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第59話

三人の殺気が飛び交う中、突如として酔っぱらいが乱入してくる。

真紅の月光の下、死の気配が漂う中で、唯一ふらついているのは我が父。対照的すぎて笑えるほどだ。

まぁ笑えないんですけどね。


兄もカフォンくんも、カルネヴァーレですら顔をしかめる。三者三様の「うわっ、なんだこいつ」という表情が、一瞬だけ彼らを団結させた。

共通の敵の登場により、殺し合いの空気が一時停止する瞬間。まさに「酔っぱらいの力」とでも言うべき奇跡だろう。


「おいおい、何やってんだお前たちぃ……んん~?」


そして父(らしきもの)はカルネヴァーレの姿を認めると、にへらと笑い、肩をバンバンと叩いた。

吸血鬼の女王を前に、まさに神をも恐れぬ所業……。私は初めて父を尊敬した。まぁ、軽蔑寄りの尊敬だが。


「おーう、カルネちゃんじゃーん!数百年ぶりだねぇ!ぎゃはははは!!」


酔っぱらいのくっさいアルコールの混じった息を嗅いだカルネヴァーレは顔を顰め、父の手を払いのける。

その表情には、高級レストランに現れた酔っぱらいを見る貴婦人のような軽蔑と、同時に触れられたくないという明白な嫌悪が浮かんでいた。


「元気してたぁ?俺はこの通り、元気してたぜぇ……うひうひ。エルフの国の王様なんてねぇ~、毎日が酒池肉林よぉ~。羨ましいかぁ?」

「……」


彼女はゴミを見るような目つきで我が父を見ている。いや、マジでゴミなので、当たり前か。汚れた人間の手を見るような軽蔑と、池に浮かぶ藻を見るような嫌悪が混ざった表情だ。

なお、私もカルネヴァーレ氏と同じ目付きで父を見ている。


「……久しぶりだな、セーロス」


カルネヴァーレは何とかこの汚物と挨拶を交わそうと努力している。なんて素晴らしい御人だろうか。

もし私が彼女だったらなんだこのゴミは、と吐き捨てて父を抹殺しようとするだろう。世界の支配者を名乗る彼女が、酔っぱらいの王に対して最低限の礼儀を保とうとする様子は、ある意味感動的だ。

どれだけ恐ろしい存在であろうと、社交の場での最低限のマナーというものは存在するらしい。


「セーロス……?おいおいおいそんな他人行儀な呼び方じゃなくて昔みたいに呼んでくれよぉ?セーちゃん、てなぁ?うひひひ!!!あの頃は毎日楽しかったよなぁ~!今じゃすっかり他人みてぇな扱いだなんてよぉ!」

「……」


彼女は困惑した様子で父を見ていた。それは話の通じない酔っ払いのオヤジを目にしたかのような、蔑むようなそんな視線だった。

ゴミから迷惑な酔っぱらいへと昇格した父を、彼女は冷たい目で見下している。

父はそんなカルネヴァーレに対し、泣きそうな顔で訴えかけた。


「数百年ぶりだろぉ?俺ぁ悲しいぜぇ……あの熱い友情の日々を忘れちまったってのかい……?互いに互いを殺しまくったあの狂おしい戦をよぉ……アイツを殺して、コイツを殺して、それでもまた翌日には再生してやり直す……あぁ、なんて楽しかったんだろうなぁ~♡」


──な、なに言ってるんだ、この人は……?酒の飲みすぎてヤバくなってるの……?


互いに殺しまくったという言葉を友情と一緒に使う父の精神構造が、まったく理解できない。

というか、これじゃあ、狂った兄と同類の台詞……い、いや……そんなわけがない。そんなことがあってたまるか!

兄みたいな狂人が二人いたら、この世界(私の主観)は滅亡してしまう!


そんな私を他所に、父はおいおいと泣き始めた。二歳児のように大きく口を開けて、涙と鼻水を垂らす国王。


「おい、この汚物はなんだ?貴様らの父じゃないのか?それとも王宮に侵入した浮浪者の酔っぱらいか?だとしたらすぐにでも処分するが」


カルネヴァーレがそう指摘すると、兄アイガイオンとカフォンは無言で目をそらし、各々の席に優雅に戻る。

まるで知らない人ですというカードを同時に出したかのような完璧な連携プレー。いつもは仲が悪い兄弟だというのに、こんな所だけは息がぴったり合っている。

そして、何事もなかったかのように料理に手を付け、雑談を再開する。どうやら二人とも父の存在をないことにするらしい。

さすがは私の兄弟たち、現実逃避の技術が高い。父親の問題行動より食事を優先するとは、とても健全というか、狡猾というか。


「ところでカルネヴァーレ。テメェの息子は何処だ?エルミアのお見合いだというのに、一向に姿を見せないじゃねぇか」


話題を逸らすように、兄がそう言った。

あ、本当に視界に入ってなかったのね。さっきまで私と会話してた青年の存在は兄の脳味噌から消え去ったようだ。


「全く……カルネヴァーレ、貴女どういう教育してるんですか?昔から思ってたけど、貴方の息子や娘は『常識』がなさすぎるんですよね。なんていうか、話の通じない狂った化け物っていうか。どんな風に育てたらあんな凶暴なヴァンパイアになるんですかね?まぁ……全員ぶっ殺しましたけど」


そしてカフォンくんがそんなことを言った。まるで彼女を遥か昔から知っているかのような口ぶりに、『常識』などという謎の文言が彼の口から飛び出してきたことに驚きを隠せない私だが、もう突っ込まないぞ。

特に最後の文言には私の脳細胞たちは諦めの白旗を揚げて、完全スルー。


「ひ、ひぃ……!ぼ、僕は凶暴なヴァンパイアではありません!大昔にいたらしい兄弟姉妹みたいなイカれたのとは違うので見逃してくれぇ!僕は本当に普通のヴァンパイアです!血は吸いますけど最低限で済ませますし、毎日ちゃんと歯も磨きます!」


私の背後に隠れていたスピラーレ王子の生首が震えながらそう言った。すげぇ情けないけど、私は彼を批判する気は起きなかった……。


──だって彼の反応こそが、『常識』だからな!

命の危険を感じたら逃げる、強い相手には媚びへつらう、そして自己保身を図る——これこそが「常識的」な反応だ。

我が兄弟と彼の母親という非常識の塊に囲まれていると、むしろこの情けなさが清々しく感じる。

ていうか、いつのまに肉塊から生首に再生するとは、ヴァンパイアの再生能力は凄まじいな。肉片→生首という進化の過程は見逃したが、少なくとも意識がある生首という段階に達したらしい。

この後「胴体」「手足」と再生が進むのか、それとも「生首」状態で会話を継続するのか……。どっちにしても、この状況を「お見合い」と呼ぶ勇気はもはやない。


「そもそも、テメェ一体なんのつもりだ。戦争が終わってからもウチの国に何度か攻め寄せたくせに今更見合いだぁ?もしかして自殺しに来たのか?ならお望み通り真っ二つにしてやる……」

「ふん、それはこっちの台詞だ。そこの酔っぱらったゴミクズから見合いの打診が来たときは私の目も飛び出そうになったぞ。『エルフとの和平』という冗談にも程がある。お前たちが何千年も続けてきた裏切りと横暴を忘れたと思ったか?」

「よりにもよってヴァンパイアに見合いの打診をするだなんて我が父ながら情けなくなりますよ、マジで。あんなに『ヴァンパイアは滅ぼすべき存在』とか言ってたのに、恥知らずにも程がある」

「ウェーイ!飲んでるかぁ~!?♡」


いよいよお見合いの場は混乱の様相を呈してきていた。四者が適当に話、会話が全く成立していない。

兄は殺意を剥き出し、カルネヴァーレは憎悪を滲ませ、カフォンは冷笑し、そして父は——相変わらず別世界にいる。


──だけど。


(もしかして、これはチャンスでは!?)


不意に、私はそう閃いた。


いや、きっとそうだ。

神様が私に逃げろと仰っている。今を逃して、もうチャンスはない!これはまさに天啓だ。

エルフの姫様は身の危険を感じたら逃げてもいいという新しい宮廷ルールを、この場で私が制定するしかない。


双方の従者たちも繰り広げられる超越種の恐ろしい会話を耳に、逃げるか気を失っている。この反応、ドワーフとのお見合いでも見たな?


(と、とにかく……この場を離れよう!)


私がこっそりと逃げようとそーっとその場を離れようとする。スカートの裾を静かに持ち上げ、忍び足でテーブルから遠ざかる。


「!」


しかし、そんな私に気付いたスピラーレ王子がうるんだ瞳で私を見つ挙げてくる。(生首で)


「エ、エルミア姫……どちらに……?貴女がいなくなったら、僕はまた肉片に……母上に殺されてしまいます。助けて、お願いです……!」

「え、えっと……その……」


お花摘みに……と言おうとした私の口は、その言葉を紡げなかった。なぜなら、王子の瞳があまりにも見捨てられた子猫のようで……(実際は生首だが)。


「……」


ここは私のお見合いの場。


そして、目の前には私を頼りにしている「お見合い相手の生首」がある。


近くから狂人たちの混沌とした会話が聞こえてくる中、私は静かに溜息を吐いた。


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