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プロローグ:クロと奴隷の子供達・後編

「遅かったわね」


 数時間掛けてジンが村に辿り着いた時、そこには不機嫌そうな表情の少女が彼等の到着を待ちわびていた。


 金色の長い髪に空色の青い瞳。着ている服はそこらの庶民が着ている服では無く、どこかの貴族がきているような豪奢な衣装。見た目には荷台に乗っている子供達と変わらない年齢に見える少女が、腕を組んでジンとクロをジロッと睨みつけていた。


「これでも急いで帰ってきたんだけど? 退屈なら手伝ってくれても良かったんじゃ無いか?」

「冗談でしょ。こんな利益も出ないような慈善事業……」


 ジンの言葉に毒づく少女。そんな彼女に向かって、今し方まで馬車を引いていたクロが人の姿に戻り、ミラに抱きついていた。


「ミラ姉様、クロ……ちゃんと言われたとおりにできたよ。偉い? 偉いよね? 姉様、頭撫でて♪」

「ちょっ……、クロ。止めなさい」


 甘える仕草を見せるクロを相手に、僅かにたじろぐミラ。そしてそんな彼等を尻目に、荷台から次々と子供達が降りる。すると、彼等を出迎えるように、村の家屋から人々が現れ、子供達の肉親と思える人々が、解放された子供達を抱きしめていた。


「これ……どうなってんだ? クロとか言ったな? お前、いったい何者なんだ? それにこの連中は……」


 そんな中、クロに声を掛けたのは、牢屋の中で最年長だったロックだ。


「だから、兄様が助けてくれるって言ったじゃ無い」とクロは胸を張ってみせる。ただ彼は自体が飲み込めていないようだった。


 ……………。


 ジンとクロ、そしてミラが乗った馬車が村に辿り着いたのは、つい数日前のこと。彼等が来た時には村は殆ど壊滅状態で、怪我人が多数。


 村人はそんな中で現れたジン達に今は使われていない廃墟となった砦に住みついた盗賊達に、子供達が攫われたと訴えたのだ。


 村の様子を見て、彼等を放っておけないと言ったのはジンだ。数年前には一度戦禍に見舞われた村で、それでも生活をしていた彼等を彼は何とか助けたいと考える。


 もっとも、ミラだけは無関係だと取りあおうとはしない。


 元々上流階級に産まれ、損得勘定でジンと行動を供にしている彼女には村の人々を助ける理由も義理も無かったのだ。もっとも、子供達を攫った盗賊達に懸賞金が掛けられていることを知れば、当面の旅費を稼ぐ為にも盗賊達を一網打尽にしようと言い始めたのだが。


「いや、子供を救うのは賛成だが、どうやって盗賊達を倒すんだ?」

「簡単よ。竜になったクロが突っ込めば、盗賊くらいどうってことないでしょ? 砦の盗賊達に止まったら死の鬼ごっこをしてやればいいわ」

「……お前には人の心が無いのか」


 ミラの無茶苦茶な提案にジンが苦言を漏らせば、「じゃあどうするのよ」と不満を口にするミラ。


 確かに地竜になったクロなら盗賊の相手はどうにでもなるだろう。しかし、ジンはクロに戦わせるつもりは無い。それはあくまでも最終手段にしたかったからだ。


 現実的に盗賊達を一網打尽にする一番確実な方法は、近隣の街の軍に彼等の根城を伝える事だろう。


 近隣に住みついた盗賊を殲滅しようと軍が攻め入れば、廃墟同然の砦などいとも容易く灰燼に帰す。只その場合。攫われた子供達に被害がでないとも限らない。先に子供達を連れ出す必要があったのだ。


 そこでジンが考えた作戦は、子供達を引き取りに来るであろう奴隷商を先に抑えること。そして奴隷商人に扮して子供達を引き取ることだったのだ。


 案の定、2日も砦に続く街道で待ち伏せをすれば、ジンが想像したとおりに檻付きの馬車が街道に現れて、村人と協力して馬車を奪う。


 その後、クロを砦近くの森へと向かわせれば、彼等はジンの思惑通りに無力な少女に見えるクロを、珍しい亜人の子供だと勘違いして捕らえ、砦へと連れ帰ったのだ。


「クロを盗賊達に引き渡すなんて、あなたも充分な人でなしじゃない」

「盗賊達はクロを手荒に扱ったりしないよ。傷物になれば、売値が下がるのは分かっているだろうからな。それに、クロがいればいざという時は子供達を護ってくれるだろう? あの子程優秀な護衛はいないさ」


 今回の作戦を立てたジンに苦言を呈すミラにジンが確信を持って応える。そして、彼の思ったとおりクロに被害はほとんど無く、子供達は全員無事に盗賊達の元から連れ出されたのだった。


「ったく……。只でさえ売り上げが少なかったのに。これじゃあコスパが見合わないじゃ無い……」


 村の人々共に街の軍に盗賊達が砦にいることを伝えたのはミラだ。さすがに全額とはいかないまでも、懸賞金の一部は払われたのだろう。幾らか金貨の詰まった袋を彼女は手にしている。


 そして子供達を助けてくれた報酬として、村の人々が持ち寄った金貨や銀貨、銅貨の詰まった袋がミラの手元には集まっている。全て集めれば、今回ジンが盗賊達に最初に渡した金額よりは多くなっている筈だ。


 しかしジンは、そんなミラに言いにくそうに語る。


「すまん……。実はな、今回の作戦は赤字になった」と――。

「なっ……!」


 その言葉に絶句するミラ。顔を赤くしてジンに詰め寄る。


「ちょ、ちょっと待ちなさい! 私の計算じゃあ、子供達を買い取っても充分な金額が手に入ったはずでしょ? それなのに、どうして赤字になるの? あんた……、今回は何をしたの?」

「あ~……、実はな……」


 子供達を引き取る直前に盗賊達の頭が、亜人のクロがいることを理由に値をつり上げたことを白状するジン。そして、彼が当面の旅費として預かっていた金貨を渡したことを話すと、ミラは開いた口が塞がらなかった。


 ジンに渡していた金貨の金額は、この村に住む人々なら一月はゆっくりと暮らすことのできる金額。それを子供達を無事に救う為とは言え、盗賊達に渡してしまったと聞けば、ミラの想像していた損失を軽く超えてしまっていたのだ。


「あ、あなた……、馬鹿なの? 曲がりなりにも商人なら、損得勘定くらいはできるでしょ? クロを引き取る為の値下げ交渉くらいしなさいよ!」

「いや、けっこう怪しまれてたし、時間をかければクロだけは渡さないとか言い出しそうだったしな。まぁ、必要経費って事で……」

「度が過ぎてるのよ! この先の旅費はどうするつもり?」

「まぁ……、すまん」


 さすがに悪いと思ったのかジンが素直に謝る。しかし、そんな彼等の前に歩み出たのは、一人の少女。それは、ロックと達と同じように捕まっていた一人の少女だ。彼女は深く感謝を伝えると、口論をしていた二人に提案する。


「そういうことでしたら……。私がお力に慣れると思うのですが……」


 そんな彼女の言葉に、ミラとジンは目をしばたかせていた。


   ●


 一方で完全に崩れ落ちた砦では、街に所属する衛士達が瓦礫と化した砦に残された盗賊達を捕らえていた。


 衛士の男達は激しい攻撃の中でどうにか生き残った男達を捕らえると、彼等を引き立てていく。そして同時に、攫われていた人や、奪われた私財の調査をしたが、攫われたと思われる人は一人もいなかった。


「攫った子供達をどこにやった!」


 近隣の村から子供達が攫われたと被害届が出されていた為、盗賊達を尋問する衛士達。しかし、盗賊達の頭から返ってきた言葉は、奴隷商の男が子供達を買い取っていったというものだった。


 その言葉に彼は手遅れだったかと顔を青ざめさせる。しかし、その奴隷商人の風貌が灰色の髪をした優男だと聞くと、衛士達を率いていた上官の男は黙考する。


 戦闘中には砦から逃げるように走り去っていく黒い地竜も目撃されていたことで、彼は一人の男を思い出し、その名前を口にしたのだ。


「今回の出来事も、お前が思い描いた通りだったのか、ジン?」と――。


 思い出すのは十代で軍の参謀にまで上りつめた一人の青年の姿。


 今となってはどこにいるのかも知れないが、彼がこの一件に関わっていたのなら、軍の攻勢を前に子供達が砦から連れ出されたのも頷ける。


 今はどこにいるのかも別れない戦友を思いながら、彼は街へと戻っていくのだった。


   ●


「それじゃあ、今日はたっぷり飲むわよ♪」


 村に子供達を送り届けたジン。その夜、村では彼等に感謝をと、ちょっとした宴会が行われていた。木製のカップを手に、上機嫌でエールを煽るミラ。それもその筈、ミラノ目の前には、いかにもたくさんの金貨の詰まった革袋が置かれていたのだ。


「……ったく、現金な奴だ」


 ジンとクロが助け出した子供達。その中にいた身なりの良い少女は、この近辺で商いを行っている商家の一人娘だったらしい。聞けば、街へと帰る途中で馬車を襲われ、盗賊達に囚われたらしい。


 そして彼女がジンによって盗賊達から救われたのだと両親の元へと送り届ければ、その働きに見合うだけの報酬が支払われ、今回の一件での赤字は一気に黒字になったのだ。


「ミラ姉様、上機嫌。クロも飲みたい」

「お前にはまだ早い」


 エールを一気飲みするミラを羨ましそうに見るクロ。そんな彼女からエールを取り上げつつ嘆息するジン。そして彼が宴会場を見れば、そこかしこで家族との再会を喜んでいる子供達の姿があり、その中には牢屋の中で悲嘆に暮れていたロックの姿もあった。


 もしも彼が未だ帝国軍人だったのなら、この光景はきっと見ることができなかっただろう。


「なに辛気くさい顔してるの?」

「いや、どっかの貴族令嬢が考え成しに酒をがぶ飲みしているから、明日の朝は二日酔いで苦しむだろうと思ってな」

「これくらいどーってことないから! あんたももう少し飲みなさい!」


 賑やかな村での宴会の中、ミラに絡まれる夜は更けていく。


 そして翌朝、宴会場で眠ってしまったジンの隣には、黒い竜の少女と金髪の令嬢が同じように安らかな寝息をたてていた。目が覚めたジンとミラが二日酔いで苦しんだのは、また別の話だ。

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