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第2話:セーネの町の商売と岩トカゲの串焼き

 翌日、昨日に引き続いて町の広場で商売を始めたジンは目を白黒させていた。理由は簡単、朝早くからジンの馬車にセーネの町に立ち寄っていたと思われる商人の人々が殺到したのだ。


「えっと、塩ですね。五袋で小銀貨十枚、もしくは銀貨一枚になります」

「兄様、追加の塩も並べるね」


 勘定に追われるジンと、甲斐甲斐しく樽に入った塩を運んで働くクロ。正午の鐘が鳴るよりも早くに塩は完売し、竜車に積んでいた樽の中は空っぽになる。ジンとしては今回の商売は大成功だった。


「兄様、これで今日は美味しいご飯が食べられるね」

「ああ。これならしばらくは宿や食事には困らなそうだ。結構な資金もできたし、新しい商品を入荷したらフォルンの街に行けそうだ」


 何枚もの小銀貨や銀貨、あるいは金貨の入った革袋を手に、昼食を探しながら街に出るジンとクロ。二人は手を繋いで町の幾つかの店をまわっていく。


「それで兄様、今度は何を仕入れるの?」

「そうだな。セーネでほとんど塩が売れたおかげで、資金についてはかなり余裕ができた。この勢いで燻製とかの保存食も売ってしまうのもいいが……。とりあえずは目玉商品になる物の仕入れが優先だ。売り物が燻製だけじゃ、大きな収入は見込めないからな」


 言いながら町を歩くと、不意にクロがクンクンと何かの匂いに気が付く。クロが匂いにつられたようにフラフラと向かう。


 そしてある屋台の前で立ち止まれば、その屋台ではどうやら串焼き肉を売っていたようで、肉に付けていたソースの焼けた匂いが屋台を中心に周囲に漂っていた。


「兄様、これ! これがいい! これを仕入れよう!」

「いや、さすがに串焼き肉は……」

「こんなに美味しそうなのに? 何で?」

「日持ちがなぁ……。素材を仕入れることもできるが、それでも行商にはやっぱり向かないからなぁ……」

「うぅぅ~~~~っ」


 屋台に並ぶ串焼き肉を見て目を潤ませるクロ。そんな彼女を見ていると、さすがのジンも買わないとは言えない。


「すみません……、この串焼き肉を二本……」

「兄様! 買ってくれるの?」

「昼飯代わりにな」

「わ~いっ♡ 兄様、大好き~~~♪」

「串焼き一本で小銀貨一枚か……。けっこう割高だな」


 満面の笑みを浮かべるクロに買った串焼き肉の代金を払うジン。

 一般的な食堂にでも行けば、銅貨が三枚もあれば充分な昼食を食べることができるだろう。ただの串焼きに三倍の値段が付いていることに、少し驚いてしまう。


 それでも美味しそうに串焼きにかぶりついているクロを見ながらジンも肉に口をつければ、ソースの濃厚な香りが鼻腔をくすぐり、噛んだ肉がほろりと口の中で溶けるようにほぐれていった。


「どうだい? このあたりの名産、岩トカゲの肉は美味いだろ?」


 ジンの反応を見て、屋台の店主がにこやかな笑みを浮かべる。そんな彼にジンも素直に頷きを返していた。


「あぁ、正直驚いてる。昨日の宿屋で食った牛よりも、ずっと柔らかいんだな」

「そりゃそうだ。ここに運ばれてくる牛肉なんかは、届く前に火を入れられたり、燻製をしたりと、日持ちするようにされているものがほとんどだ。それに比べれば、現地調達の岩トカゲの方が鮮度は上だし、ずっと柔らかい。ただの塩焼きでも美味いが、うちは塩をベースにした秘伝のソースも使っているからな。そこらの屋台の中じゃ一番だよ」

「兄様、お代わり!」


 ジンが店の店主と話している間に、串焼きを食べたクロがジンにねだる。しかし、店主はそんなクロに困った顔をしていた。


「悪いな、嬢ちゃん。串焼きは二人に売った分で最後だったんだ。燻製焼きとかなら出せるが……」

「あぁ、良いですよ。クロ、俺のを食べても良いぞ」

「ふわぁぁっ♡ ありがとう、兄様♡」


 ジンが一口食べた串焼きを渡すと、やはり嬉しそうに肉にかぶりつくクロ。随分と岩トカゲの肉が気に入ったらしい。


「悪いな。ここ連日、ちょっと岩トカゲの入手が難しくなっていて……」

「そうなのか? こんなに美味いのに……。数が少ないとか?」

「いいや。岩トカゲなんて町の外に出ればいくらでも手に入る。ただ、狩るのに問題があるんだよ。アイツらの皮膚は岩みたいに硬いから、冒険者にとってはあんまり良い獲物じゃないんだ。トカゲって言っても竜種の端くれだから魔法耐性も持っていて、魔法で倒すにも時間が掛かる。かと言って剣や斧なんかの自前の武器を使えば、使い続ければ刃こぼれしたり、折れたりする可能性がある」

「もしも武器が破損したら、その修理費次第では赤字になるのか」

「そういうことだ。だから町には何人も冒険者がいるんだが、そいつらはわざわざ岩トカゲを狩ろうともしない。街の領主様も岩トカゲの討伐をギルドに依頼しているみたいなんだが……。報酬も多くはないからな。依頼を受けてくれる冒険者を探すだけでも難儀してるって話だ」

「なるほど。それなら、串焼きの値段にも納得がいくな」


 クロが言ったように、串焼きそのものを商品として仕入れるのは現実的ではないだろう。けれど思い出すのは、道中にいた多くの岩トカゲの姿。


 もしも効率的に狩ることができるなら、商品として扱うことはできないだろうかと、ジンは一考する。


 クロに言えば、おそらくは竜の姿で岩トカゲを追い回してくれるだろう。だが、ジンとしてはできればクロにそんなことをさせたくはない。だとすれば冒険者を雇う必要があるだろう。


 そうなれば、ただ狩るにしてもコストが高くなってしまうのは避けられない。日持ちなどを考えても、現実的な話ではなかった。


「ご馳走様でした」


 二本の串焼きを食べたクロが満足したのを確認すると、ジンは別に燻製焼きをたいらげ、再び町の市場へと出て行く。


 それから何件もの商店を訪れたが、やはり商品としてめぼしい物は見つからず、気が付けば日が暮れ始めている。


 幾つかの商店が店じまいをしているのを見ると、今日の仕入れは難しそうだ。だが、そんな時だ――。


「おお、アンタが竜に馬車を引かせているって噂の行商人かい?」


 そろそろ宿屋へ戻ろうとしていたジンに、一人の男が声を掛ける。彼はニヤニヤと笑みを浮かべながらジンに近付くと言ったのだ。


「どうだ? 美味い商売の話があるんだが、興味は無いか」とーー、


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