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第7話:クロとすれ違いなエンカウント

 ジンとミラがギルドに向った頃、クロは一人で宿に残されていた。


 ギルドでの交渉や、その後の商談などを考えてミラがクロに留守番を頼んだのが、彼女が一人きりになった理由だ。


 しかしクロは今日もまた一人で取り残されることを納得したわけでは無い。先日の森も、今日の商談も、子供扱いされて一緒に行けなかったことを彼女は怒っていた。


(兄様も姉様も、クロのことを子供扱いする。クロだって立派にお役にたてるんだから……)


 竜としてはまだ子供なクロ。しかし、ジンのパートナーとして頼りにされたいクロとしては、何かジンが喜んでくれることをしてあげたい。


「そう言えば……兄様、この間マントを焦がしていたなぁ……」


 森から出てくる時、火の粉からミラを守る為にマントを使ったジン。彼のマントが所々焦げていたことを思い出すと、クロはこれなら役に立てるかもしれないと考える。


「兄様、クロが新しいマントを調達してくれたら喜ぶかなぁ……」


 宿場町には様々な商人や冒険者が立ち寄ることも多く、旅行客向けの商品も置いている。クロが予想した通り、もしもクロが町中に出れば、マントを見つけることも可能だろう。


「えっと……お金は確か……」


 クロがジンの置いていた紙袋を取り出すと、そこには困ったことがあったら使えば良いと渡された硬貨が数枚入っていた。


「これさえあれば……兄様のマントが買えるかも♪」


 そうと決まればもうクロは宿でジッとしていることなど考えられない。


(兄様の為に新しいマント♪ クロとお揃いの黒いマントにしようかなぁ……)


 そんな事を考えながら、こっそりと宿を抜け出して見れば、クロの瞳に映るのは何もかも目新しい宿場町の光景だった。


 幾つも並んだ似通った石造りの建物。


 フォルンとは異なり、町は街道沿いに建てられた建物だけでできているようで、町を守っているのは魔物除けの魔法が施された簡易的な柵。


 石畳で舗装された道を中心にズラリと並んだ町にクロは胸を弾ませながら歩いて行く。そのうちに並んだ商店の一つでマントが見つかって、クロは上機嫌でそれを買い取った。


「これなら兄様も喜んでくれるはず」


 真新しいマントを手に宿へと戻ろうとするクロ。同時にお腹がくぅーっと小さく鳴れば、そう言えばまだお昼ご飯を食べていないことに気が付いた。


「あ……、兄様の用意してくれたご飯……宿において来ちゃった……」


 思い出すのはジンが留守番をするクロの為に置いて行ってくれた串焼きのこと。


 クロ一人で、宿屋の食堂で食事がとれるかを心配して、わざわざ出発前に部屋に置いて行ってくれたのに、クロはその存在を忘れていた。


「えっと……、とりあえず部屋に戻ってご飯にしようかな……。せっかく兄様が買ってくれたんだし……」


 来た道を引き返して宿に戻ろうとするクロ。


 しかし、クロは来た道を振り返って固まってしまう。何故ならクロが見る視界の先には、似通った石造りの建物が幾つも並んでいたからだ。


「あれ……? クロのいた宿……どこだっけ?」


 右の並びを見て、左の並びを見て、どっちに並んでいたのかも忘れてしまって首を傾げるクロ。


 街道沿いに建てられた石造りの建物はその外観が似通っていて、クロにはどこが自分の止まった宿だったのかを判別できない。


 よくよく見れば石造りの建物には『武器屋』『料理屋』『宿』といった看板が下げられているのだが、生憎とクロは文字を読めない。


 宿を抜け出したクロは完全に迷子になってしまったのだ。


「あわわわわ……、ど、どうしよう……。ミラ姉様が戻った時にクロがいなかったら……」


 クロの脳裏によぎるのは、またここ最近見ていたミラが自分に対して怒っている光景。ミラが何に対して怒っているのか理解できないことも多かったが、とりあえずクロは怒られるのは嫌だった。


 しかも今回は怒られる理由がクロにもハッキリと理解できる。


(お留守番頼まれてたのに……。ど、どうしよう……。マントを持って帰りたいのに……)


 混乱しながらも、しかしいつまでも立ち止まってはいられない。


 クロは恐る恐る、近くの建物の扉を叩く。すると明るい声で店の女性が「いらっしゃいませ」とクロを出迎えてくれた。


「お嬢ちゃん一人だけかな?」

「……は、はい。ここは……宿ですか?」

「え?」


 クロの問いかけに出迎えてくれた女性店員が疑問符を浮かべる。店はちょっとしたカフェのようになっていて、どう見ても宿屋では無かった。


「えっと……、ここは宿じゃ無いんだけど……。泊まるところを探しているの?」

「ふぇっ? ち、違うの?」


 彼女の問いかけに答えることもできずに慌てるクロは、今にも泣き出しそうだった。


「ねぇ、もしかして君……迷子?」


 クロの様子に察した彼女が問いかける。その言葉に逡巡しながらクロが頷くと、彼女は「そっかぁ……」と困ったように苦笑した。


「お兄様がね、ミラ姉様と一緒に商談に行って……、クロがお留守番で、宿を出たら帰り道が分からなくなって……」

「あぁ……、なるほど」


 クロの辿々しい説明に納得したように手を打つ女性店員。


 それから彼女は店の外に玄を連れて行くと、街道沿いに立った幾つかの店を指さして説明する。宿場町と言うこともあって、並んでいる宿屋は一軒や二軒では無い。


 それでもクロがどっちの方向から来たのかを伝えれば、彼女はそれ程離れてはいないだろうと数件の宿屋を説明してくれた。


「ありがとうございます!」


 彼女の説明に表情を明るくしたクロがトテトテと小走りに宿へと戻っていく。一件目は店の見た目が違っていて、二件目はよく似ていたが、扉を開けて中を見れば、自分が泊まった宿では無いと肩を落とす。


 三件目、四件目とクロは次々に宿を訪れ、自分が泊まっていた宿を思い出そうとする。しかし、クロの泊まっていた宿は一向に見つからない。


(もしかして逆の道だったのかなぁ……?)


 クロが困ったように首を捻る。それでも諦めきれずに次の宿へと向おうとしたその時だった。


「君……もしかして迷子?」


 不意に声を掛けられてクロが立ち止まる。見れば、軍服を着た女性がクロを心配そうに見つめていた。


「お姉さん誰?」

「私はアリシナ。怪しいものじゃ無いよ、これでも軍人だからね」

「軍の……」

「それで、君はどうしたのかな?」


 クロは帝国軍について良くない思い出しか無い。

 きっとジンを苦しめることになると分かっていたからだ。それでも、クロは背に腹は代えられないと、彼女を頼る。


「あのね、兄様とミラ姉様と泊まった宿がどこだったのか分からなくなったの。クロ、お留守番を頼まれていたのに……」

「そっかぁ。その人達は宿にいるの?」


 アリシナの問いかけにフルフルと頭を振るクロ。すると彼女は指先を一本たてて見せる。するとその手にフワリと光る何かが降りた。


「指……、光ってる」

「うん、これは風の精霊。精霊は物知りだからね、きっとあなたのいた宿も教えてくれると思うよ」


 言いながらアリシナが「お願い」と精霊に語り掛けると、彼女の指先に降りた光りはフワリと数件先の宿に向って飛んだ。


「どうやらあの宿みたいね」

「ふわぁ……、ありがとう! 精霊使いのお姉さん」


 精霊を追いかけるように駆けていくクロ。アリシナはそんな彼女の背中を見送ると、別の宿から出て来た二人の男性を迎えた。


「どう? ジンの手がかりはあった?」

「いいや、この宿には泊まっていなかったようだ」


 アリシナに答えたのはカロル。そしてカロルの隣には同じく軍服を着たハネットも付き添っていた。


「この町に来ていたのは確かなんだがな……。黒竜の引いた竜車に乗った商人なんてそうはいないだろ? やっぱり皇女様の想像通り、西の街を避けて南の街道を通ったようだ」


 カロルが手に持ったメモを見ながら思案する。そこには西の街にジンの目撃情報が無かった場合の、次の可能性が示唆されていた。


「もう次の町に向ったとか?」

「可能性はあるな。ジンも南の街道を使ったって事は、帝国軍から誰かが探しに来る可能性を考えていたってことだ。一所には、そう長くは滞在しないだろうな」

「そうね。だったら先を急ぎましょうか。ようやく有力な目撃証言まで手に入れられたんだから」


 アリシナに促されて三人はそれぞれに宿場町を後にする。しかし、彼女達はいつの間にかジン達三人を追い越していたことに気付いていなかった。


 ちょうどその時、ジンとミラは商業ギルドで竜の素材の売買のやり取りをしていたし、クロは人の姿で元の宿に戻って来れたと安堵していたのだから……。




 服飾店での商談も終わり、ジンとミラの二人が宿に戻る。

 知らないうちにジンを追っていた三人とエンカウントしていたとも知らず、人の姿で町を出歩いたクロは疲れたのだろう。 


 食べ損ねていた串焼きを食べ、口の周りをソースで汚した状態でベッドの上でうたた寝をしている。そんな彼女の手には黒いマントが握られていて、クロがきっと自分の為に買ってきてくれたのだろうと、ジンは口元を弛ませる。


 幸せそうに眠るクロの口元を拭うと、そっと彼女の買ってくれたマントをクロを冷やさないようにかけてやったのだった。

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