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第17話:セレストの受難と商談の行方

 所変わって、フォルンの街ではセレストの指揮の下、街の唯一の出入り口である門を閉ざしてしまった土砂の山を兵士達が必死に取り除こうとしていた。


「セレスト様……、こんな状況が教国に伝われば……」

「わかっている。いつ教国が攻勢に出るか……。そうなればこの街が戦場になる可能性がある!」


 フォルン領軍の指揮官の言葉に焦りを浮かべるセレスト。そんな彼の焦りが伝わっているのか、作業は急ピッチで進んでいく。


 その上、セレストは土砂の撤去作業にまだ街の中に止まっていた帝国軍の兵士に協力を仰いだが、彼等はセレストの求めに協力をしようとしなかった。


「見つけたか?」

「いや、やはりどこにもいないらしい」

「こうなればやはり街の外に連れて行かれたと考えるしか……」


 カロルの率いる中隊に所属する小隊長達がフォルン領軍、或いはセレストの耳に届かないように密談を交わす。まさか帝国軍の中隊長が行方不明になったとは、公にできなかったからだ。


「しかし、いつまでも隠し通せる訳が無い」

「あの土砂の除去作業が終わってしまえば、進軍せざるを得ない」

「その時に中隊長がいなければ、帝国の恥をさらすことになる」


 カロルの行方不明を明るみにすることもできない彼等は、この状況でセレストの要請に応えるわけにはいかなかった。



 そしてこの状況はフォルンの屋敷に残されたクロとメイド長のアヤも屋敷の使用人達によって把握していた。


「この状況なら今日・明日は持つでしょう」

「良かったぁ。でもぉ……、念の為にもう一回穴掘って街の門を埋めてこようか? 折角置いた土が、結構取り除かれちゃったし……」


 安堵の息を漏らすアヤに対して、無邪気にクロが応える。


「そ、そうですね……。土砂の撤去作業をしているセレスト様やフォルン領軍の兵士にはお気の毒ですが……」

「うん、それじゃあもう一度行ってくるね!」


 アヤの言葉に竜の姿へと戻るクロ。


 そのまま彼女がフォルンの屋敷から領地を飛び出て街の門へ迎えば、俄に街が騒がしくなる。


 彼等が半分ほど切り崩した土砂の山に、クロが新たな土砂を重ねているのだろう。


 帝国軍とフォルン軍が協力すれば、土砂の撤去など一日もあれば終わるだろうが、ジンがカロルを連れ去ったことによって、二つの軍はそれぞれの利害から協力関係を結ぶことができなくなっている。


(ジンさんは最初からこれを見越して……?)


 今の状況も、そもそもはジンが提案した作戦の一端に過ぎない。


 危険を冒してまでカロルを連れ去ったことによって、帝国軍は正常な判断能力を失っているとしか思えなかった。



 ………………。



 一方で街の様子を知らないカロルは驚きを隠せなかった。


 ミラが最初に交易の話を持ちだした時は、まさかこの話が現実になるとは思っていなかったのだ。


 今まで小競り合いを続けていたフォルンと教国軍の交易など、相手が認める筈が無い。拒絶されて話は無かったことにされ、自分達は首をはねられるか捕虜になると想像していた。


 しかし今、哄笑のテーブルについているミラは交易を成立させる為の具体的な商談内容と条件についての話を始めていた。


「まず、私達が提示できる条件は、フォルンのこの砦への不可侵。今後、あの荒野をフォルンが管理する限り、フォルンは教国に対して危害を加えることはない。武力をもって侵攻をすることは無いと約束します。その見返りは勿論、砦からのフォルンへの不可侵です」


 ミラの言葉にしばし黙考するクロト。


 その条件は、現在の戦争寸前の状態では、必ず成立させる必要のある条件だ。だが――、とクロトはミラに問いかける。


「帝国がフォルン領に教国への侵攻を命じた時はどうするつもりだ? 皇帝の勅命があれば、フォルンとしては従わざるを得ないのではないか?」

「いいえ、その可能性は限りなく低いでしょう」


 その問いかけに応えたのはミラの傍に立つジンだ。


「そもそも帝国には宗教国家を相手にするつもりはありません」


 彼の言葉にクロトは疑問符を浮かべる。しかしこれはカルロも知っている帝国での基本的な方針の一つだった。


「帝国においても教国で信仰されている太陽神を崇拝している民は大勢居ます。それこそ、帝国軍内部にも……。フォルンが小競り合いを続けている砦との抗争程度であれば彼等も実際に行動に移す可能性は限りなく少ないでしょう。ですが、太陽神信仰までもを脅かすような、本格的な戦争に発展すれば、帝国内の各地で反乱が起こる可能性が想像できます。そうですよね、カロル?」

「あ、あぁ……」


 ジンの言葉に反射的に頷くカロル。


「そもそも、我ら帝国軍がフォルンに立ち寄ったのは、現在の国境線の情勢が不安定になっていたからだ。戦争の抑止力となるのが我らの本来の役割だった」


 帝国の小隊長だと信じられているカロルの言葉にクロトは黙考する。


「であれば、やはり領主セレストの宣言は、宣戦布告ではないのか?」

「ええ。最初からそのように言っています。セレスト=フォルンの演説は再び失った民の求心力を得たいが為。もしくは情勢の読めない馬鹿の妄言とでもとっていただければ……」


 笑顔で実の父親を貶めるような発言をするミラ。


 そんな彼女の言葉に多少は空気が和らぐ。そして、その空気の弛んだ隙をミラは見逃さない。


「両国の不可侵。これを条件にフォルン領とこちらの砦での、限定的な交易を行う事。これを認めていただければ、私達はこの砦に有益な商品を提供できる用意があります」


 言いながらミラが取り出したのはフォルンが提供できる商品のリストと、現在フォルン領内では底値の価値しかない塩の入った小瓶。それをクロトに渡して言葉を続ける。


「南方の商品の集まるフォルンから、塩や果実などが、この砦に届くことになれば、この砦の価値も高まるでしょう。そして、商人が行き来をできるように街道の整備などを行う事が出来れば……」

「教国全体に旨味のある交易となる……、ということか」


 商品のリストを手に、クロトは言葉を失う。


 フォルンが帝国領となってから、教国には南方の物資が殆ど入ってこない。入って来たとしても、フォルン以外の街を経由して輸送されてきた為、関税や人件費が嵩み、高級品になってしまっている。


 しかしフォルンとの交易が認められれば、それらは今よりも速く、安価で国内に流通することになるのは、クロトにも理解できた。


「我々にフォルンが求めるものは?」

「知っての通り、フォルンの大半の領土は荒野。火属性や土属性の魔物も多く、木材や農作物は慢性的に不足しています。それらを送っていただくことは可能ですよね?」


 答えはもう明白だ。そもそも、この草原に建てられている砦も、元はこのあたりの森を切り開いて建てられたもの。


 広大な森林を持つ教国にとって、農作物や木材を提供することは難しい話ではない。


「あぁ、あと一つ……」


 そしてミラは冗談めかして彼に提案する。


「きっとこの砦の周囲にも多くの人が国境を越える為に訪れることになるでしょう。ですから、この砦の周囲に交易での利益の一部から出資して、教会を建てるのは如何ですか?」


 その言葉にクロトは遠い未来を想像し、口元が弛むのを感じていたのだった。

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