「まず初めに、自己紹介をしよう。私はルナフォール公国初代当主、カルネヴァーレ・ルナフォール……。そして、横にいるのが……あぁ、もう肉片になってるから正確には皿の上か、まぁどうでもいいわね。兎に角、エルミア姫の今宵のお見合い相手が私の愚息、スピラーレ」
彼女は上品に微笑みながら言った。数分前にこの世の全ては私のもの、と宣言し、部下を全員爆散させた人物とは思えない。
「あ、はい。スピラーレ王子様は、とても礼儀正しい方でしたね。短い時間でしたが……」
私は目の前の「肉片」に視線を送りながら答える。息子を肉片にしながらどうでもいいと表現する辺り、彼女の深い深い愛情が伝わってくる。
どうか私にその愛情が向けられないことを祈ろう。マジで。
「まぁ……この出来損ないは置いといて……」
カルネヴァーレ……さんが、ズイっとテーブルに乗り出して、私に顔を近づける。その動きは蛇のように滑らかで、一瞬で距離が縮まる。
あまりに近いので、私は思わず引いてしまうが、そうすると更に彼女は更に乗り出してくる。彼女の顔があと数センチというところまで迫り、その深紅の瞳が私を捉えて離さない。
「あ、あの?どうかなさいましたか?私の顔に何か……?」
どうなってんだ?と疑問に思う私。よく見ると彼女の羽がパタパタと羽ばたき、宙に浮いて私に迫っている。その大きな蝙蝠の翼は、風を起こすたびに血の香りを運んでくる。
あ、あの羽で飛べるんだ。飾りじゃなかったのか。てっきり「高貴なヴァンパイアの証」的な装飾品だと思っていたけど、ちゃんと機能するんだな。
「エルミア姫のその血まみれの装い、素晴らしい。私たちヴァンパイアの美意識をよく理解しいる。スピラーレも感動していたようね」
彼女の褒め言葉に、私はなんとも答えようがなかった。どうやら、彼女も息子であるスピラーレ王子と同じように、部下爆散パフォーマンスによる返り血を、まるで私のおもてなしと勘違いしているようだ。
この認識のズレを説明するべきか、それとも「はい、特別に用意しました」と嘘をつくべきか。
「ありがとうございます。特別な日ですので」
私はそう言うしかなかった。これが外交とというものなのか。相手の価値観に合わせて、自分を偽るということ。
血まみれファッション好きの私を演じるしかない状況に、自己喪失感すら覚える。
「……」
そうして私と彼女が見つめ合うこと数秒……永遠にも思える彼女との見つめ合いは、まるでお見合いのようで……。
いやつーか、この御方は一体!?なんで私と見つめ合ってるの!?お見合いは貴方の息子さんとですよね!?もう肉片になって皿の上にいるけど!
息子との結婚話なのに、なぜ母親と見つめ合う展開に?これは「お嫁さん審査」なのか、それとも「実は母親が本命」という衝撃展開なのか?
私の脳内ではツッコミが延々と繰り返されている。あまりにも近い距離に、血の香りがする息が私の頬に当たり、思わず身体が硬直する。吸血鬼と目を合わせると操られるという噂は本当だったのか?だとしたら私はもうすでに彼女の虜になっているのか?
不意に、彼女が言った。
「やっぱり」
え?やっぱり?
その言葉に、私は困惑する。
やっぱり?なにが、やっぱり?もしかしてやっぱり私のお嫁さんに相応しいとかそういう単語が飛び出してくるん?息子じゃなくて私があなたの伴侶になれとか?
それとも「やっぱり食べごろ」とか「やっぱり血が美味しそう」とか?どれもこれも恐ろしい結末しか待っていないのだが。
「あ、あのぅ……」
い、いや……私は別に他人の性的趣向に文句を言うつもりはないが、こういうのは「やっぱり」両方の意見が大事というかなんというか……。
って、そもそも「やっぱり」だけじゃ意味不明すぎる。彼女は一体、何を言わんとして……。
私たちが見つめ合っている最中、横……というか、真下では皿の上に乗っている謎の肉片が「そろそろお皿の上から移動させてくれると嬉しいんだけど……これじゃ料理みたいだよ。しかも一番不味そうな料理」と謎の言語を発している。
自分の息子を皿に放置したまま見つめ合いに没頭する母親と、それを放置する私。もはや人道的な問題レベルだが、今はそれどころじゃない状況だ。
──その時であった。
私と、カルネヴァーレの間に、ズイズイッと悍ましい赤黒い剣が割り込んでくる。刀身から邪悪な赤い光が漏れ、私たちの間の空気を切り裂く。
「ひぃ!?」
思わず私は後ろに倒れてしまう。椅子ごと床に転がり、ドレスがさらに汚れる。今更なのでもうどうでもいい。このドレスはもう着れないね。
見ると、兄が額に青筋を浮かべて剣をカルネヴァーレに突きつけている。その表情は、宝物を奪われた竜のような怒りに満ちていた。
「カルネヴァーレ……。久しぶりに会ったと思ったら、俺に挨拶もなしに、俺の嫁をジロジロみるたぁ、不敬にもほどがあるよなぁ……?それとも、あのクソな戦争から何も学んでねえ
のか?何百年も生きて、未だに成長しねぇのか、テメェは」
凄まじい邪気が兄から立ち上る。
黒い炎が彼の身体を包み込むかのような、視覚化できない恐ろしいオーラ。空気が重くなり、月の紅い光が揺らめく。
どさくさに紛れて俺の嫁っとか、マジでキモいことを言うとは流石は私の兄だ。正義の味方ぶって登場したと思いきや、本来の目的は異種族の女性から妹を守るじゃなくて自分の所有物を守るだったわけね。
いつもながらの気持ち悪い妹愛には反吐が出そうだが、とりあえず今回は助かったからセーフ。
「まぁこの異常極まりない兄に挨拶をする必要はないですけど……僕にはひれ伏して挨拶する必要がありましたね、カルネヴァーレ。いくらかつての敵とは言え、目上の存在には最低限の礼儀というものがあるでしょう」
私の膝の上にぬいぐるみのように座っていたカフォンくんは、いつの間にかテーブルの上に直立している。小さな体からは相応しくない重圧が放たれ、テーブルの皿やグラスが震えている。
私が転倒して土塗れになっているのに、誰も助けてくれない事実に私は人知れず泣いた。
つーか姉さまの為なら世界を滅ぼすとか言ってるくせに、転んだ姉を放置って何?世界を滅ぼすと手を差し伸べるの間にそんなに大きなギャップがあるの?
「ふん……」
兄と弟──二人に殺気をぶつけられたカルネヴァーレは気だるげな瞳で、椅子に座り直す。
彼女の表情には、かすかな嫌悪と、同時に深い退屈さが浮かんでいる。子供の喧嘩を見る大人のような諦めと冷笑。
「お前たちエルフは相変わらずだな。高慢で、くだらない伝統と歴史を重視する割に礼儀というものが存在せず、歪んだ価値観ばかりが肥大化した悍ましい種族だ……。何千年経っても、同じことの繰り返し。いい加減に飽きないのか?」
彼女は吐き捨てるように言った。
なるほど、彼女の観察眼は非常に的を得ているようだ。実は私も同じことを思っているからね。
だけど、ヴァンパイアの方々も非常に独創的な価値観を持っているのは事実だろう。彼女にツッコミを入れられるのならば、今頃ハリセンで「お前もやないかい!」とツッコンでいたに違いない。しないけど。
ハリセンを振り上げた瞬間に私も粉砕されて皿の上に乗ることになるのは目に見えている。皿の上の肉片に「仲間が増えるよ!」と喜ばれるくらいなら、何もしない。
兄と弟、そしてカルネヴァーレ大公が軒並みならぬ殺気を出して、相対している。その凄まじい暴力的な気配は、実体を持った黒い霧のように辺りを覆っていく。
エルフの従者たちも、ヴァンパイアの従者たちも、(あと妖精さんたちも)恐れおののき、皆距離を取り、隠れようとする。
ていうかこれお見合いだよな?この疑問、何回目だよ?
結婚相手を見つける場であって、結婚する前に死ぬ場所ではないはずだ。「お見合い→戦争」という展開は、父の想定通りだったのだろうか?
「あのぅ、ところでエルミア姫。知ってます?僕たちって、死ぬときは死ぬんですよ。特に、貴方のお兄さんの怖い剣に切られたら、死んじゃうみたいなので……あ、別に助けてくれと言っているわけではないんですよ?ただ、ちょっと貴女の背後に隠れさせてくれればいいかなぁって。あぁでも嫌ならべつに……その、断っても大丈夫ですから。ただ死ぬのが怖いだけで……」
そして私と同じように絶望している肉片くんが怯えたようにもぞもぞと私の背後に移動している。その姿は、悍ましいのに、追いかけられる子猫のようでもある。
自分の母や私の兄から逃げるために私を盾にするという、なんとも情けないお見合い相手。なのに、なぜか彼が最も常識的に思えてしまう現状が恐ろしい。
──仕方ない、ここは私が間に入って三人を落ち着かせる……というのは絶対無理なので、逃げよう!
「殺し合いの空気が漂う会場の中心で平和を訴える」というアプローチは、映画では感動的だが、現実では一番に死ぬパターンだ。
エルフの姫としての威厳とか何とかよりも、明日も生きているという状態の方が大事なのだ。
「あ、あれ?エルミア姫……どこに……?」
「避難……あ、いえ……少しお花摘みに行ってきますわ」
スピラーレ王子が首を傾げ(首なんてないけど)、そう言ってきたが「トイレに行ってきます」という常套句を発する。なんとも素晴らしい逃げるための台詞だ。
作戦名は「緊急脱出」。エルフの姫様はトイレにも行かないという変な伝説があるようだが、今は粉々になるよりマシだ。
──そう、私が逃げようとしていた時だった。
「ギャハハ!いぇーい!飲んでるかぁ~い!」
殺気が吹き荒れるお見合い(?)会場に、場違いな酔っぱらいの台詞が響き渡った。
それは我が国の誇り高き国王、そして私の父である、セーロス・アズルウッドの声だった。
彼はテーブルに乗り、ワインのボトルを片手に振り回しながら、踊っている。その姿はあまりにも場違いで、戦場でピクニックを始めるような非現実感に満ちている。
三つの殺気がぶつかり合い、爆発寸前だった場の空気が、突如として別の方向へ傾く──。