大丈夫だ」


 言いながらアリシナによって治療を受けているクロを指し示す。クロの傷は殆ど塞がっていて、疲れからか気を失ってはいるが安らかな寝息をたてていた。


「まったく。こっちの気も知らないで……」


 やれやれと肩を竦めてみせるミラ。


「ジン君、この人は?」


 ジンとミラが言葉を交わす中、アリシナがミラについての説明をジンに求める。その目はどこかミラを値踏みでもしているかのように険しいものだった。


「えっと……今のところは俺の雇い主のミラ=フォルンだ」

「そう。貴方がカロルの言っていた……」


 ジンの言葉にさらに表情を険しくするアリシナ。そんな態度を取られれば、ミラも良い気はしなかったのだろう。


 二人の間にパチッと火花が走ったような気がしていた。



 ………………。



 屋敷の外で私兵たちが無力化されていく中、屋敷の中に入り込んだオリバーは屋敷の中を駆けていた。


 ライカがどの部屋にいるのかはわからないが、領主の屋敷に居るのは確実。ライカを連れて帰ることが彼の目的だ。


 手にした木剣を持ったまま、勝手のわからない屋敷の中を掛けていく。そしてやがて彼がたどり着いたのは屋敷の一室。そこでは窓から外の様子を見ていたアンゴラが怒りの表情を浮かべていた。


「何故だ……、何故、帝国軍の兵士が俺の邪魔を……」


 窓を叩いて、怒りの形相で事態を見ているアンゴラ。しかし、燃えるような怒りを覚えたのはアンゴラだけではない。


 オリバーが目にしたのは、領主に与えられた衣服を身に着けたライカの姿。彼女は今、アンゴラに殴られたことによって顔を腫らし、室内の床に倒れていた。


「お前……、お前が姉ちゃんを……」

「何なんだ! どうしてお前らみたいなガキが……! 警備のバカ共は何をしている? 高い金を払って雇ってやったというのに!」


 彼は木剣を手にライカの元へと駆け寄る。


 幸い怪我自体は大したことが無かったが、ライカの姿を見れば、アンゴラが彼女に何をしようとしていたのかを察することができる。


「ちょっと待っていて……、姉ちゃん」


 あられもない姿をしているライカにベッドに敷かれていたシーツを掛けて肌を隠すと、木剣の切っ先をアンゴラへと向ける。


 オリバーの表情には怒りに燃えて、瞳には殺意に似た感情が浮かんでいた。


「お前が……、お前がぁぁっ!」

「ひいっ!」


 オリバーの振った木剣がアンゴラが今までいた場所をかすめ、窓ガラスをたたき割る。次いで無茶苦茶に剣を振り回せば、室内の豪奢な調度品が次々に壊されていく。


「誰か! 誰かいないのか!」


 アンゴラが必死に助けを呼ぶ。


 しかし、彼の私兵は今まさにカロルとハネットの二人によって無力化させられている真っ最中。誰一人として彼の元へはやってこない。


「ひいぃぃぃっ! クソ! 役立たずどもがぁぁっ!」


 アンゴラはたたらを踏むように屋敷の中を逃げ始め、その後をオリバーが木剣を持って追いかけていく。


 そんな中で窓の外を見て、アンゴラは目を疑った。


 イレギュラーがあったとは言え、アンゴラはまだどうにかなると思っていたのだ。子供達の行動に正当性は無く。領民の反乱として処罰を行う事は可能。


 帝国兵がどうして介入したのかはわからないが、騒動が収まってアンゴラが正当性を主張すれば、まだ逆転の可能性はあったからだ。


 だが、窓の外に広がる光景はアンゴラの地盤を揺るがすものだった。

 窓の外に広がる幾つもの松明。それが列を成してアンゴラの屋敷に向かってくる。その松明を持っている人々は、今までアンゴラが搾取をし続けていたイメダ領の人々に他ならなかった。


(まずいぞ……。領民全員が俺に対しての証言をすれば……)


 帝国首都から離れていることを良い事に、これまで重税を課して私腹を肥やしていたアンゴラ。


 その所業を町中の人々が訴えれば、おそらくは帝国兵士は今回の件でアンゴラの領主としての資質に対して嫌疑が掛かるのは必然だ。その上で監査官が領地に送られれば、最悪の場合はこの地を追われることになってしまう。


「あと少し……、あと少しで……貴族への道も開かれるというのに!」


 ミラのことを思い出すアンゴラだが、この状況下では助けを求めることもできないだろう。


「追い詰めたぞ、悪徳領主! 町の人達も来てくれた。もうお前はお終いだ!」


 そして彼を追っていたオリバーも窓の外に見える松明に、町の人々が自分に続いてくれたことを理解しており、降伏をしろとばかりにアンゴラに木剣の先端を向けていた。


「くっ……、くそっ!」


 アンゴラは再び必死の形相で廊下を走り抜け、やがて廊下に飾られていた剣を手に取ると、せめてもの抵抗とばかりに、オリバーに向かって刃を向ける。


「くっ……!」


 オリバーが辛うじて木剣で刃を受けるが、剣は装飾用であっても切れ味は本物だったのだろう。オリバーの木剣があっさりと二つに切られてしまう。


「死ねっ! 死ね、死ねぇぇっ!」


 武器の無くなったオリバーに対して何度も剣を振るうアンゴラ。切っ先が彼の髪を僅かに掠め、アンゴラの勢いに気圧されてオリバーが尻餅をつく。


 するとアンゴラは勝ち誇ったかのようにオリバーの脳天へと剣を振り下ろす。しかし次の瞬間――、


「ぐげぇっ!」


 鈍い音が響いたと思った瞬間に、アンゴラその場で倒れ込む。見れば、彼の後ろには調度品として飾られていた壺を叩き割るようにアンゴラの後頭部へと振り下ろした女中が立っていた。


「前々から趣味の悪い調度品だとは思っていましたが、こんな使い道もあったのですね」


 言いながら皮肉っぽく笑みを浮かべる女中。

 後頭部を壺で殴られたアンゴラは気絶をしており、オリバーはそんな彼を見て、安堵の息を漏らしていたのだった。

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