しかし、どうするんだよ、とタカユキが問う。
「あいつは何かお前のことを知っているようだった。お前は知りたいと思わないのかよ」
そう言われて、「僕」は考えた。
「僕」はどうしたいのか。
真実は気になる。「僕」のことを何か知っているのなら、聞いてみたい。だが同時にそれを拒絶する「僕」がいる。知ってはいけない。知ってしまえば何もかも失う、と。
タカユキは気になって仕方がないようだったが、それでも「僕」に無理強いしようとはせず、
「まぁ、どうしても知るのが怖いってなら無理は言わんが。だが、それでいいのか?」
そう、尋ねてきた。
知りたい。「僕」に何かあるのなら、はっきりさせたい。
それでも、踏み出すことが怖い。
やめろ、知ってはいけない、と「僕」の心が叫んでいる。
知りたい。怖い。
感情がぐるぐると、頭の中を駆け巡る。
このまま諦めれば今までと同じ生活を送ることができるだろう。それでも、「何かある」と心に抱えたままで、それはできるのか。
そこで、何故か思い出す。
――「人間」とは強欲な生き物だ。たとえ他人より幸福な人生であったとしても満たされていなければその時点で幸せだった、よかったと認識することができない――。
まただ、と「僕」は思った。
あの、退院直前に開いた、それ以前から何度も読み返していたらしい哲学書の一部。
そしてその本文通りの状況となっている、そんな気がする。
何も知らずとも、「僕」は幸せに生きてきたし生きていくことができるはずだ。それなのに今、「満たされていない」と考えている。「満たされていない」と思っているから、今この瞬間を、幸せだと認識していない。
「僕」は「僕」について知ることができたら満たされるのだろうか。
その真実が知ってはいけないものであっても、「僕」は満たされるのだろうか。
直感で思う。それはノーなのだと。
知れば逆に不幸になるのだと、心のどこかでは理解している。
逆に知らない方が幸せなのだと、そう理解しているはずなのに。それなのに「僕」は思わず頷いていた。
知りたい、と。
そうか、とタカユキが頷く。
さっきまで無理強いはしないものの少し強引にどうするか聞いてきていたタカユキは「僕」の決断に「大丈夫か?」と確認してきた。
もう一度、「僕」は頷いた。
知りたい、と。
それに対してタカユキは「分かった」と頷き、自分の考えを口にした。
「ここで引き下がるのをやめたわけだ、多少は無茶するぞ?」
もう一度、「僕」は頷いた。
「だったら言う。あの病院に忍び込む。見つかれば不法侵入、せっかく新社会人になったってのにいきなりクビになるのは覚悟しとけよ」
それは覚悟の上だ。それで今後の行く末が茨の道になったとしても、「僕」は決断した。
知りたい。真実を、全て。
それよりも、タカユキが「僕」に巻き込まれていることが申し訳ない。「僕」が真実を知るために、いや、何も分からずただ職を失うだけに終わるかもしれないのに付き合ってくれる。そんなことを言えば「どうせ俺が勝手に気になっただけだ」と笑いそうだが、それでもタカユキは「僕」にとって大切な親友だった。
やると決めた、だからもう逃げたりはしない。
タカユキが周りを見て誰もいないことを確認してから口を開く。
「夜まで待とう。夜に、あの病院に忍び込む。夜ならまだ手薄だろうしあいつらもいないだろ」
その通りだ。夜なら、比較的忍び込みやすいだろう。
タカユキの意見に乗り、「僕」は夜まで待つことにした。