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第6話 かの武器屋に天罰を

 ジンとクロが屋台での商売に勤しんでいる一方で、屋台から逃げだしたジェフは店に戻り頭を抱えていた。


 店はジェフが離れている間も誰かが訪れた形跡は無く、シンと静まりかえっている。


(どうする? どうすればいい? このままでは……)


 ジェフの手元にはしばらくは生活をできるだけの資金が残っている。しかし、このまま武器屋を続けることはもうできないだろう。例え武器屋を続けていたとしても、もう碌な利益は望めない。


 遠からず生活は成り立たなくなり、遠くない未来には店を手放すことになりかねない。セーネの冒険者達は既にジェフの店からジンの経営する屋台に乗り換えていて、ジンと交渉することも難しかった。


「ごめんください」


 そんな中、店のドアベルが鳴る。ジェフが顔をあげれば金色の髪の貴族が数人の供を連れて店を訪れていた。


(なんだ……。この娘? 身なりからすると、貴族か?)


 ジェフはまだ十代に見える少女の来訪を訝しむ。すると彼女はそんな彼に淑女の礼をして名乗った。


「申し遅れました。私はフォルンの領主代理を務めているミラ=フォルンと申します。本日はセーネにとても良い武器屋があると聞きまして、来店させていただきました」

「ミラ=フォルン……、領主代理様!」


 彼女の正体を知って、その場で膝をつくジェフ。


 絶望的な状況から一転、ジェフはミラの来訪を心から喜んでいた。どうして彼女が店に来ることになったのかは分からないが、これは千載一遇の好機には違い無い。


 歳若い領主代理に取り入ることに成功すれば、領軍に武器を卸すことができるようになるかもしれない。そうなれば、今後冒険者が彼の店訪れなくなったとしても、充分に経営は成り立つ。


「そ、それでミラ様……、本日はどのような武器をお探しで?」

「ええ。いくらか武器を仕入れたいと思っていまして……。教国との小競り合いも続いていますから、街の武器職人にこれ以上の負担は掛けられないの。こちらの店でも依頼は受けてくれるのでしょう?」

「そ、そうでしたか! そ、それならばこちらの一品などお勧めです」


 これを好機とみたのか、ジェフは店に陳列されていた武器の中でも優れた業物を用意する。


 ミラの前に出されたそれは、軍の中でも特に優れた剣士が持つには充分な一品だろう。武器や店主でありながら、武器の修繕や職人としての腕を持つ彼が用意できる一品だった。だが――、


「素晴らしい剣だとは思うけど、私が用意して欲しい剣は決まっているの。アレを持って来て」


 ミラはその剣をチラリと見ただけで断りを入れると、衛士に命じて彼女が乗ってきた馬車から一振りの剣を持ってこさせる。そして、その剣を見てジェフは絶句した。


 それは先日までジェフの店の倉庫に置かれていた、元盗賊の剣。そして今、その柄頭には黒い竜の爪をモチーフにした印章が刻まれていたのだ。


「こ、これを……、どうして私に? まさか、これはあの若造の……ジンの差し金なのか? アイツ……、どこまで私を馬鹿にすれば……!」

「あなたが知る必要は無いわ。これを月に百本、セーネの屋台に納品をすれば良い。私の依頼はそれだけよ」


 剣を目の前に激昂するジェフ。しかし、ミラはそんな彼に冷たく言い放つ。勿論、そんなミラにジェフが応じるはずが無い。


「馬鹿に……、馬鹿にしおって! 領主の代理だろうが何だろうが、そんな依頼を私が受けると思っているのか!

 わかったぞ……。今になって武器を調達する為に私を利用しようというのが、あの若造の狙いだろう? だが、その手には乗るか!

 私に依頼を持って来たと言うことは、私が依頼を受けなければ、あの商売は破綻すると言うことだろう。ならば私はアイツの首が回らなくなるのを、気長に待てば良いだけだ!」


 激昂しながらも、それでも現状を考えて最善手を選ぼうとするジェフ。だが彼は大きく見誤っていた。


「勘違いしているようね」


 彼の目の前にいるミラは、彼よりも遥に格上の相手だったのだ。


「私は別に、彼に頼まれたから貴方に話を持ってきた訳じゃ無いわ。ただ、彼の返済が滞りなく行われるように手を回しているだけに過ぎない。これはその一つで、私はむしろ感謝しているのよ」

「感謝……? 感謝だと?」

「ええ、そうでしょう? 遅々として進まなかった岩トカゲを冒険者達が自発的に狩ってくれて、その上、セーネを中心に今までは流通に頼るしか無かった食料問題について、一つの柱ができたのよ。それを考えた彼は商人としては未熟も良いところだけど、逸材なのは確かなのだから。それこそ、敵国の剣を経験の浅い商人に売りつける三流武器商人よりは遥に、ね……」


 言いながらニタリと嗤うミラ。


 そんな彼女の言葉に背中に流れる冷たい汗。知らず知らずのうちに呼吸は荒くなり、ジェフの身体は震え始めていた。


 目の前のミラという少女は、ジェフのした行いを全て知っていたのだ。


「これは好意で感謝の印として、貴方に商売のチャンスを持って来たの。その好意を無碍にするつもり?」

「感謝の印? こんな……こんなことが?」

「ええ、そうよ。もっとも、その好意を無碍にすればどうなるかはわかるわよね? だって、敵国の武器を扱った商人がどうなるか……、あなたが知らないはずはないものね?」


 その言葉にジェフの脳裏によぎったのは、彼が武器を売った商人達の末路。そして彼は自分が絞首刑になる姿を想像してしまった。


「安心して良いわ。素材ならいくらでも用意できるの。だから貴方は、ただ職人として腕だけ動かせば良い。それこそ、寝る間も惜しんでね」


 言いながらミラが部下に命じて彼の店内に持って来たのは、先日彼が倉庫に置いていた木箱の一つ。そして、その木箱の中には刃こぼれした剣や、折れてしまった剣が乱雑に放り込まれていた。


「さすがに岩トカゲは硬いわよね? 店の前に廃棄用の木箱を置いておいたら、数日でいっぱいになったみたいなの。これを有効利用しない手は無いでしょ?」


 もうジェフにはミラの言葉に拒絶を示すこともできなかった。


「あぁ、材料費はフォルン領が負担してあげるんだから、料金は格安で良いわよね? だって貴方は技術だけを提供すれば良いんだから。この剣は小銀貨一枚で販売しているようだから、銅貨五枚くらいでいいかしら? 月に百本だから、それで銀貨五枚にはなるわ。頑張ってたくさん打たないとね? 作り続ければ、もう馬鹿な真似をする暇もなくなるでしょう?」

「あ……、あぁぁ……」


 ミラの言葉に頭を抱えるジェフ。ミラによって追い詰められた彼は床に膝をつき、必死に許しを請う。けれど、ミラは店内の工房を指さして言ったのだ。


「速く仕事に取りかからないと……、納期に遅れるわよ?」


 ミラが店から出てくれば、程なくして彼の店の中から聞こえてきたのは、刃こぼれしてしまった剣を鍛え直す為に、ジェフが振るう槌と剣のぶつかる鈍い金属の音だった。


 ………………。


「あぁ……、疲れたなぁ……」


 街に降りた夜の帳。ジンは宿屋に帰るなりベッドに倒れ込む。今の今まで彼と一緒になって働いていたクロもまた宿屋に帰ってきていたが、さすがにクロも疲れたのか、うつらうつらと船を漕いでいた。


「こらクロ、まだ寝るなって」

「う~……、でも疲れちゃって……」

「気持ちは分かるけど、せめて汗を拭いてから……」


 疲れから出る欠伸を噛み殺しながら、なんとかクロを起そうとするジン。そんな彼の部屋の扉がノックされたのは、彼等が部屋に戻ってから小一時間が経った後のことだった。


「邪魔するわよ。まだ起きていたようで良かったわ」

「ミラ……。何だよ、こんな時間に?」

「今日の稼ぎを確認に来たに決まっているでしょ? 早く出しなさい」

「そんなの明日でもいいだろうに……」


 ミラに言われるままに、今日の稼ぎを入れた革袋を取り出す。その中に蓄えられた銀貨や小銀貨を確認すると、ミラは満足そうに革袋を手に取った。


「ご苦労様。ふふっ、過剰になった塩と剣を使わせてくれって言った時は信じられなかったけど、ここまで貴方の考えた商売が上手くいくとは思わなかったわ」

「今回はたまたま色んな条件が重なっていたからだ。それより、頼んでおいた武器の用意はどうにかなるのか? 思ったよりも冒険者が殺到して、そろそろ在庫が尽きそうだ」

「あぁ、それなら心配いらないわ。今日あたり商談を纏めてきたから」


 言いながら、ミラはクロによって追い払われたジェフを追い詰めて、武器の納品を強要したことを得意げに語ってみせる。


 ミラによる明らかな脅迫にジンもさすがに彼が気の毒に思えたが、一歩間違えれば自分が絞首刑になっていたことを考えれば、同情の余地は無い。


 安価で技術を買い叩かれたジェフを可哀想だと思いながら、全ては彼の自業自得だとも感じていた。


「とりあえずは明日からは少し休んでも良いわ。ようやく街から、今回の商売を任せても大丈夫そうな人材も派遣できそうだしね」

「そりゃ助かるよ。連日の仕事で、クロも疲れているみたいだし」


 もう完全に瞼を閉じているクロをジンが指さす。


 ジンの考えた今回の商売については、ミラの信頼する商人があてがわれ、今後は事業を引き継いでくれるようになるらしい。


 岩トカゲの食肉についても販売ルートの確立が進められていて、もう数年も経てばセーネの町の主要産業にもできるとミラは想定している。岩トカゲの他にも荒野に住む魔物も多く、それらを処理しながら食料を確保できることに多くの可能性があった。


「ねぇ、あなた。これで事業については引き継ぐ事になる訳だけど、今後はどうするつもりなの?」

「そうだな……。まだフォルンへの負債は残っているし、別の商売を考えながら、少しずつでも返済をさせて貰えれば、とは思っている」

「そう。まぁ……、今回みたいに上手くいくとは思えないけどね」


 ジンの言葉に嘆息をするミラ。実際、今回の事業で出た利益の大半をフォルンが被った負債の補填に充てているジン。だが、その返済は想像していたよりも莫大な金額であり、一商人が簡単に返せる額ではない。


 それでもジンならば、また何かを考えるのでは無いかとミラは期待もしてしまう。


 だから彼女は、牢屋でジンを前にした時と同じ不敵な微笑みを浮かべると、ジンに手を差しだした。


「ねぇ、ジン。あなた……、フォルンへの負債を返す気はあるのよね?

 だったら、私のところに来なさい。必ず儲かるとは言えないけれど、当てもなく帝国中を彷徨うよりは幾らかマシになるはずよ」

「お前の所に……?」

「ええ。後悔はさせないつもりよ」


 言いながらジンにウィンクをしてみせるミラに、トクッと高鳴る心臓の鼓動。そしてジンが彼女の手を取れば、ミラはニコリと微笑みを浮かべる。


 そしてジンはフォルン領の令嬢、ミラの雇っている商人として、彼女の治める街にしばらく駐留することになったのだった。


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