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第3話:武器屋のジェフと商談を

 市場で声を掛けられたジンが男に案内されて連れて行かれたのは、町中に建てられた一件の武器屋。冒険者向きのショートソードや盾を始め、鉄の武器が幾つも並べられた店だ。


 多くの屋台が並ぶ広場とは違い、町中に店を構えていることから、それなりに収入の見込める武器屋なのだろう。武器の修繕や買取りなども行っている店だった。


「改めて、俺はこのあたりで武器屋をしているジェフだ。まぁ、店の中を見ればそれはわかるよな?」

「それはまぁ……。それで、本当なのか? 武器を格安で譲るって言うのは……」


 武器屋で水を出され、商談を始めるジン。

 一緒に付いて来ていたクロは物珍しそうに、陳列されている武器をしげしげと見ていたが、基本的に武器は銀貨が数枚必要になる。


 特に店で陳列されている業物にもなれば、帝国金貨での支払いが必要になる程の高額であり、さすがにクロも手に取ろうとはしていなかった。


 仕入れの商品について悩んでいたジンに対して、ジェフが持ちかけたのは、この商店で買い取った幾つかの武器をジンに対して格安で売るという話だ。


 ジェフがジンに示したのは、二十から三十本の剣が箱に入った三つの木箱。その全てに同じ形状の剣が何本も入っていたのだ。


 そのうちの一本を手に取ると、掌に感じるのはズシリとした鉄の重さ。切れ味は鈍そうだが、切りつければ肉を切り裂き、骨をも砕くことができるだろう。柄頭に本来なら刻まれている印章――、生産国を示す証こそ削り取られているが、武器としては充分だった。


「こんなにあるのか? でも、なんでこんなに剣を?」

「このあたりで盗賊がでるって話を聞いたことはあるか? 街道を走る商人の馬車を襲っては、商品を強奪していくのが奴らのやり方なんだが、この剣はアイツらの使っている剣なんだよ」

「なるほど。それで印章も削り取られているのか……」


 聞けば、多くの商人の集まるセーネに向かってくる馬車を、盗賊達が襲っているらしい。商人達を殺したりすれば、本格的なフォルンの領の領軍が出てくる事になりかねない為、あくまでも商品や金品の強奪にとどめているらしいが、冒険者達はその盗賊達を狩っているそうだ。


「このあたりにいるモンスターを狩るよりは、その方がずっと効率が良い。盗賊は捕まえれば犯罪奴隷として売り払えるし、蓄えていた金品中も冒険者の懐にはいるからな。ただ、問題は盗賊達の使っていた武器なんかの扱いだ。ギルドでは剣を売ることができないから、俺みたいな武器屋に売りに来ることが多いんだが、そろそろ倉庫を圧迫し始めたんだ」


 ジェフの示した木箱の中の剣は、確かに一日や二日で手に入るような量でも無い。随分と売れ残っているのだろう


「なるほど。でも、それなら売ってしまえばいいんじゃないか? 冒険者なら、セーネの町にも立ち寄るだろう?」

「あ~……。そうだな、新米の冒険者であれば買ってくれるかもしれん。間に合わせの武器程度に使うなら充分だ」

「だったら――」

「だがセーネに新米冒険者なんて殆ど来ないし、今来ている冒険者達は大抵は自前の武器を持っている。自分の武器よりも性能の劣る量産型の剣なんて必要は無いだろう? だからこの剣は殆ど売れないんだ」


 言われて思い出すのは街の冒険者達。

 確かに彼等は自前の武器を持っているにも関わらず、街の外に狩りに出ようとしてはおらず、休息の為に町に立ち寄っただけに見えた。


「だから大型馬車なんかで来た商人に声を掛けて、剣を売りさばいているんだ。竜の引く竜車なら、剣の入った木箱だって軽々と運べるだろう?」

「たぶん大丈夫だ。けれど、さすがに木箱で三箱分の剣となると、こっちも買い取るのは難しいな」

「あぁ、それについても問題は無い。俺にとっても倉庫を圧迫するだけの、商品価値のないものだからな。剣一本につき、小銀貨で五枚で手を打とうじゃないか」


 ジェフの言葉に目を丸くするジン。


 それもその筈、剣などの武器はその価値が幅広いが、木箱に入っている量産型の剣であったとしても、通常は銀貨一枚が必要になる。それを小銀貨で五枚というのは、実質的には半額で良いと言うことだ。


「お前さんは、ここからフォルンの街へ向かうんだろう? 街には領軍や、駐留している帝国軍もいる。フォルンも最近は隣国と小競り合いをしているし、軍も剣なら買い取ってくれるだろう。その時は正規の値段で売ってしまえば良い」


 ジンに話しながらニヤリと口角を上げるジェフ。ジンにとっては、これ程割の良い仕入れは初めてだった。


(塩が完売した利益と、先行投資として蓄えていた資金を使えば……)


 手持ちの計算をしながら考えれば、幾らかの余裕を残して三つの木箱に入った剣を買い取ることは可能だろう。


「悪い話じゃないはずだ。お前さんはフォルン領で剣を売りさばいて大もうけができる。俺は倉庫を整理して、売り物にならない剣が始末できる。こんな好条件はないだろう?」

「……そうだな。わかった、剣を買い取ろう」


 ジェフの言葉にジンが頷きを返すと、二人は商談の成立として握手を交わす。結局、ジンはこの日、剣一本あたりに小銀貨五枚として、百本近くの剣を買い取ることになった。


「それじゃあ、竜車まで運ぼうか? 何人か人をよこそう」

「あ~……、それもたぶん大丈夫だ。クロ、これを運んでくれるか?」


 支払いを終えて、退屈そうにしていたクロに声を掛ける。

 すると頼られたことが嬉しいのか、クロは明るい笑みを浮かべると、軽々と三十本程の剣の入った木箱を持ち上げていた。


「こ、こいつは驚いた。この亜人の子は、凄い力を持っているんだな」

「これくらいなら簡単だよ」


 言いながら店と馬車を往復して、三つの木箱を馬車へと運ぶクロ。

 そして二人は仕入れを終えると、その日は宿で一泊し、翌日の朝にはセーネの町を離れ、フォルンの街へと向かったのだった。


 ………………。


 フォルン領の中心街はセーネの町から馬車にのって半日程度の場所に建てられている。荒野の多い領内の中、街はセーネよりも大きなオアシスを中心に建てられた城塞都市だ。


 周囲を巨大な堀に囲まれている為、街に入るには北側の整備された道を行くしか無く、戦争が起これば籠城戦には持って来いの守り堅固な城だっただろう。


 しかし、実際のヘルテラ帝国の侵攻の際には、当時のフォルン領・領主が無血開城したこともあり、城や街、そこに暮らしていた人々にも被害がなく、周囲の戦争を行っていた領地に比べれば、領内の治安は比較的安定している。


 ヘルテラ帝国の傘下に入ってからは隣国である教国との国境線が接している為、小競り合いが絶えない常態に続いていたが、フォルン領軍や帝国駐留軍によって、領地は守られている状態だった。


「こうやって見ると、セーネよりもずっと立派だよなぁ……」


 街の守りを担う門には、武装した兵士が立っており、その手には長い槍が握られている。


 その状況にさすがにクロも緊張をしたのか、先日のセーネに突撃したような勢いはなく、竜車は誘導されるままに門の中へと招き入れられた。


「行商人か?」

「はい。セーネの町からやって来ました」


 衛士の言葉にジンが答えると、ジロジロと値踏みをするように彼を観察する衛士の男。


 そして彼が指示をすると、荷を検めるとして二人の衛士が竜車の中へと入っていく。しかし、問題が起こったのはその直後だった。


「隊長、こいつらは隣国の商人に違いがありません。ご覧下さい」


 竜車の中を検めていた男の一人が血相を変えて飛び出してきたと思ったら、その手にはジンが仕入れた剣が握られていたのだ。見た目には何の変哲も無いただの剣。何か違いがあるとすれば、盗賊達が使っていた為、印章が削り取られていた。


「竜車の中にはこれと同じ物が入った木箱が三つ。街中に武器をバラ撒くことを企てているに違いありません!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 何かの間違いだ!」


 検問の衛士の言葉に焦ったのはジンだ。まさか、積んでいた剣が問題でトラブルになるなどとは思っていなかったのだ。


 しかし、ジンが馬車から降りた瞬間、彼に向かって向けられたのは衛士達の鈍く光る刃だった。


「抵抗は止めろ。教国の手先め」


 ジンに衛士達と戦う力は無い。護身程度に短剣をもってはいるが、抜刀したことなどほとんどなく、ただの飾りとしての役割だ。


(どうする? どうしてこんな状況になった? 手に入れた剣が隣国の物? 理解ができない?)


 突然の状況に理解の追いつかないジン。しかし、ジンは先にこの状況下ではクロに気を配る必要があった。気が付けば、クロは既に暴発寸前の状態。剣を向けられたジンを見て、怒りを露わにしていた。


「ニイサマニ、ケンヲムケルナァァッ!」


 響き渡る黒竜の咆哮。その勢いに気圧されたのか、たじろぐ衛士がいる中、明らかに敵対的な行動をとったクロに対して武器を構える男達。


「ガァァァァァァァッ!」


 クロが爪を振りかぶり、男達に向けて振り下ろそうとする。


「クロ、止めろ!」


 しかし、そんなクロを止めたのは両手を広げたジンだった。今まさに振り下ろされようとしていた爪がジンの目の前で止まり、クロが動揺したように動きを止める。


「ニ、ニイサマ……、ナンデ……。コノヒトタチハ……」

「落ち着け。たいした問題じゃない。何か誤解があるだけだ」

「デ、デモ……」


 可能な限りいつも通りに振る舞いながら、微笑みさえ浮かべて語り掛けるジン。その様子に、ようやく落ち着きを取り戻したのか、クロが爪を引く。


「とりあえず……、事情を話したい。武器を引いてくれ」


 クロを宥めながら、男達の指揮官らしき男に語り掛けるジン。その言葉にようやく男達が武器を引くと、彼はそのまま門から連れて行かれる。

 クロはその後ろ姿を見送り、力なく項垂れていた。

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