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第5話 ジェフの企み

 翌日のセーネの町――。武器屋の主人・ジェフの元には朝からフォルンの街の衛士が訊ねてきていた。


 教国の物だと考えられる武器を行商人に売ったか、と裏付けを取りに来たのだ。そしてジェフはその質問に対して、そんな武器を扱うはずが無いと答えた。


「何なら、そんな武器があるかどうかを見てくれれば良い。倉庫まで含めて、教国に縁のある武器など一つも置いていない」


 彼の言った通り、武器屋の中には印章の無い武器など一つも無い。冒険者用の武器や修理を請け負った武器は幾つかあるものの、どの武器にも出自を示す印章が刻んであった。


「やはりあの男の虚偽だったようだ。世話を掛けたな」


 それだけ言い残すと武器屋から去って行く衛士達。その後ろ姿をみおくってジェフはそっとほくそ笑む。全て計画通りに事が運んだからだ。


 実際、ジェフの武器屋には盗賊達の持ち物として、幾つもの武器が持ち込まれる。それらはタダ同然の端金で買い集め、最初のうちは新しい武器の材料にする為に保管していたのだ。


 だが、ある時にジェフは気付いたのだ。このまま量産型の武器として売ってしまえば良いのでは無いか?


 勿論、経験のある商人は警戒して印章の無い武器など買おうとはしない。だが商人としての経験の浅い者はそうではなかった。


 安価な武器を仕入れて領軍や帝国軍に売れば、確かに莫大な利益を手にすることができるだろう。そんな甘言に惑わされて、ジェフに手持ちの資金の殆どを渡して、盗賊達の使っていた武器を購入したのだ。


 タダ同然だった武器が商品として売れたことを、ジェフは喜んだものだ。これで、地道に武器を作る必要も無くなったからだ。今まで通りに冒険者の武具の修理を請け負いながら、裏で盗賊の剣を買い集め、また経験の浅い商人に売りつければ良いと彼は考えたのだ。


 だが、経験の浅い商人に盗賊の剣を売った翌日、フォルンの街の衛士が彼を訪ねてきたのだ。


「教国の武器を売ったのでは無いか?」と――。


 そこに至って、ようやくジェフは自分の買い集めていた盗賊の武器が、教国によって盗賊達にばらまかれていた物だと気付く。だから彼はつい答えてしまったのだ。


「そんな物は知らない。俺に罪をなすりつけるつもりだ」


 衛士達がその後武器屋を見ても、既に武器を売り払った後だった為、証拠となるような物は何も無い。結果、ジェフは処罰されることは無く、彼の手元には剣を売った時に得た利益だけが残った。


 風の噂にフォルンの街に教国の武器を持ち込んだ商人が絞首刑になったと聞いたのは、それから数日後の事だった。


 自分の行った事が原因で一人の商人が命を落としたことに、ジェフは少なからず恐怖した。だが、それよりも彼は安堵してしまったのだ。


 これでもう、自分のした事が公になることは無い、と……。


 それからジェフはこれまでのように盗賊の武器をタダ同然の端金で集め続けた。あまりに頻繁に売れば、そこから足が付くかもしれないと、二回目に経験の浅そうな商人に武器を売った時には、以前に売った時の倍以上の剣を溜め込んだ後であり、やはり一回目と同じように翌日には衛士が訪ねてきて、数日後には商人が絞首刑になったと噂を聞いた。


「だが証拠など見つかるはずも無い。利益を得る為にあらゆる手を使うのは商売の基本だ。騙される方が馬鹿なのだ」


 誰もいない武器やの中でジェフは嗤う。


 もう数日も待っていれば、彼が絞首刑になったという噂を耳にするだろう。そうなれば、もうジェフが疑われることは無く、今回もジェフの手元にはジンが支払った代金だけが残ることになる。


「さて……、今日も馬鹿な冒険者共から武器を仕入れようか」


 いつもと同じように店を開けて、修理依頼のあった武器の手入れをしながら冒険者の来店を待つ。しかしこの日、彼の店を訪れた冒険者は一人もいなかった。


(珍しいことだが、まぁ……こういう日もあるだろう)


 違和感を覚えつつも、日が暮れればジェフは店を閉める。しかし、既に異変はセーネの街で始まっていた。


 翌日になっても、その次の日になっても、ジェフの店には誰一人として訪ねてこない。偶に客が来たと思っても、それはジェフに修理を頼んでいた冒険者であり、武器を引き取りに来ただけだった。


「まさか……、新しい武器屋でもできたのか?」


 その可能性に思い至り、ジェフは町に出る。


 しかし、新しい武器屋ができた話など耳にすることも無く、町の様子はいたって平穏。だがジェフは気が付いてしまった。


 町で狩りの準備をする冒険者達が何人も出歩いているが、彼等が見慣れた武器を手にしていたのだ。


「ま、まさか……あれは……」


 町の冒険者達、ほぼ全員が同じ武器を手にしていることに驚くジェフ。そして彼が目にしたのは、先日塩を常識外れとも言える安価で売っていた竜車を見つける。


 そしてその竜車では、絞首刑になっている筈のジンが、町の人々を相手に串焼き肉を売っていたのだった。


 ………………。


 フォルン領の大半は荒野であり、食料の確保については流通に頼るしかない。しかし、だからと言ってフォルン領に食料品が全くない訳では無い。


 広い荒野には魔物も生息しており、特に岩トカゲの肉を使った串焼きなどは相応の値段がするものの、セーネの町では屋台でも売られる程の人気の商品だ。


 ジンが考えたのは、その串焼き肉の材料、岩トカゲの肉を大量に仕入れる方法だった。


「馬鹿ね。岩トカゲの肉は確かに商品価値が高いわ。でも、岩トカゲを狩ってくれるのは、セーネやフォルンの街を拠点にしている冒険者だけ。このあたりの冒険者は武器の破損の可能性があるモンスターなんて、普通なら誰も相手にしないでしょ?」


 岩トカゲの肉を手に入れようとしたジンに対して苦言を漏らしていたのはミラだ。岩トカゲの皮膚は硬く、剣で切り裂くことができても、刃こぼれや剣が折れてしまうなどの可能性がある。


 そうなれば、自前の武器を使っている冒険者は修理費の方が高く付いてしまい、岩トカゲを狩るメリットが無くなってしまう。


 結果として岩トカゲは多くの冒険者達に相手にされることが無くなり、セーネでどうしても資金を得たい冒険者のみが、ギルドの依頼を受けて岩トカゲを狩るだけになってしまう。


 供給量が少ない岩トカゲの肉は当然値段が高くなり、売られる量も少なくなってしまう。その為、人気の食肉でありながら、セーネやフォルンの街で出回る量はごく少量だった。


「だけど、もしも武器はこっちで格安で売ればどうだ?」


 ジンが考えた方法は、竜車に積んでいた元盗賊達の武器を、冒険者達に使い捨ての武器として安価で売り出すという方法だった。


 印象の削られていた武器に新たに竜の爪のような印章を焼き入れ、それを小銀貨一枚で冒険者達に販売し、そして彼等が狩ってきた岩トカゲの肉を量に応じて銀貨で買い取る。


 そしてフォルン領が市場の安定の為に買い集めていた塩で味付けをして、それを街中で売ることにしたのだ。


「そんな金額で武器を売るなんて……、どう考えても損失でしょ!」

「販売した時点で利益は既に出ているんだよ。元々、盗賊達の使っていた剣は、タダ同然で取り引きされている剣だ。小銀貨一枚でも払って貰えれば、利益としては十分だ」

「でも、その武器をつかって岩トカゲを狩ったかは分からないでしょ?」

「破損するかもしれないのに、自前の武器を使う奴はいないよ。それよりは安く仕入れた壊れてもいい剣を使うはずだ」

「武器が無くなったら商売は成り立たないんじゃ無い?」

「それなら盗賊の剣を買い取ってやれば良い。買い取った剣には、新しい印章を焼き入れて、その印章のついた武器を持っている冒険者達からのみ、岩トカゲを買い集めることにすれば必ず売れるだろ?」


 元々タダ同然だった剣だったが、その品質が充分に狩りに使えることをジンは確認している。重量のある剣は問題無く岩トカゲの肉を切り、骨を断つことができている。


 冒険者達は安価で借り受けられる武器を手に荒野に出て、増え続けていた岩トカゲを狩り、ジンのいる竜車に納品する。そしてジンの隣では、以前に屋台で岩トカゲの串焼きを売っていた男性が、仕入れた串焼きを狩りで疲れた冒険者や街を訪れた商人達に販売していた。


「まさか、こんなに大量の岩トカゲが手に入るとは思っていなかったよ。兄さん達がこんな方法を考えつくなんてな……」


 感慨深げに串打ちをしながら岩トカゲを焼いていく店主。


 そんな彼の隣ではクロが同じように店を開き、岩トカゲの肉を塩で保存処理をしたものと、竜車に積んでいた燻製肉などを売っていた。


「えへへ♡ 兄様ならとうぜんだよ♪ 兄様大好き! クロが言っていたとおりに、こんなに串焼きを仕入れてくれるなんて♪」


 販売の合間に屋台の店主が焼けた串焼きをクロに振る舞えば、クロはほっぺたを押さえながら頬張り、幸せそうな笑みを浮かべていた。


「クロ、それくらいにしておいてくれ。もう四本目だろ?」

「だって兄様、これ……凄く美味しいんだよ♡」


 言いながら串焼きを頬張っているクロを見て、思わず苦笑を浮かべるジン。とは言え、実は今回の商売を思いついたきっかけが、串焼きを美味しそうに食べているクロだったので、強く止めることも出来ない。


「すみません、こっちおかわりの代金です」

「はははっ! 兄さんもクロちゃんには甘いみたいだなぁ」


 一つ溜息を吐くと、クロの食べている串焼きの料金として、銀貨一枚を払うジン。その様子を見て、屋台の店主は豪快な笑みを浮かべていた。


「よ、ようジンさん。精が出るね……」


 そんな中、ジンの竜車に一人の男がやってくる。それはジンを騙して盗賊の剣を売ったジェフだった。


「ははっ……、驚いたよ。まさか、まだセーネにいたとは……。フォルンの街で領軍や帝国軍に剣を売るんじゃ無かったのか? そっちの方が利益は大きかっただろうに……」


 引きつった笑みを浮かべながら訊ねるジェフ。そんな彼の様子にジンは僅かに怒りを覚えながら、しかしにこやかに答える。


「そうですね。印章の無い、出自不明の剣を軍が買い取ってくれるなら、その方が利益は大きかったでしょう。しかし、やっぱりリスクが大きすぎますし、隣国の密偵と間違われて絞首刑になったりしたら、たまったものじゃありませんからね。こっちの方が良いでしょう?」

「そうか……。そうだな……」


 ジンの言葉に言葉少なく答えるジェフ。


(この若造……気付いていた? いや、まさか……)


 その内心ではジンに対する驚愕が渦を巻いていた。そしてジンはそんな彼の動揺につけ込むように言葉を続ける。


「それより、店を開けていなくて良いんですか? ジェフさんは武器屋ですよね? 店に店主がいないと、商売にならないんじゃ?」

「……っ!」


 その言葉にジェフは怒りで顔を赤くした。


(分かっていた……。こいつ……こうなることを……)


 例えジェフが店にいたとしても、もうジェフの店には誰一人として冒険者が訪れることは無い。


 岩トカゲを狩る為の武器はジンが安価で販売している。盗賊の武器の買取りすらジンが抑えている為、わざわざジェフの店を訪れる必要は無い。


 そもそも自前の武器を使っていない冒険者達は、安価で買った使い捨ての剣を修理することも考えない。高額な修理費を払うくらいなら、ジンの店で新しい剣を買った方が安いからだ。


「お互いに商売を頑張りましょう。これだけ冒険者が集まっているあたり、しばらくは岩トカゲ狩りがブームになりそうですし……」


 ジェフの反応を見て口元を緩めるジン。

 そんな彼にジェフが笑みを浮かべると、怒りを抑えて語り掛ける。


「いやぁ、こんな商売方法があるとは思わなかったよ。さすがは私が声を掛けたジンさんだ。とは言え、武器の販売のノウハウなど無いだろ? ここは私も力を貸そうじゃないか。私も共同経営ということにすれば、今以上に武器の販売はスムーズになるだろう?」


 利益を優先して、何とかジンに取り入ろうとするジェフ。しかし、次の瞬間にはジェフのこめかみを串焼きで使われていた串が掠めていた。


「ひっ!」


 明らかな攻撃に思わず尻餅をつくジェフ。そして彼が見れば、黒衣を纏った少女が赤い双眸でジェフを睨みつけていた。


「オマエ……、ニイサマニナニスルツモリダッタ?」


 どこか子供らしく辿々しいのに、少女の口から出たとは思えない声がクロの口から発せられる。


 先程まで幸せそうに串焼きを食べていたクロだったが、今の彼女の顔からは表情が消えて、赤い目には明らかな怒りが浮かんでいる。


「ニイサマ、モウスコシデコロサレテイタ。ソウイッテイタ。オマエノセイデ……」

「な、何なんだ、この小娘は……。私はジンさんとだな――」


 クロに恐怖を覚えながらも、小柄なクロをただの女の子だと思っているのだろう。しかし、直後にジェフはその判断を後悔することになる。


「ニイサマニ、チカヅクナ!」


 威嚇をするように牙を剥くクロ。そしてクロが右腕を振りかぶって下ろせば、手首から先が竜の手となってジェフの目の前の地面に深々と爪が刺さった。


「ひぃぃっ!」


 もうクロがただの亜人では無いと気が付いたのだろう。歯をカチカチと音が鳴る程震わせながら、怯えの表情を浮かべるジェフ。


「ココカラキエロ。ツギハキリサク」


 そしてクロが冷やかな表情でジェフに言い放てば、ジェフは蹈鞴を踏んで逃げていく。その姿を見て、少しは溜飲の下がったジン。しかし、クロはまだ頬を膨らましていた。


「まったく……。兄様に酷いことをしたのに図々しいよね」

「まぁ……そうだな。クロ……、俺の為に怒ってくれてありがとう」

「うん! 当然だよ。クロは兄様が大好きだからね♪」


 ジンの感謝に元の声色に戻ったクロが売り子に戻る。ジンが感謝を込めて彼女の黒髪を撫でてやると、クロは目を細めてくすぐったそうな笑みを浮かべていたのだった。

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