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第4話 留置所の令嬢

 フォルン街門で捕らえられた数時間後――、ジンは一人で街の留置場へと連れて行かれていた。彼が拘留されているのは鉄柵で囲まれた牢屋の中であり、扱いは犯罪者と変わりが無い。


 唯一の灯は格子付の窓から差し込む月明かりだけであり、部屋の中にはトイレ代わりのバケツと寝床代わりの藁が敷かれているだけ。ジンはその牢屋の中で壁に背中を預けて座り込んでいた。


 クロと別れてから彼が連れて行かれたのは衛士達による取り調べ室。そこで、つい先程まで剣の入手経路や目的について尋問をされたのだ。


 勿論、ジンは彼等にセーネの町で武器屋から剣を購入したことを説明したし、自分は隣国の関係者で無い事を説明した。


 しかし、衛士達はジンの言った言葉を信じてはいないようで、教国の関係者だと疑っているらしい。


 セーネの町の武器屋に裏付け調査を行うと言っていた為、疑いはそのうち晴れるだろう。だが竜車に積んでいた武器については、隣国の関係品と言うことも有り、このままでは没収されるのは目に見えている。


 もしも仕入れた武器が商品として扱えないと言うことになれば、ジンの手元に残るのは幾らかの燻製と、僅かな資金だけ。そうなれば、商人としては破産も同然の状態になる事は明らかだった。


(この状況……、どう考えてもはめられたとしか……)


 薄暗い留置所の中、羽織っていたマントにくるまりながら黙考するジン。これから先のことを考えると不安で押し潰されそうになりながら、どうすれば良いのかを考える。


 しかし思い出すのは項垂れていたクロの姿ばかりで、きっと心細い思いをしているだろうと心配が募っていた。


「あら……。思っていたよりも若いのね」


 そんな中、不意に留置所内に響く声。


 その声にジンが顔を上げれば金色に光る少女が自分を見て不敵な微笑みを浮かべていた。


 綺麗な少女だ、というのがジンの第一印象だ。


 見た目には十台半ばに見える少女。小柄な体躯に白と青を基調にした衣服を身に纏っている。その服装だけを見れば、一般市民で無いのは秋明らか。おそらくはこの街に住んでいる貴族の令嬢なのだろう。


 金色に光って見えたのは、彼女の背後で揺れる金色の髪の所為であり、窓から差し込んだ月明かりに反射して、キラキラと輝いて見えたのだ。


「アンタ……誰だ? 警備兵には見えないが、子供の来る所じゃない」

「口の利き方には気をつけることね。これでも私、ここフォルン領の領主代理・ミラ=フォルンっていう名前があるの。子供扱いは心外だわ」


 ジンの問いかけに対して平然と答えるミラ。


 彼女が領主代理だと名乗ったことに、ジンは僅かに驚く。どうみても自分よりも彼女の方が歳下に見えたからだ。貴族の男子が家督を継ぐことはそう珍しくも無いが、歳若い少女が貴族家を継いでいることは、ここヘルテラでは珍しいことだった。


「そうかい。それで……、領主代理様が俺に何か用か? もしもこの牢屋の寝心地を見に来てくれたのなら、せめてベッドぐらいは用意してくれた方が良いと思うな。寝心地は最悪だ」


 平静を装いつつも軽口を叩くジン。しかし、そんな軽口を受け流すように、ミラもまた意趣返しをするように語り掛ける。


「隣国の密偵らしき男が捕まったって言うから見に来たのよ。まぁ、この状況も理解ができていないみたいだし、あなたのマヌケ面を見れば密偵じゃないのはわかるわ。あと寝心地については問題無いんじゃない? 今夜はどうせ眠れそうにないでしょ。なら藁があるだけ上等よ」


 現在犯罪者扱いであるジンに臆する事も無く、堂々と振る舞うミラ。


 互いに相手の出方を見つつ、言葉を交わしながら僅かに感じるやりにくさ。しかし、精神的優位はミラにあるのだろう。


 檻の中からジンが何を言ったところで、ミラはたいして気にもしていないように見えた。


「俺は密偵じゃない。俺はただの行商人で、武器はセーネの町で手に入れた物だ。明日には武器屋に街の兵士が裏付けに行ってくれるんだろ? それなら俺の疑いは晴れるはずだ」


 それでも強がってジンは憮然と彼女に言う。しかし、そんなジンの言葉にミラは嘲笑さえ浮かべて見せた。


「あら、そんなこと本気で言ってるの?」

「……どう言う意味だ」

「言葉通りの意味よ。本気であなた、身の潔白が証明出来ると思っているの?」


 ミラの言葉に訝しげな表情を浮かべるジン。しかし、彼女はそんなジンの反応を気にすることも無く、言葉を続ける。


「あなたの他に、ここ二年で二人の商人が、隣国の密偵では無いかと同じように牢屋に入れられたわ。彼等の主張はこうよ、武器はセーネの街の武器屋で仕入れた物だ。俺は教国の密偵なんかではない」

「そ、それは……」

「そうね。あなたと全く同じ内容」


 何がおかしいのかクスクスと笑ってみせるミラ。そんな彼女様子にジンの背中に冷たい汗が流れ落ちる。


「それで? その二人の商人はどうなった? その二人だって密偵じゃ無かったんだろ? 俺と同じように嵌められただけとしか……」

「そうね。もしかしたら密偵じゃ無かったかもしれない。でも、今となっては分からないわね。だってもう、二人とも絞首刑になってしまったもの」


 ミラノ言葉にジンは今度こそ自分の血の気が引いていくのを感じた。自分は大丈夫だと理解できている。だが、もしも密偵だと判断されれば、数日後には自分も同じ運命を辿るのだから。


「どうしてだ? 武器屋に裏付けには行ったんだろ? それなら、武器屋が売ったと証言をしてくれるはずだ!」

「馬鹿ね。問題なっているのは、渡した武器が隣国に関係する剣だっていうことよ? それなのに、どうして武器屋が、自分があなたに売ったって馬鹿正直に答えてくれると思うの? もしかしたら、自分まで密偵だと疑われるかもしれない。見ず知らずの他人が、自分と運命を供にしてくれると思う?」

「そんなことある筈が……」


 ミラの言葉を否定しようとする。しかし、もしも武器屋の男・ジェフがきな臭い剣の処分を目的としていたのなら、彼女の言う通りにジンとの取り引きを否定するかもしれない。


 その可能性は無いと、今の状況を考えればジンには断言できなかった。


「とりあえず、今のあなたの立場については理解できた? 隣国の密偵かもしれない犯罪者さん」

「俺は密偵じゃ無い! 君だって俺が密偵には見えないと言っていただろう!」

「それは私の主観に過ぎないし、今ここで証明できないでしょう? それよりも建設的な話をするべきよ。私はね、あなたが密偵じゃ無いと言う前提で、ここ数日の理解のできない流通についての情報が欲しいの。今、この場にあなたがいることも無関係だと思えないしね」


 言いながらミラはジンに訊ねた。


「ジンとか言ったわね。あなたがセーネにいたことは知ってるわ。黒竜の引く竜車は珍しいからね。それで……貴方は誰に武器の取り引きを」持ちかけられたの?」


 その問いかけにジンは正直に塩を売って得た資金で、武器屋から武器を仕入れたことを話す。


 全ての話を聞き終えたミラは、ジンに対して呆れたような表情を向けていた。


「あなたって……、本当に行商人? それにしては、商人としての基礎がまるでなっていない。何より世間知らずにも程があるわ」

「どういう意味だよ」

「セーネの街だけで儲けた利益を考えれば、貴方としては良かったんでしょうね。でもね、物事はそう単純な話じゃ無い。貴方が売ったという塩のおかげでこっちも大損害を受けたんだから」


 ここに来て明らかに苛立ちを見せるミラ。彼女は不機嫌そうにジンに詰め寄る。


「問題は価格設定を間違えていたの。貴方、良いように商人達に塩を買い叩かれたの。塩の入った小袋を、小銀貨二枚で売ったって言ったわよね?」

「あ、あぁ……。でも別に値段は間違ってないだろ?」

「ここが南方の町で、その値段で売るなら適正価格だと納得もできる。でもね、セーネの町で販売するなら、流通にかかるコストを加えて小銀貨で五枚は下らない。それなのに半額以下で売るなんて……、そりゃ、翌日には商人が殺到するわよ」


 ミラの言葉に思い出すのは露店を開いた二日目の光景。何人もの商人が集まって、彼等が塩を買い求めた光景だった。


「貴方の店で塩を買った商人達はどうすると思う? 商人が利益を出そうとするなら、小銀貨二枚以上で売る必要があるわよね? 折角安く仕入れた塩で利益を出すことを考えるなら、私は近隣の街や村で販売することを考えるわ」

「それってつまり……」


 ジンの言葉に頷きを返すミラ。そして彼女はややげんなりとした口調でジンに答えた。


「貴方から塩を買った商人が、昨日のうちに何人も街で塩を売り始めたの。最初のうちは通常価格から少しだけ安くしてね。でもすぐに価格競争になって、塩の価格が暴落したわ。それに伴って、塩を使った関連商品の値段まで暴落して、街の流通に大きな影響が出たの」


 もしもジンの売っていたものが、塩では無く、果実などであればここまで混乱は起こらなかっただろう。だが、ジンが安価で売った塩はフォルン領では様々な事に使われていた。


「フォルンは領土の殆どが荒野。だから食料品の確保については流通に頼らざるを得ない。その為にセーネを始めとした宿場町を用意して、商人が訪れやすいようにしているの。当然、流通を担う商人も多く抱えていて、塩を使った日持ちのする食料品の販売をしているの。それなのに、あなたの所為で……」


 苦虫を噛みつぶしたような顔をするミラ。


「持ち込まれた塩の量が多い所為で、しばらくはこの価格で安定するでしょうね。でも、元々が偶発的にでた価格の暴落よ? 塩のストックが少なくなれば、いずれは金額を上げざるを得ないわ。そうなった時、今までと同じ価格で売って、はたして周囲から反発が起こらないかしら?」


 一度下がってしまった料金を引き上げることはリスクが高い。


 フォルン領では緊急的に塩をできる限り買い集めて市場の塩の量を減らしたらしい。だが、それにも限界があった。


「わかった? あなたの所為でフォルンの市場は混乱中。その発端が黒竜を連れた商人だと知っているの。それなのに、その商人が今度はどこで作られたのか示す印章の無い武器まで持ち込んだ。私達がこれ以上の問題を起さないように、商人を拘束したのは当然でしょ」


 ミラの言葉にジンとしては何も言えない。しかし、だからと言ってこのまま密偵として処罰を受けることは出来なかった。


「塩のことはすまなかったとは思う。だが、それと密偵扱いは別のことだろう? 少なくても俺は、ただ武器を売ろうと思っただけで――」

「それがそもそも間違いなの!」


 何とか落としどころを探そうとするジン。しかし、そんな彼に対してミラは声を荒げる。


「そもそも印章の無い大量の武器なんて持っていたら、それは非合法品に間違いないでしょ?」

「そ、それは……、冒険者が討伐した盗賊の持ち物だったからだ」

「盗賊が同じ武器を持つ訳無いでしょ! 相手はただのならず者達よ? 隣国が商人狙いの盗賊にバラ撒いたに違いないわ。フォルンの流通にダメージを与える為にね」


 大量の印章の削られた量産型の武器の出所は、まず間違いないだろう。わざわざ敵国の武器を持ってきたジンが、犯罪者扱いされたのは当然とも言える。


 冷やかな目で檻の中のジンを見るミラ。


 もはや、ジンに言えることなど何も無い。安価な塩をバラ撒き、フォルンの流通に混乱を招いたこと。盗賊の武器を騙されて仕入れてしまったこと、そしてフォルンの牢に入れられているという状況。状況は絶望的としか言いようが無い。


「とりあえず、武器は全て没収させて貰うわ。教国の武器を放っておく訳にはいかないからね。明日の朝には解放してあげるから、さっさと街を出ることね」


 だがミラはジンを罪に問わないと言い出したのだ。


「俺を処罰するんじゃ無かったのか?」

「しても意味が無いでしょ。あなたはただの行商人なんだから。絞首刑にしても、あなたを騙した武器屋が口封じができたと得をするだけよ。それよりも、あなたを絞首刑にしたら、あの黒い竜が何をするか分かったもんじゃないわ。ついさっきも、あなたを返せって吼えていたらしいから」

「クロが……」


 ジンと引き離されたクロも、今の状況を良しとはしていないのだろう。これでジンが絞首刑になどなれば、フォルンの街中で黒竜が暴れ回る事態になりかねない。


 リスクを考えれば、ミラの判断は妥当だと思える。


 だがジンは今の状況で解放されたとしても未来は無い。


 彼の旅の目的はクロを幸せにすることだ。その為に多くの金を稼ぐことだ。それなのに、クロを連れてフォルンを離れたところで行く当てもなく資金も無い。遠からず路頭に迷うことは見えている。


 ここで全てを失えば、もう二人はどこにも行けない。


(考えろ。まだ何か手はあるはずだ。ここから盤上をひっくり返すような逆転の一手がまだある筈……)


 手元に持っているのは没収されることが決まっている剣と幾つかの燻製。目の前にいる領主代理のミラ。


 ジンの行動によって起こってしまった市場の混乱と、その混乱を受けてのフォルン領のとった措置。


 思い出すのは、クロと一緒に屋台で串焼きを食べた光景。あの日常に戻る為に、ジンは思考を巡らせる。そして、ジンはその一手へと辿り着いた。


「領主代理のミラって言ったな。アンタ、俺がセーネで売った塩が街で売られ始めて、量を抑える為に買い集めたって言ったよな?」

「ええ。塩の価値を少しでもコントロールする為にね」

「それなら。俺と商談をしてくれないか? 今の状況から利益を出す為の一手だ。あんただって、今回の一件で関わった武器屋を放ってはおけないはずだろう?」


 白いマントを羽織ったまま、ジンは牢の中で立ち上がる。そしてジンが語った企てに、ミラは驚きつつもニヤリと笑う。


 その企てを実行する為に、ジンが牢から出されたのは、それから数時間後のこと。


 翌朝にはジンは、クロに引かれる竜車に乗って、ミラを始めとした数人の衛士とセーネの街へと向かったのだった。

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