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第57話

急にお見合い相手が爆散したことにドン引きする私。いや、「ドン引き」という言葉では表現しきれない。


(え、なにが起こったの?もしかしてお兄様かカフォンがなんかやっちゃいました?嘘でしょ?だってこれってお見合いなんだよ?そもそも生き物が爆発するって物理的にありえなくない?爆弾でも仕込まれてたの?)


恒例の追いつかない私のツッコミ。

もしや、我が愛しのお兄様と弟の仕業?いや……しかし彼らが動いた様子はない……。


「俺はあまり虫は好きじゃないが、貴重な種だからな。ペットにするのは悪くないかもしれない。だが俺たちの高貴な血はやれないぞ」

「妖精の血でもいいでしょう。どうせあいつら死にませんし」


お見合い相手が爆散するという非常事態の中、我が兄弟は「巨大蚊の飼育計画」について真剣に討論している。なんて素晴らしい兄弟なんだ。私は人知れず泣いた。

……しかし、彼らの攻撃ではないとすれば、一体何がスピラーレ王子を粉砕したのか?


──その時、私の脳裏にとある台詞が過る。頭の中で断片的なパズルのピースが、カチリと音を立てて繋がり始めたかのように。


ヴァンパイアの従者たちがしきりにいう『大公』

そして、スピラーレ王子が言おうとした『母』


つまり、それが意味するところは──


私が、とある結論に辿り着こうとした、その時だった。


「大公様が顕現なされる!さぁ、道をお開けください!我らが永劫なる主、ルナフォール大公カルネヴァーレ様のお出ましでございます!」


突如、ヴァンパイアの従者たちが翼を広げ、列を作る。彼らの動きは完璧に統制され、軍隊の閲兵式のような厳格さで両脇に整列する。

その間には、どこからともなく現れた真紅のカーペットが優雅に敷かれていく。


……なお、そのカーペットを敷く過程で、偶然そこにいた妖精さんやセルシルが容赦なく蹴飛ばされた。

メイド服の妖精さんは「ぎぇぇっ!」と悲鳴をあげながら、吹き飛ばされ、セルシルは「うぎゃっ」と叫びながら、優雅な放物線を描いてテーブルの下に転がっていった。


「え……な、なに?」


私が困惑していると、カーペットの奥に赤い霧が集まり始める。それは煙のように、しかし同時に液体のようにも見える不思議な存在で、徐々に人の形を形作っていく。

霧は凝縮し、固まり、そして輪郭を持ち始める──。


そして赤い霧が散り、そこに現れたのは白銀の髪を持つ女性だった。腰まで伸びた髪は、月光を受けて銀の滝のように輝いている。深紅の瞳は、まるで血を結晶化させたかのように澄み切り、その中には何千年もの時を生きた叡智が宿っていた。


身にまとう黒と深紅の衣装は、夜の闇と血の色を思わせ、その姿はまさに「夜の女王」。背中には大きな蝙蝠の翼が広がり、その威厳ある佇まいは、まさに支配者そのもの──。


だけど……。


(いや、なんのラスボスの登場シーンだよ!?)


赤い霧から現れるとか、従者が列を作るとか、完全にファンタジー小説の最終決戦の前フリじゃない!?

しかもさっきまで床に散らばっていた我がお見合い相手の欠片を、さも当然のように踏みつけながら歩いてくるし!これ、本当にお見合いだよね?ラスボス前の休憩所じゃなくて!?


──そして、彼女の艶やかな唇が開かれる。それはまるで薔薇の花びらが開くように優美で……。


「この世の全ては、私のもの。空気も、水も、血の一滴に至るまで……森羅万象がこのルナフォール大公の、所有物である」


彼女が紅い絨毯の上を一歩一歩、歩いてくる。

驚くべきことに、彼女が歩くだけで、周囲の生き物たちが次々と影響を受けていく。

妖精さんたちは一匹、また一匹と気を失い、。我が麗しきエルフの従者たちも、見えない波に飲み込まれるかのように膝から崩れ落ち、意識を手放していった。


「故に、全ての命も我が手中にあり。命が命たる理由は、私がそう認めるからこそ」


彼女が手を優雅に握りしめる。

その瞬間、列を作っていたヴァンパイアの従者たちの身体がはじけ飛んだ。

鮮血が、庭園を染める。美しい花々も、白い食卓布も、私たちの周りのすべてが真紅に染まっていく……。


「……」


私は、その光景を微笑んで見ていた。


──だって、何を言えと言うんだ!?


明らかに「邪悪」という文言を擬人化したような存在に何を言えと!?


素敵な演出ですね、とかその爆発テクニック、ぜひ教えてくださいとか言えというのか?普通の人間なら膝から崩れ落ちて泣き喚くところだろう。

この状況で微笑むという選択肢しか残されていないとは、私の人生も底辺まで落ちたものだ。


つーかなんでみんなを爆散させたの?

もしかしてヴァンパイア流の雰囲気作り?花火の代わりに従者が爆発する演出とか?あるいは「私はこれだけ恐ろしいのよ」アピール?だとしたら十分伝わった。

本当は悲鳴を上げて卒倒したいのだが、ハイエルフの精神が無駄に頑丈なのか、兄弟たちの狂気に普段から飲まれているからなのか、私の意識は鮮明だ。

これが「恐怖耐性」というやつか。ありがとうお兄様、カフォンくん。君たちの日常的な狂気のおかげで、私はラスボス級の邪悪存在の前でも微笑んでいられるようになったよ。


「う~ん……血まみれになったエルフの庭園……なんとも趣がございますねぇ。素敵な赤のグラデーションが出ております。まさにインテリアデザイナーが涙を流す美しさ」

「でもまだちょっと血の成分が足りないわ。私たちの血だけじゃ、やっぱり派手さが足りないっていうか……エルフの血でもうちょっとアクセントをつけると、この赤がもっと引き立つはずなのよ。特にハイエルフとなれば、もう芸術的な輝きになるわね」


先ほどの爆発で飛んできた、ヴァインパイアの執事とメイドさんの頭部がテーブルの上に乗ってそんな会話を繰り広げている。

私はその光景を見て、みんながヴァンパイアは価値観が狂っているということをしきりに言っていたのを、ようやく理解した。

それは犬は四本足で歩くとか、鳥は空を飛ぶくらい当たり前のことだったんだ。


──あぁ、彼らは私たちとは違う生命体だ。価値観だ。


いや、そもそも価値観が違うというレベルじゃない。彼らにとっての常識が私たちの狂気で、私たちの常識は彼らの退屈なのだ。

自分の身体が吹き飛ばされて、文句も恨み言も言わず、首だけでにこやかに会話する種族がどこにいるんだ?私の知る生物の概念では、理解不能な領域だ。

これはもう別の存在、別の生命概念と言っていい。ヴァンパイアとは「食事の趣向が違う人種」ではなく、「そもそも『生命』の定義が違う何か」──それが、答え。


「ひ……ひぃ……!悪魔だ、悪魔がきたぁ……!終わりだ、おしまいだぁ……」


なお、私の前のテーブルにある謎の肉片(恐らくスピラーレ王子)がプルプルと震えてそう言った。テーブルの上のローストビーフと見分けがつかないような肉片が、突如として人語を発するという状況。

もはや私の脳は「肉が喋る」という状況を「まぁそういうこともあるよね」レベルで受け入れている。


「(多分)スピラーレ王子、あれが……その……貴方のお母さまですか?」


料理のガーニッシュと見間違えるような小さな肉片に「あなたのお母様ですか?」と尋ねるとは、私の礼儀作法教育も最終段階に達したようだ。


「はい……その……私の、母でございます」


まぁそうだろうね。

ということはスピラーレ王子と結婚したら、自動的に彼女が義母になるわけか。

いきなり「肉塊王子との婚約」から「爆発ラスボス義母」という二段構えのショッキングな展開だ。


なるほどなるほど。


死んでも嫌だ。いや、正確には「死んでも嫌」というレベルではない。「死んだ後に地獄で永遠に拷問されても嫌」というレベルだ。


「相変わらず仰々しい登場の仕方だな……そもそも何故自分の配下を殺す必要があるんだ?理解できんな」

「自分の戦力を減らすという狂った行為……はぁ、何百年経ってもあの女の狂った思考は僕みたいな常識人には理解できませんねぇ。まるで川に橋を架けておいて自分で壊すようなものです」


「自称」常識人である我が兄と弟がそんなことを言って呆れていた。

その疑問はご尤もだと思うのだが、彼らが発した言葉だと思うと、突っ込みたくなるが必死にこらえる。


そうして、彼女が私の対面にある椅子に、優雅に座る。

あの、そこスピラーレ王子の席なんですが。なんで私の対面に座るの?もしかして今日のお見合いは私と彼女のお見合いだったのか?


「ごきげんよう、エルミア姫。我が愚息とのお見合い、受けてくれたこと感謝するわ。少々乱暴な振る舞いをしてしまって申し訳ないけれど、古い因習にはこだわらないでほしいの」


彼女が、穏やかな表情でそう言った。

その表情は、今しがた大量殺戮をした冷酷なヴァンパイアとは思えぬほど暖かい表情で、私は思わず硬直してしまう。

部下の血が自分のドレスについているというのに、その微笑みは慈愛に満ちている。


「え?あ……はい。こちらこそ、遠路はるばるエルフの国においでくださり感謝いたします。お会いできて光栄でございます、大公様」


突然まともな言葉を発した彼女に、私はおずおずと返答する。

少々乱暴な振る舞い、やら古い因習、とやらがなにを指しているかは分からないけど。「少々乱暴」というのが「部下を全員粉砕」を指しているのなら、彼女の「かなり乱暴」とはどんなものなのか想像したくもない。そして「古い因習」というのが「お見合いの相手をグチャグチャにする」ことなら、なぜそんな因習ができたのかも謎だ。


「──さて」


彼女が豪華絢爛な、ヴァンパイアらしい扇子を取り出し、優雅に振舞う。

その扇子は黒檀と真紅の絹で作られているようで、開くと蝙蝠の翼のような形をしている。彼女が扇子を仰ぐたびに、わずかに血の香りが漂ってくる。


「それでは、お見合いを始めましょう。今宵は、ヴァンパイアとエルフの千年の歴史に新たな1ページを刻む夜となるでしょう。両種族の未来が、この赤い月の下で結ばれることを願っているわ」


赤い月が照らす血の海となった庭園。殺気を隠そうともしない我が兄弟たちと、未だに酔っぱらってぶつぶつと独り言を言っている我が父。

テーブルの上には料理と共に横たわる王子の欠片。周囲には倒れた従者たち。そして対面に座る「凶悪な未来の義母」。


ヴァンパイアとエルフの歴史的なお見合い──それは私の想像をはるかに超える形で始まろうとしていた。


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