「しかし驚いたぞ。まさかジンがフォルン家に仕えていたとはな!」
場所にしてフォルン家の応接間。豪快なカロルの笑い声が響く中、ジンは居心地が悪そうに表情を引きつらせている。
それもその筈、快活としているカロルとは対照的に、ミラが不機嫌そうにテーブルを挟んで対面に座っているからだ。そしてジンは、そんな二人の仲裁をするような位置に腰を下ろしていた。
市場の買い出しから戻った彼はアヤの戻りが明日になる事を伝えると、そのままクロと一緒に買ってきた食材を厨房に運んで、そのまま屋敷の仕事の続きをしようと思っていた。
しかしジンがカロルの知り合いだと知ったミラによって、顔つなぎ役として同席するようにと連行させられたのだった。
「とりあえずジン。この人のことを紹介して欲しいんだけど……」
「あ、あぁ……、すまん。コイツはカロルって言って帝国軍の小隊長をしている奴だ。当時から何でも力技や突撃で解決する奴で、脳みそまで筋肉でできているとか言われていた」
「もう少し耳障りのいい紹介はできないのか?」
「だが本当のことだろ? 俺だってお前には迷惑を掛けられた」
「それは悪いと思っているがな……。だがジン、今の説明には一部間違いがあるぞ。俺はもう小隊長では無い。現在は四小隊を預かる中隊長をしている。お前が軍を離れてから昇進したんだ」
「お前が中隊長? そ、そうか……、他にも適任はいただろうに、軍も思い切ったことを……」
「どう言う意味だ」
ジンの言葉に渋い顔をするカロル。そんな二人の会話を遮るようにミラが咳払いを一つすると、ジンはそのままミラの紹介をする。
「えっと……。この人が現フォルン家の領主代理、ミラ=フォルンだ。一応、現在の俺の雇用主になっている」
当たり障りの無い言葉でミラを紹介するジン。しかし、そんな彼の気遣いはあっさりとミラによって無駄にされる。
「初めまして、帝国軍人さん。それで、遠路はるばるこんな荒野の街にまで何の用かしら? 見ての通り、この街にはあなた達が気にする物なんて何一つ無いわ。観光なら南方の海でも向かった方が良いと思うけど?」
開口一番、ミラが口にした挑発のような皮肉にジンが表情を引きつらせる。一方でカロルは面食らったようだったが、次の瞬間には豪快な笑い声をあげていた。
「なるほど、なるほどな。ジンが仕える訳だ。面白そうなお嬢さんじゃ無いか。ジンはやっぱり強気な女の下に仕える気質があるようだ」
「余計なことは言うな。俺はもう軍とは関係無いだろ」
「そうは言うがな。この場にお前が居合わせたことは天の配剤としか言いようが無い。使える物は使うのが帝国流だ」
ジンの言葉などどこ吹く風と言った様子のカロル。そんな彼は居住まいを正すと、対面するミラに向き直った。
「さてと……、俺がここに来た用件だったな。最近になって教国の動きが活発になってきたことは気付いてるだろう、領主代理殿? 最近は国境付近での小競り合いも絶えないと聞く。俺の中隊は教国からの宣戦布告を加味した上で、牽制として送られてきたんだ」
「そう。やっぱりね……」
カロルの言葉に益々表情を険しくするミラ。カロルはそんなミラの様子を気にすること無く話を続ける。
「現在のフォルン領は南方と帝国をつなげる交易の要だ。教国からの進軍によって間違っても交易が滞るなどと言うことになれば、その損害は計り知れない。よってしばらくはフォルン領に中隊が駐留し、この地の防衛をする事になった」
言いながら皇帝からの勅令書をミラに見せるカロル。
ジンもミラから手渡されて目を通せば、確かにそこにはカロルの率いる中隊がフォルン領に駐留しろという命令と、フォルン家は軍の支援をするという内容の命令が書かれていた。
「ついては俺の中隊がこの街に滞在する間の宿の手配と兵站の手配をフォルン家には協力をしてほしい。何も無い荒野で兵士達を野宿させる訳にはいかないだろう」
「わかりました。宿については手配しましょう。でも、フォルンの宿は高いわよ? 中隊長さんにそれだけの資金が用意できるの?」
「ははっ、何を馬鹿な。俺達は街を警備する為にこんな国境沿いの街まで来ているんだぞ? 宿や兵站、それ以外の兵士への手当などはフォルン家が用意するのが妥当だろう?」
ここに至ってミラがどうして不機嫌なのかを察するジン。
カロルの中隊がどのくらいの期間駐留することになるかは分からないが、その間、街の一区画は帝国軍によって使用されることになる。
その際の費用の全てをフォルン家が用意するとなれば、フォルン家は費用を確保する為に領民から税を徴収するしか無かった。
(よりにもよって、このタイミングでか……)
領民とフォルン家の関係に理解をしたジンには、この時点で更なる税金を領民に課せばどうなるか想像もできない。フォルンを見限って領地から人が離れるだけならまだ良いだろう。
最悪の場合、領民が屋敷に攻め込んできても不思議はなかった。「
「お断わりするわ。現在、フォルン家及び、フォルン領には帝国軍中隊を駐留させるだけの財政的な余裕はありません。フォルン領を守るのであれば、現在の駐留軍とフォルン領軍だけで事足ります」
「ほぅ……」
そんな中、ミラはきっぱりとカロルの要求を斬り捨てる。これにはジンの背筋に冷や汗が走った。
「勅令書は見たのだろう? 皇帝はフォルン家に俺の中隊の支援をする事をお求めだ。皇帝の命令に逆らうことが何を意味するか理解しているのだろうな?」
「ええ、ですから宿の手配をする事は可能だと申し上げました。可能な範囲での支援は行いましょう。けれど宿泊の費用や、駐留中の兵站などの確保については支援はできないわ。皇帝ともあろう方が、地方貴族を財政破綻させて領地を失わせるような真似をするつもり? 費用が賄えないというのなら、中隊長として帝国の財務と交渉してください」
あまりにもきっぱりとした物に言いに、豪快な笑い声を響かせるカロル。それから「気に入った」と一言呟くと、彼は膝を叩いた。
「さすがはジンの見込んだ女だ。俺が中隊を引き連れてやって来ると、素直に命令に従う領主が大半なんだが、現状を鑑みて反論してくる奴はなかなかいない。俺はアンタが気に入ったよ」
「それはどうも」
カロルの言葉に素っ気なく答えるミラ。カロルは納得したようで、宿の手配だけを依頼すると、この日は大人しく引き下がってくれた。
「しかしジン、お前がここにいてくれて助かったよ。お前がいれば、もしも教国との戦争になったとしても、被害が最小限に済みそうだ」
「俺はもう戦争には関わるつもりは無い」
「そんな事を言っても無駄だ。お前は俺が認めた軍師なんだからな」
別れ際にジンに対して言葉を掛けるカロル。ジンはその言葉を胸の中で否定しながら彼を見送り、ミラは深々と溜息を吐いていた。
「このややこしい時に……、よりにもよって帝国軍まで来るなんてね。もしかしてあなた、疫病神?」
「俺のせいじゃないだろ」
「どうだか。あなた、軍とも関係があったのね。随分と信用されている見たいじゃ無い」
「もうかなり前の事だ。今は完全に関係を絶っている」
「そう。まぁ……、ここに来るまでのあなたが何をしていたかなんて、興味も無いけどね」
それ以上はジンの過去について詮索するつもりも無いミラ。憎まれ口を叩いてはいるものの、それが彼女なりの気遣いだと理解すると、ジンも口にはしないものの、胸の中で感謝を伝えていた。
「それでこれからどうするつもりなんだ? 宿の費用や兵站の心配なんかは無くなるかもしれないが、街の一区各に軍が駐留なんてことになれば、流通には少なからず影響がでるのは間違いない。戦争が近いと判断すれば、街に商人が寄りつかなくなるだろ?」
「それはそうなのよね。街から離れる人も出るかもしれないし……。今以上に街との関係が悪化すれば、明日にも反乱が起きるかも知れ無いわ」
頭が痛いとばかりに髪を搔くミラ。そんな彼女を見つつ、ジンは思案を巡らせるが、全てを解決する一手はまだ浮かびそうに無い。
「せめて帝国軍が駐留する理由だけでも無くなると助かるんだけどね」
ただどこか思い詰めたような表情をしているミラのことが気がかりだった。