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3-4

 「僕」の考えが伝わったのか、主任が一歩こちらに歩み寄る。

「処分とは言ったが、ただ処分するだけではもったいない。今後のために解剖でもしないと……」

「何をバカな!」

 「僕」達の会話を聞いていたタカユキが叫んだ。

「こいつはこいつだろ! お前らの実験で思い通りの結果にならなかったからと言って殺すのか? これが公になれば――」

「このプロジェクトは国が認めている。人類が『死』を克服できるのなら多少の犠牲は厭わん、とな」

「な――」

 国に認められている、だから被検体である「僕」の命はどのように扱ってもいい、ということなのか。そんな人道に背いたことを、国が認めるとは……。

「どうせ失敗作だ。それに君の代わりはいくらでもいる」

 ぐるりと設備を見回し、主任が言った。さっき抽出した記憶を受け継いだ次の君が何事もなかったかのように社会に戻るのだ、と。

「しかし、そうは言っても『次』はここにいるとしてもその次が必要になった場合、どうするんだ。クローンじゃない、と考えるなら――」

 タカユキが思わず尋ねる。

 勿論、今の「僕」を死なせるわけにはいかない。だが、簡単に被検体を殺せるほど「僕」にストックがあるとも思えない。クローンではないという以上、何かしらの手段で「僕」の代わりを用意することになるがそれはどうやって。

 よく考えろ、と「僕」は自分に言い聞かせた。

 主任の言葉から、真意を推測しろ。

 「次」はあったとしても「その次」はない。

 ただのブラフの可能性は高い。それでも、ブラフという確証はない。

 「次の僕」を研究所に閉じ込める? いや、そんなことを行うはずがない。「今の僕」が社会に出ていたことを考え、さらに「国が認めたプロジェクト」ということを考えると「記憶転写された僕」が社会に出るのは一つのモデルケースとしてのはず。社会生活を送ることへの影響を調査していたのなら研究所に閉じ込めることはない。それにただの記憶転写実験だけなら被検体を生かし続けることもましてや不安要素の多い社会に送り出すこともないはず。

――何がある。

 クローンでもない、隔離もない。次を調達することができる。

――まさか。

 いや、そんなことありえない。あり得るはずがない。

 そんなことがあっていいはずがない。

 「僕」が本当に別人なんて、考えるだけでもおぞましい。

 しかし、それでも納得できるのだ。主任の言葉が。

 「人道的になる」ということは、つまり――。

「金のために自分の命を売る人間なんてごまんといるんだよ、今の世の中」

 「僕」もタカユキも声が出なかった。いや、出せなかった。

 ――国は、人身売買ですら認めているというのか――。

 そういうことなのだろう。家族か何か理由があり、金銭が必要な人間が自分の命と引き換えに幾ばくかの金を得る、そして全てを――「自分が存在したという証」全てを奪われ、「僕」として再生されるのだ。

 体格さえある程度合えば顔など整形でいくらでも変えられる。だから親友のタカユキですら騙されたのだ、と。

 それなのに。

 タカユキは「僕」を庇うように前に立った。片手で「僕」を制するように、そして主任を睨みつける。

「『彼』を渡したまえ。君には何の関係もない赤の他人だ」

 主任が「僕」に向け、片手を差し出しながら言う。

 「僕」にはもう何もないのだと。

 そう言わんばかりの顔で、タカユキにどけと要求する。

「ふざけんな! お前は別人というかもしれないが! こいつは俺の友人だ! 今も昔も変わりない!」

 だからお前になんか渡さない、とタカユキは「僕」の腕を掴んで走り出した。

 部屋を出てしまえば、もしかすると逃げられるかもしれない。

 しかし、部屋の出口は主任の方が近く、「僕」は明らかに袋の鼠だった。それにこの部屋から出られたとしてもこの病棟――研究棟の構造は主任の方が詳しいだろう。「僕」たちは、少なくともタカユキは初めてここに来た。「僕」は初めてではないが眠らされているときに連れてこられたため、建物の構造を知っているはずがない。仮に出られたとしてもすぐに道に迷い、捕まるのが目に見えている。

 万事休す、ここまでなのか、とタカユキも思ったその時。

「逃げて!」

 突如、アカネの声が響いた。同時に「僕」と主任の間に何か赤いものが飛来し、直後、辺りがまっ白い煙に包まれる。

「な……消火器!?」

 消火器が吐き出した消火剤で視界が閉ざされ、その場にいた全員がうろたえる。「僕」もその例に漏れなかったが、すぐに腕を掴まれる。

「こっちよ!」

 アカネに腕を掴まれ、「僕」はタカユキの姿を探した。腕は掴まれていたがそれでも姿が見えないだけで不安になる。

「大丈夫だ、俺はここにいる」

 すぐ横でタカユキの声が聞こえ、「僕」は誰にも見えていないのに頷いた。主任が「僕」を探すが、捕まる前になんとか部屋を飛び出す。そのままアカネに連れられ、「僕」は病院を、いや、研究所を脱出した。

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