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第8話:緋色の布

 服飾店での商談の後、ジン達三人は更に三日、宿場町に滞在することになった。


 竜の素材を売った利益は服飾店での商談でも幾らか使うことになったが、それでも滞在に必要な費用は充分に手に入っている。


 滞在しているうちにも冒険者が回収してくれたヒヒイロモスの糸や繭の素材は服飾店に届けられていたし、繭や糸についての所有権をギルドに正式に認めさせていたミラは、服飾店での追加の商談に余念が無かった。


 そして全ての行程が終わったとジンが服飾店を訪れてみれば、そこには多くの緋色の絹が巻物状に置かれていた。


「ミラ様、この度は当店をご利用いただきありがとうございました」

「いえ、こちらこそお世話になりました。上質な良い布を用意していただいて助かったわ」


 人魂の正体がヒヒイロモスだと知っていたミラは、ヒヒイロモスのあまりにも多い群の数を見て、これが利益を生むために使えると、既に考えていたのだ。


 加工費用については持ち込んだ絹の一部を売ることで補填しようと考えていたが、竜の素材の費用が手に入った為、絹の大半はそのままジン達が受け取ることができた。


 竜車に乗せて大量に運んでも劣化の心配の無い大量の絹は、これから先の旅費を稼ぐ商品として充分な価値を持っている。これが最初からミラの狙いだったのだ。


「後、こちらは頼まれていた物ですが……」


 言いながら商人がジンとミラ、そしてクロに渡したのは二つの小包。それぞれが開けて見れば、クロの為にミラが発注した新しい黒い羽織が入っている。


 そしてミラもまた、小包を開けると発注した衣服に試着室で着替えた。


「なによ……、何か言いなさいよ」

「いや……、まぁ……良いんじゃないか?」


 試着室から出てきたミラを直視できずに視線を逸らすジン。


 それもその筈、先程まではいかにも貴族令嬢といった装いをしていたミラが、今回は店主の用意した普通の町娘のような衣服を身に着けて、緋色の外套を羽織っていたからだ。


 白いブラウスに膝の長さまで届く緋色のスカート。目の覚めるような赤いマント。それらの素材の一部にヒヒイロモスの糸が使われているようで、色鮮やかな装いになっていた。


「ミラ姉様、とってもよく似合ってる」

「……そ、そう。ありがとう」


 クロの褒め言葉に少し照れながらお礼を言うミラ。そんな二人の姿を微笑ましいと思っていれば、「兄様も見とれてた。姉様にメロメロだね♪」などと言い始めて、ジンはクロの口を塞ぐこととなった。


「とにかく、これで行く先々で感じる視線も少しはマシになるでしょう。もっとも、商談の時には今まで通り貴族として出向いた方が良いことも多いでしょうけどね」


 照れ隠しなのか、今まで自分が着ていた服を手荷物の中にしまい込むミラ。


 そして旅の準備を終えた三人がそれぞれ竜車に絹の巻物を積み終えると、クロがその場で竜の姿へと戻った。


「あぁ……なるほど。あの女の子が竜族だったとは驚きました」


 黒竜となったクロを見て感嘆の声を上げる店主。しかし、次に彼が言った言葉はジンが予想だにしていない言葉だった。


「そう言えば、三日程前に軍人さんが黒竜の引いた竜車を探していましたなぁ。もしかしてあなた達を探していたのでは?」


 思い出したように口にした店主の言葉に目を丸くするジン。


 彼も遅かれ早かれ帝国軍から自分を探す為に誰かが送られてくるだろうとは思っていた。しかし、その動きが速すぎたのだ。


 おそらくは誰かがジンの動きを予測して指示をしているに違いない。


 ジンが知りうる限り、自分の想像以上の速さで次の手を考えら得るのは一人しか思い出せなかった。


「ここに来た軍人はどんな奴だった?」

「あ~……、店に来たのは一人でした。長身の槍を持った兵士で……」


 その言葉にジンが思い出すのは、軍人学校や戦場で同期として一緒に過ごした一人の男。ハネットの存在だ。


 だが、ハネットも軍の中ではもう隊長を任される立場になっている筈。そう考えると、彼が聞き込みをしているあたり、少人数でジンを探すために追っていることが想像できた。


「ジン……、どうする?」

「動きが速すぎるな。こっちの思考を読まれているあたり、たぶん俺の次の行動も予想されているはずだ」


 本来ならこのまま街道沿いに大回りで西に向おうとしていたジン。だが、数日前にこの宿場町を出たのならば、この先の村や町でジンが来る可能性を考慮して、待ち構えていることも想像できた。


「兄様……、軍人サンニ会イタクナイノ?」


 竜になったクロが訊ねるが、ジンは返答に困る。本音を言えば遭いたくも無かったのだが、クロにそう言うことははばかられる。


「仕方ないわね……、それじゃあこのまま一度街道を外れましょう」


 言い淀むジンに提案したのはミラだ。


「このまままっすぐに向って、わざわざ待ち伏せしている帝国軍の誰かに出くわすよりも、街道を外れてこの先の幾つかの村を経由しながら西に向った方が良いでしょ?」

「あ、あぁ……俺はその方が助かるが……。知っていたのか?」

「何を?」

「いや……、俺が軍で働いていたこととか……」


 ジンの問いかけに頭を振るミラ。


「お父様は何かジンについて調べて知っていたみたいだけど、私は何も聞いていない。ただ、南回りのルートを選んだことや、この前の軍の中隊長さんに対しての反応で想像しただけよ」

「そうか……」


 自分の過去――、灰色の軍師と呼ばれていた事をミラはまだ知らないらしい。ミラが今日までジンと軍との関係を訊ねなかったことに、ジンは胸の中で感謝する。


「ねぇ、店長さん。街道から外れたところに、村とか無い?」

「そうですねぇ……。このあたりにあった村は戦時中にかなり被害も受けましたから……。何か軍とトラブルでも?」

「たいした問題じゃ無いわ。軍が絡むと碌な事は無いでしょう?」

「否定はできませんな。このあたりも帝国軍の侵攻にあたって、それなりに被害を受けましたから」


 腕を組み思案する店主。


 やがて彼が思い出したのは、田舎にしては珍しく教会が建てられた村が宿場町から幾らか離れた場所にあるということ。


 随分と寂れているらしいが、軍で両親を失った孤児達を囲って、孤児院のようなことをしているらしい。


「それじゃあ、一度その村を経由しましょうか」


 ミラの言葉にジンが頷きを返すと、ジンとミラが竜車に乗り込み、クロの引く竜車が走り始める。


 舗装された街道を抜け、森を駆けていく竜車。


 僅かに残った道の跡を見つけると、その道に沿って竜車は走って行く。


(これで上手く撒ければ良いんだが……)


 御者台に座るジンが手綱を握りながら思い出すのは、カロルに戻ってこいと言われたあの日のこと。


 未だジンに執着する同期達の事を思い出しながら、竜車は舗装もされていない道を走り、今となっては寂れた村へと向ったのだった。

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