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第8話 とある肉屋でのトラブル

 フォルンの街はフォルン領内でも指折りの大きな街だ。


 領内の大半が荒野であり、火属性や土属性の魔物が暮らしている土地の為、農業や畜産業には不向きだ。


 だからこそ貿易の中心地としての街道の整備やオアシスを拠点とした宿場町を作ることによって栄えてきた。


 その中でもフォルンの街に関しては他の宿場町と比べても特異だ。他の宿場町には警備などをしてくれる衛士もいるが、街には領軍の駐留所もある。街の造りも宿場町というよりは砦に近い。


 街の中心にある泉を中心に、外敵からの侵入を防ぐ為に作られた巨大な堀と壁。街を出入りする為には北側に作られた門扉から入るしか無く、戦争などの有事の際は堅固な防御力を誇るだろう。


 と言っても、実際にフォルンの街が戦禍に見舞われたことなどほとんど無い。数年前から隣国の教国との小競り合いは続いていたものの、その殆どは国境付近で終始している。


 だからこそフォルンの街には多くの商人が出入りをしているし、普段からオアシスを中心とした市場には多くの店が並んでいた。


 そして今、ジンは屋敷での家事仕事を終えると、メイド長のアヤにつれられて、市場に買い出しに向かっていた。


「それではできる限り鮮度の良い食材を選んできてください。私は医療品店に用があります。くれぐれも騒ぎを起こさないようにご注意ください」

「ただの買い出しで騒ぎなんて起こすはずが無いだろ?」

「あの子は目を話すと、何をしでかすか分かりませんから」

「あ、あぁ。わかった」


 ジンと一緒に行動しているのは放置しておく訳にもいかないクロ。既にアヤもクロの行動には注意をしているらしかった。


 そんなやり取りを終えて買い出しメモを手に市場へと向かうジン。ただ買い出しをしながらジンは疑問を覚える。


 フォルン家はこの領地を治める貴族家には違いないだろう。であれば、こういった商品については、商店から直接納品の商人が屋敷を訪れるのが通常だ。だが、ここ数日のフォルン家での生活の中、屋敷に商人が訪れている様子は見ることができなかった。


(まあ、フォルン家は貴族家にしては使用人の人数も少ないし、それ程来客がある訳でも無い。日々の買い物くらいなら、使用人が買い出しに行った方が効率的なのかもしれないな)


 そんな事を考えながら、アヤに渡された買い物リストの食材を購入していく。つい先日までは竜車に乗っていたというのに、今のジンとクロに渡されているのは食料品を積む為の手押し車のみ。


 人の姿になったクロが鼻歌交じりに手押し車を押す中、ジンは必要となる野菜などを購入していった。


 街の市場は行商などで栄えていると言うことも有り、東西南北のあらゆる商品が揃っていて、小一時間も歩き回れば買い物リストに書かれている食材はもれなく手に入っていく。


 リストに残っている食材の残りが精肉だけとなり、ジンが最後に訪れたのは、市場の中でも商店を構えている一件の肉屋だった。


「ここらじゃ見ない顔だな。最近この街に来たのか?」

「ええ、つい最近まではセーネにいたんですけど、ちょっと訳ありでしばらくこの街で生活することになりそうで……」


 商人としてにこやかに応対をしてくれる店主と会話をしつつ、ジンは買ってくるように頼まれていた岩トカゲの肉を購入していく。


 クロは先日の串焼きを思い出したのか、今にも涎を垂らしそうな顔をして、キラキラと瞳を輝かせて肉を見ていた。


「そうかい。最近はこの街でも肉の流通が多くなってきたからな。これからもうちの店を贔屓にしてくれよ」

「はい、ありがとうございます」


 さすがに商店を構えていることもあり、人当たりの良い店主。ジンはこういった人との繋がりが、今後も役に立つかもしれないと可能な限り丁寧に彼に対応する。


「しばらくはフォルン家の屋敷でお世話になっていますので、また買い出しの時などにはよらせていただきます」

「……何?」


 だがジンがフォルン家の名前を口にした瞬間、店主の表情が険しくなる。そして彼の態度が豹変した。


「あんた……フォルン家の関係者だったのか?」

「え? ええ……。つい最近、領主代理のミラさんに雇われまして……」

「そうか。だったら……今回の取り引きは無かったことにさせて貰う」


 そう言った直後、先程ジンが支払った肉の代金を押しつけるように返すと、手押し車に乗せていた肉をひったくるように奪い取る店主。


 目の前の肉が取り上げられてクロが小さく叫ぶ。


「な、何をするんですか!」

「うるせぇ! お前があの屋敷の使用人だったら話は別だ! 売国領主の屋敷に売るものはねぇ!」

「売国領主?」


 店主が何を言っているのか理解できず、驚きで目を丸くするジン。しかし、明らかに店主はジンに敵意を剥き出しにしている。


「兄様、この人……よくないね……」


 そんな店主とジンのやり取りを見ていたクロ。ふと気が付けば、クロが店主を見て、赤い双眸を光らせている。目の前で肉が取り上げられたことに怒ったのか、それとも店主のジンに対する態度が気に障ったのか。


 放っておけば、今にも牙を剥き、黒竜に変わりそうな程のプレッシャーを店主に対して向けていた。


「な、なんだ……俺とやろうって言うのか?」


 クロの雰囲気に何かを感じ取ったのか店主が怖気付きながらも声色を低くする。いつの間にかカウンターの下に忍ばせておいたのであろう剣を手にしている。


 武器を向けられればクロも黙っていないだろう。いつ黒竜の姿に戻り、店主に襲い掛るかも分からない。しかし、ジンは慌ててクロに待ったをかけた。


「ク、クロ……ここで騒ぎはマズい。アヤさんにも騒ぎは起こすなって言われているし、ここは素直に引き下がろう」

「で、でも、兄様!」


 市場で屋敷の人間が騒ぎを起こしたとなれば、大問題になるのは間違いない。そうなった時に監督責任を追及されるのはジンだ。


「肉なら別の店でも買える。最悪、セーネの町に行けば……。な?」

「うぅ……、兄様がそう言うなら……我慢する」


 尚もクロは何かを言いたそうにしていたが、ジンは大人しくなったクロを連れて商店を後にする。しかし、その最中でも考えるのは店主の言っていた売国領主という言葉。


(どういう理由か知らないが、あの店主はフォルン家の事を悪く思っているのか? もしかしてその考えはあの店主だけじゃ無くて……)


 街中に並んでいる商店を見るジン。商店の人々はジンがまだフォルン家の関係者だとは知らない為、普通に接してくれている。


 だが関係者だとジンが言えば、肉屋の店主のようにジンに対する態度を変える可能性があった。


(少なくとも買い物を終えるまではフォルン家の関係者である事を隠して置いた方が良いのか?)


 任されていた精肉の買い出しを終えると、アヤとの集合場所になっていたオアシスのほとりへと向かう。


 だがそこで待っていたのは、医療品の買い出しに行った筈の彼女が何も手にしていない姿だった。


「やはりジンさんに同行していただいて正解でしたね。当面の食材についてはこれで何とかなるでしょう。医療品についてはセーネにまで買い出しに行くしかありませんが」


 仕方がないとばかりに肩を竦めてみせるアヤ。

 もしかしたら彼女は今日、医療品が手に入らないことを予想していたのかもしれない。


 そう推測したジンは、これ以上今の状態について黙っていることはできなかった。


「アヤさん、ちょっと訊きたいことがあるんですが……」

「……」


 ジンの問いかけに表情を暗くするアヤ。


「少し場所を変えましょうか」


 そう言うとアヤはジンとクロをつれて街の門へと向かう。アヤのただならない雰囲気を感じ、ジンはクロの手を引き彼女の後へとついていくのだった。

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