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第12話:屋敷内の探索

 クロが消えたことによってジンの取り乱し用は尋常では無かった。


「クロ! クロ!」


 残された操り人形を手に叫ぶジン。しかし、操り人形は自分で動くことも無く、元に戻る様子も見えない。


「くそっ!」


 ジンはクロの操り人形を片手に部屋を出て行こうとする。しかし、そんな彼に待ったを掛けたのは、様子を見ていたミラだった。


「ちょっと待ちなさい! どこに行くつもり」

「決まってるだろ。クロを何とか元に戻すしか無い。この霧を抜けて大きな街に行けば、解呪を使える術士のいる病院に辿り着けるかもしれない。少なくとも、今の状態で置いておくよりは――」

「馬鹿言わないで!」


 室内に響く乾いた音。見れば、ジンの頬を張ったミラが怒りの形相で彼を見ていた。


「この霧の中をクロがいないのにどうやって進むつもり? 馬なら借りられるかも知れ無いけど、ただの馬にのって濃霧の中を進むのは自殺行為よ。何より、その操り人形が本当にクロ立っていう保証は無い! もしかしたら、クロはどこかに閉じ込められていて、その人形はカモフラージュのために置かれていただけかもしれない。この屋敷を離れることはリスクでしか無いわ!」

「だ、だが……」

「ジンも本当は分かっているでしょ。それよりも今考えるべき事は、いつクロが変えられた、もしくは攫われたかという事よ」


 言いながら思考を巡らせるミラ。


 おそらくクロに何かがあったのは、ジンとミラの二人が朝食に立った直後。その時に食堂にいたのはメイドのダイアナとリックス、そしてジンとミラの四人。


 程なくして冒険者の二人と傭兵のコクが来た事は確認できている。


 その場にいなかったのはクロと同じように操り人形の置かれていた二人と、当主のシュタリット。そして古美術商の男だけだ。


 とは言え、ジンとミラの二人が合流するまで冒険者の二人とコクも個別に行動をしていたし、メイドのダイアナも常に傍にいた訳ではない。


 ずっとミラと同じ行動をとっていたのは、一緒に行動をしてくれていたジンとリックスだけ。誰もがクロを狙うことができていた。その中でも特に怪しいのは――、


 ミラの脳裏によぎったのは一人の女性の姿。昨夜、彼女が挨拶をした屋敷の主・シュタリットの存在だ。彼女だけが今もどうしているのかミラには分からなかった。


「どうしてクロが……」


 操り人形を手にポツリと呟くジン。しかし、その理由はもう明白だ。


「操られたのは冒険者三人のうちの一人、傭兵のコクさんの妹、それに私達と一緒に来ていたクロ。共通するのは誰かと一緒に来ていたという事よ。もしも連れ添いの一人が消えれば……」

「残された側はうかつな行動をとれないってことだろ。そんなことは分かっている。だが、どうしてクロを……」

「理由なんてわからないわよ。単独行動をしていたのなら、攫うことも変えることも簡単だったとしか思えないわ」

「クロじゃ無くて俺が変えられていれば……」


 ジンに悪気は無かったのだろう。しかし、ジンの言葉にミラの胸の中に込み上げてくるのは怒りの感情だった。


「いい加減にしなさい。後悔するのは勝手だけど、まだ何も致命的なことは起きていないのよ。今の状況をひっくり返すことを考えなさい。そう言うことを考えるのが、あなたの役目でしょう?」


 ジンの胸ぐらを掴むミラ。しかし、ジンの表情は未だ晴れない。戸惑いと迷いが浮かび、ジンの内面の不安が透けて見えるようだった。


(いつものジンじゃない……。クロの存在がジンには必要だったんだ。だとしても一人で残すことは……)


 もしもジンを部屋に一人で残せば、或いはミラが一人で行動をすれば、今度は自分やジンに被害が及ぶかもしれない、それだけは避けるべきだった。


 そんな中、不意に室内に響いたのはノックの音――、ややあってミラが返事を返せば扉が開かれる。そして室内の二人に声を掛けたのは、不安げな表情を浮かべていたリックスだった。


「す、すみません。大きな声が聞こえたもので……。何かありましたか?」


 室内の様子を伺う彼に、ミラはジンが胸に抱いているクロを模した操り人形を見せる。それだけでリックスは二人と一緒に居た少女がいなくなっていたことに気が付いたようだ。


「その黒い竜の人形が……」

「ええ、たぶんクロを意味しているんでしょうね。あの子は黒竜だから。獣人のシュイさんと同じように変えられたんでしょうね」

「……そうでしたか」

「それよりどうしたの。様子を見に来た訳じゃないんでしょ?」

「あ、はい。そうなんです。実はお二人に協力をお願いしたくて……」

「協力?」


 聞き返したミラに頷くリックス。そして彼が申し出たのは、屋敷の中に人形化の能力を持つアイテムや、攫われた人達を隠している空間が無いか調べるというものだった。


「現状、おそらく人が消えた原因は人形化で間違い無いと思っています。でなければ、傭兵や魔術師、黒竜の三人を何の抵抗もなく閉じ込めることは困難でしょう。だとすれば怪しいのは屋敷の関係者だと思います」

「あなた、まだそんな事を……。屋敷の人を疑っているの?」

「違います。屋敷内に、そういったアイテムを持ち込んで、隠している可能性があると言うことです」

「それは……。いえ、その可能性は……捨てきれないわね」


 もしもマジックアイテムが存在するとすれば、それを持ち続けている事は犯人が自ら証拠を持ち続けると言うことに他ならない。


「もし隠されているのなら、そのマジックアイテムさえ破壊してしまえば……。クロさんも他の二人も元に戻るかもしれません。ただ、二人以下での捜索は危険です。一緒に捜索する相手がマジックアイテムを使った可能性を考えられますから。だから傭兵のハクさんは冒険者のお二人と、僕はジンさんたち三人と三人以上のグループでの捜索をしようと思ってお声掛けに来たんです」

「なるほどな……。この状況で誰かが消えれば、一緒に探していた一人、もしくは二人が道具を使った犯人だとあぶり出せる」

「はい、そう言うことです」


 リックスの言葉にジンの目の色が変わる。そのことにミラは安堵の表情を浮かべて訊ねる。


「ジン、どうするつもり? この部屋でそのままクロかもしれない人形を抱えている? それともこの子達に協力してマジックアイテムを探すの?」

「決まっている。マジックアイテムを探す。探し出して破壊するぞ」


 ジンの旅の目的はただ一つ。自分を支えてくれていたクロの幸福だけ。そして三人はクロを元に戻すために部屋を後にする。


 万が一の損傷の可能性を考えて、クロの人形は部屋の中に残された。




 そして屋敷の中の探索を始めるジンとミラ、そしてリックスの三人。


 だが、一地方貴族とは言えど、ソーラム家の屋敷は広い。


 ジン達の泊まっている客室は全て一階に集まっているが、それだけでも八部屋が用意されていて、浴室や食堂、キッチンや応接間、それこそ屋敷に暮らしているダイアナやシュタリットの私室や礼拝室、地下室、物置きなどを含めれば、道具の一つを探すことは困難だった。


(こういう時には分担して探すのがセオリーだけど……)


 探しながらミラが二人を見る。おそらくはジンもリックスも同じ事を考えているのだろう。


 だが誰が犯行を行っているのか分からない今、バラバラになって探すのはあまりにもリスクが大きすぎるし、隣の部屋、或いは廊下を隔てて対面の部屋の捜索しか行うことができない。


 結局、一日中探していたがそれらしき道具や、いなくなった人々が監禁されているような隠し部屋は見つからない。時間だけが刻一刻と進んでいく。


「これだけ探して無いとなると……。やっぱり道具は屋敷の人しか入らないところに隠されているのでは……?」


 窓の外を見れば、まだ濃い霧が広まっている。そしてジン達の行く手にも濃い霧が広がるかのように立ちこめている。


 そして、彼等が手をこまねいている内に事態は更に悪化していく。


 夕食の時間になり、ジン達三人も屋敷内の捜索を一度止めて、食堂へと向かう。夕食の席にはメイドのダイアナと二人の冒険者、傭兵のコクとジン達三人が揃う。


 捜索をしている彼等の中に新たに消えた者は誰もいなかった。


「何だ……。あの爺さんはまだ来ていないのか?」


 食堂を見て不愉快そうに顔をしかめるコク。そんな彼の言葉に給仕の支度を終えたダイアナが訊ねる。


「こちらにもいらっしゃっていないのですか?」と――。

「どういうことだ?」

「いえ、つい先程、念の為にお呼びに伺ったのですが、返事が無かったので……。もしかして、食堂にいらっしゃるのかと思ったのですが……」

「なに……」


 その言葉に食堂に集まっていた面々に緊張が走る。


 いち早く動いたのは傭兵のコクだ。次いで冒険者の二人とジン、ミラ、リックスとコクの後へとついて行く。そしてコクが扉を乱暴にノックした。だが、やはり室内からは返事が返ってこない。


「これは……やっぱり……」


 ミラの言葉にコクが乱暴にドアを蹴り開ける。しかし、やはり室内には誰の姿も無くもぬけの殻。テーブルの上には彼が大事そうに抱えていた美術品の小包が残されてはいたが、彼の姿はどこにも無い。


 そして部屋の床には両手足を投げ出すように倒れている操り人形が転がっている。老人の姿をしたその人形は、今朝見た古美術商の老人と同じ服を着ていた。

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