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第10話:屋敷の人々

 屋敷のホールに通されたジン達三人。


 最初こそ彼等に視線が向けられていたが、ホールに集まった人々は、思い思いに仲間や居合わせた人達と会話をしている。


 集まった人々はそれぞれ雑多であり、本当にたまたま偶然居合わせた人々のようにジンには見えた。


「あの……、もしかして行商人の方ですか?」


 そんな中、ジンに一人の少年が声を掛ける。


 見た目にはこの屋敷に集まった人々の中ではクロを除けば最年少に見える、十代半ばの少年だった。


「ああ、そうだけど。君は?」

「あ……、は、初めまして。行商の旅をしています、リックスと言います。見たところ、同じ商人の方のようだったので……」


 ジンに対して屈託の無い微笑みを向けるリックス。


 栗色の短く切り揃えられた髪の少年に手を差し出されて、ジンが握手を交わせば、少年は少し恥ずかしそうに頬を搔いていた。


「いきなりすみません。でも、このお屋敷に避難をしてきたのは冒険者とか傭兵の方ばっかりで、少し心細かったんです」

「あぁ……、あの人達か」


 ジンがホールの中に視線を向ければ、ホールの奥に男二人、女一人の三人組の冒険者と、二人組の武器を持った二人の獣人が立っていた。


「あちらの冒険者の方は冒険者ギルドに所属している『白い剣戟』というCランク冒険者の方で、このあたりではちょっと名の知られている方です。獣人のお二人は存じませんが、先程挨拶をした時にコクさんと、シュイさんだと名乗られていました。兄妹で傭兵として活動をされているそうで……」


 黒い毛並みを持つ狼族なのだろう。兄のコクと妹のシュイは、それぞれにホールの人々に警戒をしているかのように背中合わせに立っていた。


「ん……、あの爺さんは?」

「ああ……あの方は僕も知らないんですが、何でも古美術商をされているとかで……」

「へぇ……」


 部屋の隅に大事そうに何かの小包を持っている老年の男性。おそらくは抱えている小包が、彼の商品なのだろう。周囲の誰も信じないとばかりに一定の距離をとっていた。


「皆様、お待たせして申し訳ありません。夕食の用意ができていますので、よろしければ食堂へどうぞ」


 リックスと話をしていると、不意に声を掛けられる。見れば、いつの間にかメイドのダイアナがやって来ており、食堂へと続く扉の前でホールにいる人々を迎えていた。


「食事? 食事まで用意してくれるのか」

「至れり尽くせりだな」

「もう……、二人ともちょっとは遠慮しなさいよ」


 ダイアナの迎えに、冒険者の三人組が食堂へと向かう。そんな彼等に続くようにジンとクロ、ミラの三人も食堂へと向かおうとすれば、リックスも自分達についてくる。


 しかし傭兵であるコクとシュイの二人。そして古美術商の男は食堂へと向かおうとはしなかった。


「コク様、シュイ様、お食事は……?」

「俺達獣人にお貴族様の食事は口に合わないからな。用意した物を食べさせて貰う」

「気を使って貰って嬉しいけど、ごめんなさいね。香草とかそう言った類いが口に合わなくて……」

「……そうでしたか。では、明日の朝食はお二人には別に何かをご用意いたします」


 食堂へと続く扉が開いただけで、二人は今日用意されている食事の匂いを敏感に感じ取っていたのだろう。さすがは嗅覚の鋭い獣人だと感心するが、古美術商の男はやっぱり誰も信頼できないらしい。


「俺の事は放っておいてくれ」

「かしこまりました、マイト様」


 せっかく声を掛けてくれたダイアナの申し出を断わっていた。


 食堂に集まった冒険者達とジン達とリックス。七人が通された食堂には香草を使った肉料理が並べられていて、それは貴族家で貴族を相手に振る舞われる料理に見える。


 本当に自分達が客人としてもてなされているように感じる。


「いただきま~す♪」


 警戒することも無く、笑顔でフォークとナイフを手に食事を食べるクロ。口の周りをソースでベタベタにしながら、「おいひぃ♪」と蕩けるような笑みを浮かべていた。


「そんなに焦らなくても……」

「だって美味しいんだもん。ねぇ、兄様、あっちのお肉も食べて良いかなぁ?」


 ほっぺたいっぱいに肉を頬張るクロの視線の先には、食堂に来なかった三人の為の食事。さすがに悪いとジンが窘めようとするが、ダイアナはクロの様子を見ていたのだろう。


「ええ、構いませんよ」


 そう言ってクロに肉料理の載った皿を回してくれていた。


「ありがとうございます」

「いえ、置いていても廃棄になりますので。どうぞお気になさらず」


 ダイアナの気遣いに感謝しつつ、しばらく食事を堪能するジン達三人。ここのところ旅での保存に適した燻製肉などが食事の中心だった為、久しぶりの豪勢な料理はミラの口にもあったらしい。


 食事を終える頃にはミラも穏やかな表情になっていた。


「皆様にはお部屋も用意しております。部屋数の都合上、それぞれ一部屋となりますので、ご了承ください」


 食事を終え、今夜は竜車で寝ようとしていたジン達三人。しかし、そんな彼等にダイアナは部屋まで用意してくれるという。


 ジンとミラ、クロは同室になるが、数日ぶりにベッドで寝られると知ってクロは喜んでいたが、ミラは申し訳なさそうな顔をしていた。


 用意されたのは、おそらく普段から来客があった際に提供されている客室なのだろう。たいして調度品は置かれていないが、通常の宿屋よりも寝心地の良さそうなベッドが置かれた部屋だった。


「ねぇ、ジン……。食事に寝室に、色々とお世話になっていて、まだ挨拶もしていないのは不味いと思うんだけど……」

「だよなぁ。せめて何かしらお礼くらいはした方が」


 寝室に到着して、言葉を交わす二人。


 クロはと言えば、肉料理の載った皿を四皿分きっちりと食べきっており、ベッドの上で今にも眠ってしまいそうな様子だった。


「こんな夜遅くに出向くのは失礼だとは思うんだけど、一度ご挨拶に行ってこようと思うわ」

「ミラが?」

「その方が良いでしょ。体裁上は、私が雇用主になるんだから」

「それはそうだが……。失礼が無いようにな」

「貴方は私をどう見ているのよ」


 ジンに対して「失礼だ」と言いながら部屋を出るミラ。


 案内された客室を出て廊下に出れば、窓から差し込む月明かりに廊下が照らされている。


 幾つか並んだ客室からでて、取り次いで貰おうとメイドのダイアナを探すことにする。しかし、ダイアナは先程の食堂やホールにはいない。


 少し屋敷内を探してみるが、やはり何処にもおらず、いつの間にかミラは屋敷内の礼拝室として使われている部屋まで辿り着いていた。


(もう遅いしね……。仕方が無い……明日取り次いで貰おうか……)


 まだ挨拶すらできていないことを気にしつつも、いきなり屋敷の主の部屋を訪れる訳にもいかないと、客室へ戻ろうとする。


「あの……、どうかされましたか?」


 しかしその時だった。先程までは誰もいなかったと思っていた礼拝室の中、不意に背後から声を掛けられて振り返れば、そこには優しげな微笑みを浮かべた女性が立っていた。


 ミラに比べれば成熟した女性として魅力的な淑女。年齢はまだ二十代前半と言ったところだろう。ミラと同じ金色の髪を持つ、おしとやかな雰囲気の女性。


 貴族令嬢としてのドレスに近い衣服に、胸元には紫色の宝石に彩られたペンダントが下げられていた。


「驚かせてしまったならごめんなさい。何かお探しですか?」

「い、いえ……、屋敷の方にご挨拶をと思って……。メイドのダイアナさんに取り次いで貰おうと思ったんですけど……」

「そうでしたか。それならちょうど良かったです」


 口元に手を当ててニコリと微笑む彼女。そのまま身に着けていたドレスの布地を摘まむと、ミラの目の前で淑女の礼をする。


「申し遅れました。私はシュタリット=ソーラムと申します」

「シュタリット……、ソーラム……」


 彼女の名前を口にして、目を丸くするミラ。間違いなくこの屋敷、ソーラム家の令嬢に間違いなかった。


「ミラ=フォルンと申します。この度はお食事や寝室など、提供してくださってありがとうございます。こちらはお礼と言っては不躾になりますが、この度の返礼としてお納めください」


 言いながら一礼をすると、用意した絹の巻物を渡そうとする。その巻物を彼女は受け取ろうとして、しかしシュタリットは受け取れないと頭を振った。


「この領地を治める伯爵家として当然の事をしたまでです。どうぞお気になさらないでください。霧の夜は魔物も屋敷の周囲に現れますから」

「で、ですが……」

「お気持ちだけ、頂戴したいと思います」


 あくまでもミラの返礼を固辞するシュタリット。ミラとしては少しの気まずさを感じながら、しかし無理に勧めることもできなかった。


「今回は貴方様がいて良かった……」


 ミラが戸惑う中、不意にシュタリットが呟いた言葉。ミラがその意味を問いかけようとする。しかし――、


「今夜はもう遅い。ミラ様もお部屋にお戻りください」


 シュタリットはこれ以上ミラと話すことは無いと、彼女へ部屋へ戻るように勧める。そう言われれば、もうミラには彼女の言葉を拒むことはできなかった。


「それでは失礼いたします」

「はい、いずれまた……」


 シュタリットに一礼を返して客室へと戻るミラ。


 しかし彼女は気付いていなかった。ミラを見送りながら、シュタリットがジッとミラの背中を見つめていたことを。そして、彼女は口元に微笑みを浮かべていた。

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