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第15話:砦の指揮官・クロト

 教国――、正式名称・ディアガメス聖救国は太陽神を信仰する宗教国家だ。


 国家の規模としては小国とまでは言えないまでも、勢力を伸ばしているヘルテラ帝国とは比べれば、領土の大きさや経済力、特に軍事力は明らかに劣っている。


 それでもヘルテラ帝国が教国に対して強行に出ないのは、宗教国家を敵に回すことの危険性を熟知しているからだろう。


 彼等の崇める太陽神を信仰する宗教は帝国内でも各所に教会などが建てられており、帝国軍に所属している兵士の中にも信仰している者がいる程だ。


 当然、教国の国内においても大多数の国民は太陽神を信仰しており、朝日と共に祈りを捧げる姿が各地で見られる。


 しかし国自体の経済力は弱く、教会が建てられているのは信仰にあつい首都と幾つかの地方土地だけ。当然、国境に近い辺境には教会なども建てられていない。


 まして、国境の防衛戦に備えて建てられた砦ともなれば、満足に祈りを捧げる祭壇すら置かれていなかった。


 それでも、首都から派遣され、砦の指揮官として赴任したクロトは日の出と共に起床すると、日課となっている太陽神への祈りを自室で捧げ、今日の平穏を祈る。


 祈りながらも考えるのは、ここ一週間で起こったフォルン領の変化と、国境を守る砦のこと。


(フォルンに帝国軍の中隊が訪れたと聞いたが……、おそらくは先日から続いている小競り合いに合わせての牽制だろう。これでフォルンの街としての動きが悪くなれば……)


 ハッキリとした変化が現れたのは、今まで順調だったフォルンの流通に大きな問題が起きたのだ。調査の結果、それは一商人が街に持ち込んだ大量の塩が原因だった。


 クロトや砦にいる軍部の人々は、フォルンの経済力が落ちることを、たいそう喜んだものだ。


 しかし、その経済的な問題を解決する為に、教国がフォルン領内の盗賊達に秘密裏に流通させた剣が利用されたと聞いては、心中穏やかではいられなかった。


 フォルンで新たに行われた施策によって、今まで流通に頼るしか無かったフォルンの食料自給率に改善が見られ、教国としては流通の妨害の為にもう剣をバラ撒くこともできなくなってしまった。


(かつては教国の地でもありながら、ここまで教国の意に背く行動をとるとは……。所詮は辺境の地に領地を持つ貴族家といったところか……)


 クロトが思いを馳せるのは、今や帝国領となってしまったフォルンを治める領主・セレストの存在。


 帝国との直接の衝突を避け、フォルンが帝国の侵攻に対して降伏してから既に十年あまり。決定的なまでに教国とフォルンの間には深い溝ができてしまっている。


 それも全ては教国の貴族達の意向によって、フォルンや辺境の貴族領を見捨てたことに起因しているのだが、それでも教国の軍部はフォルンの賢明な領主であれば、教国と積極的に事を構えることは無いと楽観視もしていた。


「「「クロト様、おはようございます」」」


 日課を終えたクロトはいつものように砦の会議室へと赴く。


 その場にいるのは砦において防衛を任されている教国軍の各小隊長達。誰もがフォルンに中隊が派遣されたことは聞き及んでいるのだろう。


 会議室にはどこか張り詰めたような空気が広がっていた。


「さて、今回の一件についての意見を聞こうか。帝国軍の中隊についての同行について、意見のあるものは聞かせてくれ」


 クロトの言葉にテーブルを囲んでいる小隊長の何人かが手を上げる。そのうちの一人を指名すると、彼はクロトに笑みすら浮かべて答えた。


「今回の中隊の派遣など、こちらとしては対応の必用はありません。確かに中隊が派遣され事は脅威ですが、現在フォルンには帝国軍中隊をいつまでも常駐させるだけの経済力はなく、自滅の道を選んだと行っても過言では無いでしょう」


 しかし、そんな彼に対して異を唱える小隊長もいる。


「確かに先日の一件でフォルンは経済的な打撃を受けているはずだ。だが帝国が中隊を常駐させるだけの支援をしたとなればどうだ? フォルン領軍と帝国軍が合わされば、この砦に常駐している戦力では対抗することはできない。急ぎ、こちらも首都に連絡して軍備の拡大を進めるべきだ」


 軍拡の声に賛同を示す小隊長達もいる中、しかしクロトは冷静にこれ以上の軍拡は難しいことも理解していた。


 経済的な打撃を受けていたのは教国もまた同じだったからだ。


 フォルンを疲弊させる為に製造した多くの剣や、何度も送っている密偵。砦には防衛としての役目しか無く、フォルンの流通のような生産性も無い。


 軍備を拡大して本格的な戦争の火種になる事も恐れられており、教国の貴族院からは砦の軍縮さえ求められていたからだ。


「とりあえずは、しばらくは静観するべきだろう。こちらから手を出さなければ、フォルンが自発的に行動を起すことなど無い筈だ。通常よりも警備態勢を強化し、フォルンの動向を探ることに注力しよう」


 クロトの決定に数人の小隊長達が納得を示すことは無かったが、それでも会議は終わることになる。しかし、クロトはその決定が翌日には覆ることになるとは思っていなかった。



 ………………。



「申し上げます。フォルン領内にて、現フォルン領主・セレストによる事実上の宣戦布告が行われました」


 帝国軍がフォルン領軍に到着して僅か一日。今まで敵対行動を示し得てこなかったフォルン領主の決定は、砦を守っている教国軍に大きな衝撃を与えた。


「馬鹿な! フォルンがこちらに対して剣を向けるなど……。本当に戦争を起すというのか!」

「しかし街内では既に進軍の準備が始まっている模様です」


 フォルンに対して怒りすら覚えながら、クロトは再び会議室に小隊長達を招集する。


 小隊長達の動揺も大きく、会議は軍備を進めることと、砦の防衛についての布陣での話し合いをもって締められた。


(どういうことだ? なぜフォルンが? いや、今はそれよりも、この窮地をどう乗り切るかだ……)


 クロトは指揮官として今後の方針を決定しなければいけない。 と言っても、フォルンと帝国軍が攻めてくるとなれば、砦に残っている教国郡のとる道は、荒野に向かって進軍してくる兵士達を迎え撃つか、このまま砦を中心に籠城戦を仕掛けるしかない。


 何も無い荒野で直接ぶつかり合えば勝ち目は無く、このまま砦に籠もり、籠城戦をしかけるしか活路は残っていなかった。


「急ぎ、砦の守りを強化せよ。柵を組み、弓と矢の準備を備えるのだ。魔法部隊にもいつでも迎撃に出られるように準備をさせろ」


 矢継ぎ早に指示を出すクロトに従い、砦内の人々が慌ただしく動き始める。帝国軍が攻めてくるとなれば、一両日もすれば戦争になるのは明らか。


(それまでに援軍が送られてくれば良いが……)


 その望みが無い事も理解しながら、しかしクロトは祈らずにはいられなかった。



 そんな中のことだった――。


「申し上げます。帝国領から一台の馬車がやって来ます。どうやら馬車はフォルンの物らしいのですが……」


 報告に来た兵士が言葉を濁したことに怪訝な表情を浮かべるクロト。このタイミングでフォルンの馬車が着たと言うことであれば、目的はおそらく正式な宣戦布告や、降伏の意志がこちらにある事の確認だろう。


 それならばこちらとして矢を放ち、敵対の意志を示せば良い。だが事態は彼の予想とは違う方向に動いていた。


「御者台の男が言うには、馬車に乗っているのは、フォルン領の領主代理・ミラ=フォルンだと言っているんです」

「な、何を馬鹿なことを……」


 宣戦布告だと思っていたのに、実際にやって来たのはフォルン領を統治する貴族家令嬢。どう考えても異常事態だった。


「ミラ=フォルンは、この砦の責任者との面会を望んでいるようです。砦の前で兵士達に足止めをさせていますが……、如何しますか?」

「くっ……」


 ここで領主代理・ミラ=フォルンの首を刎ねることは容易いだろう。


 敵地に単身で乗り込んでくるなど、正気を疑いたくもなる。だがそんな事をすれば、帝国軍が攻め込んでくることに正当性を持たせるような行為になってしまう。


「相手は私との対話を望んでいるのだろう?」

「はい」

「ならば……、まずは話を伺うとしよう。その後の方針を決めるのはそれからだ。武装を外させた状態で応接室へと通せ」


 クロトの指示に報告に来た兵士は駆けていく。


(いったいフォルンで何が起きているんだ?)


 そしてクロトはこの状況を理解できていない中、ミラとの面会に向かうのだった。

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