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第6話:商人に適した商品

 ジンとミラの二人が商人ギルドに訪れた後、ギルド内の建物では職員が上へ下への大騒ぎとなった。それもその筈、ジンやミラがいるのは深い山岳部などでは無く、極一般的な森林の町に過ぎない。


 そんな町で竜種の亡骸が見つかるなどと言うことは、今までに経験が無かったからだ。


「ここまでの騒ぎになるとはな……」

「まぁ……、想像できた事よ」


 ややげんなりとするミラとジン。


 そんな二人に対して商人達が次から次へとやって来る。それは見つけた竜種の遺体に対しての所有権が、二人にあったからに他ならない。


 やって来る商人達は競うように竜の鱗や牙、角といった素材を売ってくれと群がっていたのだ。


「ええいっ! 散れ! 散らんか!」


 そんな中、商人をかき分けるようにやって来たのは、商人ギルドのギルドマスター。実質的にこのギルドを仕切っている商人のトップとも言える存在。


 年齢はもう六十代近いだろう。どこか疲れた表情で、二人についてくるように言うと、ミラとジンの二人は彼の執務室へと通された。


「まったく……。大騒ぎになったの。君達が持ち込んだのは、こんな田舎のギルドには手に余る問題だ」


 彼にソファーに座るように促されると、並んでソファーに腰を落とす二人。そしてギルドマスターはそんな二人に対峙するように、テーブルを挟んだ向かいに座る。


「それで……。君達が見つけたのは竜種で間違いは無いのだな?」

「ええ、これが証拠の竜の牙です。詳しい人が見れば、竜のものだと証明もしてくれるでしょう」


 ジンの言葉にギルドマスターも竜の牙を手にして確認する。おそらくは目利きもできたのだろう。確かに竜種の牙だと確認したようだった。


「わかった。竜種の遺体をいつまでも放っておけば、深刻な問題になるだろう。冒険者への依頼も既に出しているから、すぐにでも森に向わせる。しかし、ここ最近の人魂騒ぎが竜種の影響だったとは……」


 竜種の遺体が腐敗し、毒を撒き散らすようになれば、その被害は今回の比では無かっただろう。


 ヒヒイロモスの人魂騒ぎは街道を数日塞いだだけだったが、もしも竜の亡骸が腐敗していたら、街道には瘴気が満ち、商人の往来のできない死の道になっていた可能性もある。


 帝国南部から西へと続く街道が封鎖されれば、この町にとっては死活問題であり、商人ギルドだけで無く、冒険者ギルドでも遺体の解体に何人もの冒険者が既に向っていた。


「理解はしてくれたわよね。それじゃあ、さっそく商談と行きたいんだけど、いいかしら?」


 遺体の処理にギルドマスターが頭を悩ませている中、ミラが更に話を進めようとする。その様子にギルドマスターは「やはりか」と呟くと彼女へと向かい合った。


「私からの提案は三つよ。一つは今回の遺体の回収については、私達が受け取る筈だった利益から費用を捻出するわ。二つ目は費用の捻出に当たって、竜の遺体とその遺体のあった洞穴から回収されたヒヒイロモスの所有権を私達が持つことを、ギルドとして正式に認めて貰うということ。この二つは当然受け入れてくれるでしょう?」

「あぁ……、致し方あるまい。素材の所有権は発見した商人に帰属するのが一般的だし、一地方の町に竜種の遺体の回収やヒヒイロモスの駆除費用など、リターンが無ければ捻出するのは難しい」


 ギルドマスターの言葉に満足げに頷きを返すミラ。そして彼女は続けるように三つ目の条件を提示した。


「もう一つは、竜の遺体の買取りをギルドにお願いしたいわ」


 ミラの言葉に思わず耳を疑うジン。ミラからそんな提案が出るとは思わず、ギルドマスターまでもが目を丸くしていた。


「竜の素材を手放すというのか? 竜種の鱗や牙、角、肉は素材としては最高級品。ここから帝国にでも持ち込めば、相応の利益が手に入るというのに……」

「私達には過ぎた商品だもの。持っていても無駄よ」


 ギルドマスターの言う通り、竜種の素材は帝国首都にでも持ち込めば、一流の技術者が武器や防具の素材として取り扱ってくれるだろう。だが、その為には今まで来た道を引き返し、再びフォルンに戻って帝国へと向う必要がある。


 それをみすみすミラが手放すということがジンには理解できなかった。しかし、ミラは前言を撤回することは無い。


「竜種と言っても、小型の竜だし素材はそれ程多くはとれない。だとしても莫大な量だけどね。買取り金額としてはギルドに負担にならない最低金額で買い取ってくれれば良いわ。勿論、冒険者達への支払いも差し引いた差額を支払ってくれるだけで良い。買い取った後はどの商人に売るのかも一任します」

「それは……私達にとってはありがたいが……」


 ミラの提案に対して迷いを見せるギルドマスター。しかし、ギルドの長を負かされている彼もまた、優秀な商人には違いない。最終的に彼はミラの提案を呑み、ギルドの負担として竜の買取りの契約を結んだ。




 契約が終わり、おおよその利益となる金貨の詰まった革袋を受け取ると、ジンとミラはギルドを後にする。


 二人がギルドから出て行く頃に中の様子を顧みれば、竜の素材がギルドに売り渡されたことが商人達に知れ渡っていたのだろう。


 ギルドの受け付けにはさっきまでジンとミラと交渉しようとしていた商人達が殺到していて、ジンやミラに気を配る事も無かった。


「これで良かったのか? 竜の素材は相当貴重な物なんだろ?」

「これでいいのよ。私達には荷の重すぎる商品なんだから。」


 ギルドを背にジンがミラに訊ねるが、やはりミラは自分の意見を曲げるつもりは無いらしい。未だ納得をしてないジンを見て、ミラが呆れたように溜息をつく。


「それじゃあジン。逆に聞くけど、もしも竜の素材をまるごと手に入れたとして、貴方はそれをどこで売るつもりなの?」

「その辺の武器屋にでも持ち込めば売れるんじゃ無いのか? 竜の素材を使った武器や防具にでも加工してくれるし、魔石を売るよりもずっと利益は多いはずだ」

「ほら、やっぱり分かってない。だから貴方は商人としては駄目なのよ」


 小馬鹿にするようなミラの言葉にジンが表情を険しくする。


「あのね。竜の素材は確かに高級品よ。どこの武器屋だって、素材が持ち込まれれば貴重な素材だから買ってくれるかもしれない。でもね、私達がその素材を売り切るにはどれくらいの時間が掛かると思う?」


 田舎の宿場町に建てられた武器屋になど、大量の竜の素材を全て買い取るような資金力は無いだろう。ミラはそれを理解していた。


 おそらくは大半の竜の素材が売れ残り、下手をすれば今回の素材を回収するために雇った冒険者達への費用の支払いだって補填できなくなるかもしれない。


 そうしているうちに竜の素材は劣化していくし、いずれは売り物にならなくなる。その危険性を考えれば、今のジンやミラには荷の重すぎる商品でしか無かった。


「だったら、俺達と交渉しようとしていた商人達に売れば……」

「それこそ危険よ。買い手の商人達が談合でもして、買取り価格を下げ始めれば、ギルドの買取り価格以下で買い叩かれるのがオチね。相手は私達よりも経験も実績もある商人達なんだから」

「……なるほど」

「わかった? 私達には資金力と伝手が無い。だったら伝手のあるギルドに買い取って貰った方が、確実に元が取れるのよ。それにあなたがクロに竜の遺体を見せたくなかったように、私だってクロに素材になった竜を見せたくは無いわ」


 ミラらしからぬクロを気遣う言葉に言葉を失うジン。


 だがよくよく彼女を見て見れば、自分でも似合わないことを言っているのが分かっていたのだろう。僅かに頬を赤く染めていた。


「お前って……変なところで良い奴だな」

「何それ。けなしてるの?」

「褒めてるんだよ。普通に金の為なら何でもするって思ってた」

「ふんっ」


 ジンの言葉に顔を背けるミラ。しかし、彼女の耳が僅かに赤くなっていることに気が付いて、ジンはやっぱり良い奴だと苦笑するしか無かった。


「竜の素材についてはわかった。とは言え、数日滞在した以上、利益が無しって訳にはいかないんだろ? 竜の素材で得た利益で十分だけど、それならこれはとってこないよなぁ?」

「そうね。元々はそっちがメインなんだから。加工費用だけが問題だったけど、竜の素材をギルドで買い取ってくれたのはラッキーだったわね」


 言いながらジンが背負った鞄を叩く、その鞄にはぎっしりと竜のいた洞穴から回収したヒヒイロモスの繭や糸が詰められていた。


 その鞄とギルドから得た利益を元手に二人が向ったのは、それらを加工するに当たっての技術者のいる服飾店。そしてミラは服飾店の店主を見つけると、不敵な笑みを浮かべながら問いかけたのだ。


「商談があるんだけど、ちょっと話を聞いてくれないかしら?」と――。

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