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第11話:異変

 一夜明けた翌朝――、ジンが目を覚ましたのはメイドのダイアナが扉をノックした音だった。

 どうやら朝食の用意ができたらしく、彼女は各部屋を回って屋敷に訪れている人々に声を掛けているらしい。


「朝食まで用意して貰えるなんて、至れり尽くせりだな」

「……まあね」


 ジンの言葉に表情が優れないミラ。自然と何があったのかとジンが訊ねると、ミラは昨夜のうちに返礼について断わられたことを相談する。


 しかし、ジンとしては納得ができる話だ。


「ソーラム家にとって、今回の俺達への待遇は貴族としての務めっていう意味合いが大きいんだろ。ここで返礼を受け取ったら、ソーラム家の今回の働きは返礼目当てとして見られるかもしれない。そう言う意味なら、その屋敷の主人がミラの申し出を断わったことにも筋が通る」

「ジンの言っている意味はわかるけどね。私としては対価も無しに厚遇されているのが何か気持ち悪くて……」

「ミラは貴族だけど商人気質だからな」


 やれやれとジンが肩を竦めながら、未だベッドから出てこないクロを見る。しかし、どれだけ揺すってもクロは起きる気配は無かった。


「どうする?」

「前の町をでてから宿屋に泊まることもできなかったからな。ベッドで寝られるのは久しぶりだし、今日くらいはゆっくり休ませてあげたら? ダイアナさんに相談すれば、朝食をとっておいてくれるかもしれないわ」

「それもそうだな」


 安らかな寝息をたてているクロをそのままに、ジンとミラの二人は彼女を寝かせておいたままにして食堂へと向かう。


 食堂には既に旅の少年・リックスもやって来ていて、ジンとミラは彼と椅子を並べて朝食をとることになった。


 しかし、そんな中朝食の席にやって来た冒険者の二人が給仕をしていたダイアナに声を掛けていた。聞けば、剣士の二人の男と一緒にやって来ていた女性の魔法使いの姿が朝から無かったらしい。


「朝食の席に来ているのかと思ったんだが……」

「アンタ達は見なかったか?」


 二人に訊ねられて、ジン達三人は頭を振る。窓の外にはまだ濃い霧が広がっているように見えて、外に出たとは考えにくかった。


 もしも消えたのが彼女一人であれば、きっと屋敷のどこかにはいるんだろうと楽観視していただろう。しかし、直後にやって来た獣人であるコクが、妹の姿が見えないと言い始めれば、俄に食堂がザワついた。


「魔法使いのお姉さんだけじゃ無くて、傭兵のお姉さんもいなくなったんですか? それはちょっと……気になりますね」

「でも消えたのは二人だろ? 湯浴みとかしているんじゃ無いのか?」

「メイドのダイアナさんに声も掛けず? いくら厚遇されているからって、浴室を借りるなら一言声を掛けると思うけど」


 二人を心配する冒険者と傭兵は、さすがに朝食を食べる気にもなれなかったのだろう。朝食に手をつけること無く、浴場や屋敷の中庭を見に行ったようだが、やはりどこにもいなかったらしい。


「何か書き置きのようなものは無かったんですか?」


 さすがに焦ったように見える冒険者達を落ち着かせようと、訊ねたのはメイドのダイアナだ。彼女の問いかけに、二人は何かを思いなしたのか、部屋に戻るとある物を持ってきた。


「いや、そういうのは無かったんだが……、そう言えば妙な物が……」


 朝食を簡単に切り上げて、居合わせた手前でジン達三人も二人の持って来た物を目にする。そこでジンが見せられたのは奇妙なものだった。


 冒険者二人が彼等に見せたのは木で作られた人の顔の大きさ程のマリオネット。そしてその人形は、昨夜に魔法使いの女性が身に着けていた衣服にそっくりな物を着ていた。


「朝起きたら、これがベッドに置かれていてな。こんな物は荷物にも無かった筈だが気味が悪くて……」


 とても急造で作ったとは思えない精巧な操り人形。糸こそ付いていないが、操具となる糸をつければすぐにでも動かせそうだった。


「それはお二人とは関係のないものでしょう」


 人形を目にしたダイアナが無関係だと断言する。そんな彼女の態度に違和感をジンは覚えるが、しかしやはり無関係だとは考えられない。


「何だ。お前達の部屋にもそれがあったのか?」


 廊下で冒険者の二人が持って来た人形を見ていると、不意に声を掛けられる。声を掛けたのは傭兵のコクで彼が言うには、妹のシュイの寝ていたベッドの上にも同じように人形が置かれていたらしい。


「人形遊びなんて、アイツにも女らしい一面があったんだと思ったもんだが……」

「脳天気ね。その人形が二人が消えたことに関係があるかもしれないでしょ? とりあえず、それも見せて貰っても良い?」


 コクにたいしてジトッとした目を向けて言うミラ。程なくして彼が持って来たのは、一体の操り人形。ただし魔法使いの女性とは違って、彼女の髪色と同じ黒い毛並みの狼を模した人形だった。


「まさか二人がこの人形になったとか?」

「確かに人を石に変えたりする魔法もあるけど……。でも誰がするって言うの? この場にいるのは全員、魔法の覚えなんて無いでしょ?」


 ミラの言葉にその場にいたジン達が賛同する。


 ジンやミラ、冒険者の二人や傭兵のコクも、炎弾や土の弾を撃つような初級の魔法なら辛うじて使える。しかし、人一人を人形に変えるというのは上級魔法だ。


 そのような魔法は屋敷のメイドをしているダイアナも含め、この場にいる誰も使えないように思えた。


「そう言えば、あの古美術商のオヤジはどうした? あいつが人を人形にする魔法具を持っている可能性は……」

「ああ、それは充分にあり得る話だ」


 コクが思い出したもう一人の屋敷の客人。


 朝食の席にも顔を見せていない彼に疑いが掛かる。しかし、彼等の予想は徒労に終わった。


「こんな時間に無礼な……」


 彼の部屋に訪れたジン達六人。彼が今日の朝食の席にも顔を見せなかったのは、どうやら持って来た美術品の盗難を恐れてのものだったらしい。


 彼は一人部屋の中でもっていていた携帯食を食べていた。


「一応美術品も見せてはくれないか?」

「何の権利があって……」

「お前の持ち込んだ物がマジックアイテムの可能性がある。素直に見せないのならたたき切っても良いんだ。それで二人が元に戻る可能性があるからな」


 老人は納得していない様子だったが、傭兵のコクにそう凄まれては抵抗をするだけ無駄だと悟ったのだろう。昨日から大事に抱えていた小包を見せる。


 しかし木箱に収められていたそれは精巧な作りのガラス細工であり、魔法の力は微塵も感じられない。ただの美術品のようだった。


「どうやら空振りのようだな」


 コクは表情を険しくする中、鼻を鳴らしてニヤリと嗤う老人。それから彼等は追い出されるように彼の部屋から退出させられる。


「魔法の可能性は無いのか?」

「そうだな。だが、人を人形にするなんてぇのは、ただ石にするよりも余程強力な魔法だろ。魔法具を一目でも見ることができれば絶対にそれだとわかるだろう。それでもこの場にマジックアイテムも術者もいないとするなら、屋敷そのものを疑う必要がある」


 ジンの問いかけに応えたのはコクだ。しかし、その言葉に反発をしたのはミラだった。


「ソーラム家が人を人形にしてるって言うの? そんなことをしてもソーラム家には何の利益も無いじゃない。ここまで厚遇して貰っておいて、疑うなんてできないわ」


 そんな彼女に同調するようにダイアナも賛同を示す。


「お客様と言えど、当家に対して謂われの無い非難をされる覚えはありません」


 ミラとダイアナの反対にジンは勿論、リックスや冒険者の二人もこれ以上は何も言えなくなる。確かに、屋敷に招いた客人の失踪などがあっても、ソーラム家には何の利益も無い。


 屋敷から出た誰かが領内の衛兵にでも伝えに行けば、ソーラム家の信用は地に落ちて、領地の運営も立ち行かなくなるのは目に見えている。


「とりあえず部屋に戻ろう。もしかしたら俺達の考えすぎで、この人形はただの玩具。いなくなった二人がふらっと戻ってくるかもしれない」


 一度冷静になる必要があるだろう。そう考えたジンが提案する。


 実際、彼等が今できることは何も無い。仕方が無いと思い思いに彼等は自室へと戻っていく。しかし、ジンとミラが自分達に与えられた部屋に戻った時に目にした光景に、二人は屋敷を離れることが出来ないことを悟る。


 部屋の中は朝起きた時と同じように、三人が寝ていたベッド上で僅かに寝具が乱れている。しかし、そのベッドの上で寝ていたはずのクロの姿はどこにも無い。


 彼女が寝ていたはずのベッドの上には、先程みた操り人形よりは一回りは大きい、黒い竜の形をした操り人形が置かれていた。

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