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第24話

小鳥のさえずりが、森全体に心地よい音色を奏でていた。

陽光が湖面に反射し、まるでダイヤモンドの破片を散りばめたかのように煌めいている。その美しい光景の中で、私は一人の青年を見下ろしていた。

彼の姿はこの優雅な森の雰囲気とは不釣り合いなほど……なんというか……そう、ワイルドだった。浅黒い肌に整った目鼻立ちの下には、まるで未開の地から現れたかのような粗暴さと野生の気配が漂う。

そんな彼が今、湖畔の地面に横たわっている。その姿は、まるで子供の頃に遊んだ「焼き芋ごっこ」を思い出させるほどだ。

体からプスプスと煙を上げ、服は焦げ、髪の毛は逆立っている。明らかに爆発の痕跡だ。


「カ、カフォン……本当なの?」


私の体が小刻みに震える。カフォンの言葉が、頭の中でエコーのように繰り返される。


『彼はドワーフの王子カイナブル。つまり姉さま、貴女のお見合い相手ですよ』

『ドワーフの王子カイナブル……貴女のお見合い相手……』

『王子……お見合い相手……』


私の頭の中で、これらの言葉がぐるぐると回転する。


───うそやん


もし弟の言っていることが本当なら……私は自分のお見合い相手を爆殺未遂したことになる。

いや、正確には彼が勝手に地雷を踏んで爆死しただけだ。私は悪くない。そう、私は何も悪くない。

目の前で煙を上げている焦げたドワーフを見つめながら、私は必死に自分に言い聞かせる。


──私、悪くないよな!?


心の中の言葉が、私の胸中に響く。小鳥のさえずりも、湖面のきらめきも、今の私には皮肉にしか感じられない。

つーか悪いの妖精さんだし。


「僕もカイナブル王子の顔は知りませんが……」


カフォンの冷静な声が響く。


「この雰囲気は間違いなくドワーフの最上位種・グランドワーフ。そしてこのタイミング、この場所にいる若いグランドワーフといったら……まぁ彼しかあり得ませんね」

「……」


私は無言で頷いた。頭では理解しているのに、心がその現実を受け入れられない。

自分の脳味噌が「エラー404:理解不能」を表示しているかのようだ。

……考えてもみろ。他国の王子様を、キノコ型地雷とかいう意味不明な代物で吹き飛ばしてしまったのだ。これって、外交問題の歴史書に載るレベルじゃないだろうか。

私の頭の中で、最悪のシナリオが次々と展開する。まるで、脳内お花畑が突如として悲惨な戦場に変わったかのようだ。



『エルフの姫がドワーフの王子を爆殺!』

『両国の関係悪化!戦争勃発の危機!』

『容疑者は妖精さんがやった。私は悪くないなどと供述しており……』


新聞の見出しが、私の脳内で躍る。そう、まるでエルフの踊りのように優雅に、かつ皮肉たっぷりに。

……待てよ。この世界に新聞なんてあったっけ?

あぁ、そういえば「木の葉新聞」なるものが妖精さんとの会話の中で出てきたような。妖精さんの作り話にしては、随分と現代的な創作だね。まぁつまり、そんなものは存在しないってことだ。

私は自分の想像力の豊かさに呆れつつ、少し安堵する。少なくとも、この惨事が活字になって世界中に配られる心配はなさそうだ。

代わりに、噂の樹から樹へと飛び交う様子が目に浮かぶ。あぁ、それはそれで恐ろしい。


「グランドワーフって初めて見たけどあの地雷でも死なないんだねぇ」

「きゃはは〜、なんか気絶してる!枝で突いてみよ〜」


私の焦りを嘲笑うかのように、妖精さんたちがカイナブル王子の体を突いたり叩いたりしている。

まるで子供たちが道端の珍しい虫を発見したかのような無邪気さだ。ただし、その「珍しい虫」が他国の王子様だという点が、状況をより一層シュールにしている。

妖精さんたちの容赦ない追撃に、カイナブル王子は「ぐふっ」と呻き声を上げた。ああ、生きてる。


良かった……のか?


「ねぇカフォン」


私は突如閃いたアイデアを口にした。


「この妖精さん達を下手人としてドワーフの人達に突き出したら許してくれないかしら」


完璧な計画。そう、私にはそう思えた。一瞬だけ。

カフォンは呆れたような目で私を見つめる。


「妖精はエルフの眷属だと認知されているのでそれは通らないでしょうね。眷属の責任は主の責任……」


彼は一瞬言葉を切り、妖精たちを見やる。


「こんなのが眷属だなんて考えたくもないですが」


カフォンの冷静な分析に私はがっくりと肩を落とした。まるでバルーンから空気が抜けていくかのように、希望が萎んでいく。

確かに、こんな頭空っぽの存在を差し出したところで何の解決にもならないだろう。むしろ、「こんなのを放し飼いにしているエルフの責任」と思われかねない。


「じゃあ、どうしよう?」


私は途方に暮れて呟く。


「『すみません、私たちの森では地雷キノコが特産品なんです』って言い訳する?」


カフォンはくすりと笑った。その表情は「姉さまは冗談が上手いですね」と言っているようだ。

そうだよね。こんな状況でジョークを言っている場合じゃないよね。でも、真面目に考えれば考えるほど、この状況の滑稽さと絶望感が私を襲う。

ああ、エルフとドワーフの平和な関係も、このキノコ地雷と共に吹き飛んでしまったのかもしれない。


「ど、どうしてこんなことに...?私はただお見合いから逃げ出しただけなのに...」

私は呟く。本当に、どうしてこんなことになっているんだ?お見合いから逃げ出したらお見合い相手を爆殺してただなんて。

これはどこの三流喜劇だ?いや、三流どころか、地下百階の最下層の喜劇だ。


「きゃははは!」

「妖精さいきょ〜!」


妖精たちの歓声が、まるで私の理性を打ち砕くハンマーのように響く。彼女たちは相変わらず、カイナブル王子の身体を枝で突き続けている。

私は呆然と、この狂った光景を見つめ続ける。そして、ついに疑問が口をついて出る。


「この子たちって本当に私たちの眷属なの?」


カフォンの返事は運命の悪戯を受け入れたかのような諦めの色を帯びていた。


「残念ながら」


私は深いため息をつく。


「私、こんな子たちに命運を握られているの……?」


その瞬間、私の脳裏に奇妙なイメージが浮かぶ。エルフの国の未来が、これらの妖精たちによって操られる糸のように揺れ動いている様子。

そして、その糸の先には……爆発したキノコ。

ああ、なんて滑稽な運命だろう。私はお見合いから逃げ出しただけなのに、今や国家間の外交問題の中心にいる。そして、その問題の発端は枝で王子を突っついている妖精たち。


「カフォン」


私は真剣な顔で弟に向き直る。


「もし時間を巻き戻せるなら、私はお見合いに素直に行くわ。そう、たとえそれが地獄のような退屈な会話の嵐だったとしても」

「申し訳ありません姉さま、時間を巻き戻せる魔法はないんですよ」


そうだろうね。私は自分の未来が心配になってきた。というより、恐怖を感じ始めた。

こんな飛び回る地雷みたいな存在が私の側にいるだなんて。彼女たちは、まるでロシアンルーレットの弾丸のようでいつ、どこで、何を爆発させるか分からない。

私の人生……いや、エルフ生がめちゃくちゃになってしまう。今回は王子様が被害者だったけど、次は誰だ? 隣国の王様? それとも私自身か?

どうにかして駆除……いや、そんな過激な言葉は使っちゃダメだ、エルミアちゃん。

彼女たちに「知性」を与えなければ。そう、そうだ、知性だ。それがなければ、私には破滅が待っているかもしれない。


「どうしよう」


私は思わず口に出してしまう。


「このままじゃ王子爆殺未遂の犯人になっちゃうわ」


その言葉を聞いて、カフォンの表情が変わる。まるで、長年の謎が突如として解けたかのような顔だ。


「なんだ、そんな事を心配していたのですか姉様」


カフォンは合点がいったかのように微笑んで、私に向かってこう言った。その笑顔には、どこか不気味なものがある。


「大丈夫ですよ姉様。ここでこの男を殺せば誰にもバレませんから。後は妖精たちも全て始末して……いや、いっそのこと森を消し飛ばして証拠を消し去れば完璧ですね」

「カフォンくん、キミの前世は魔王かなんかだったのかな?闇の才能を開花させるのはお願いだからやめてね」


私はカフォンの不穏な言葉の数々に思わずツッコミを入れた。

この可愛らしい天使は時折とんでもない事を言う……。いや、時折じゃないか。


「それに……コイツからはバルドリーナの匂いがする……あの忌まわしい女の血に塗れた匂いが……今ここで、殺しておいた方が後々……」

「?なんか言った?」

「いえ、なんでも」


兎にも角にも、今はそんな事を考えている場合ではない!

私は慌てて膝をつき、カイナブル王子の頭を優しく膝に乗せた。彼の髪は爆発の影響で焦げ、顔には煤が掛かっている。

そっと彼の胸に手を当てると、かすかに上下している。生きている。その事実に、小さな安堵を覚える。


「お願いカフォン!彼を助けてあげて!」


私の声は切羽詰まっていた。溺れる者が藁をも掴む思いで、弟に助けを求める。

だって私には特別な力はないから。人を癒す力も、傷を治す魔法も使えない。私に出来るのは、弟にお願いすることだけ。

あぁ、なんて情けないのだろうか。エルフの姫なのに、他人を助けることもできない。

でも、今は自尊心を気にしている場合じゃない。私はこの血の繋がった弟に頼るしかない。


「……」


カフォンは無言で私の瞳をじっと見つめていた。彼の瞳が煌めき、私の心の奥底まで覗き込むかのようだ。私も目を開いて、カフォンを見つめ返した。

彼の瞳は優しく、しかし同時にどこか悲しげだった。まるで、何か重大な決断をしたかのような表情。

その瞳の奥に秘められた感情の複雑さに、私は一瞬たじろいでしまう。


「貴女がそう言うのならば、そうしましょう」


カフォンの声は静かだが、確固とした決意が感じられた。


「貴女が貴女である限りね……」


その言葉の意味を考える間もなく、カフォンは行動に移った。彼は小さな手をカイナブル王子の腹部に押し当てる。

その仕草は優しく、まるで壊れやすい何かを扱うかのようだった。

次の瞬間、驚くべき光景が広がる。カイナブル王子の身体から、淡く白い光が溢れ出したのだ。

その光は柔らかく、まるで月光のようで……しかし、その中に秘められた力強さは明らかだった。


「……!」


私は息を呑む。カフォンの癒しの力を目の当たりにするのは初めてだった。その神秘的な光景に、私は言葉を失う。

妖精たちも静かになり、この不思議な光景を見守っている。森全体が、この癒しの瞬間を見守っているかのようだ。

私の心の中で、希望と不安が交錯する。この癒しの光が、カイナブル王子を目覚めさせてくれることを。そして同時に、この事件が何とか穏便に済むことを。


──カフォンの言葉が、私の耳に再び響く。


『貴女が貴女である限り……』


その意味は何なのか。そして、カフォンの瞳に宿った悲しみは何を意味するのか。それらの疑問が、私の心の片隅で渦巻いていた。


私の目の前に広がる光景は、まさに幻想的だった。いつもなら魔法を使う時、恐ろしい雰囲気と圧倒的な存在感を放つカフォン。

でも今は……違う。

彼から放たれる光は神々しく、そして信じられないほど優しい。

私は思わず息を呑んだ。まるで絵画のような光景に見とれて、呼吸すらするのを忘れてしまう。


「──え?」


突然、私の目に異変が映った。ほんの一瞬、本当に一瞬のこと。小さな少年であるはずのカフォンの姿がブレたのだ。

そして、その瞬間……。


美しい青年の姿が見えた気がした。


長い髪、凛々しい顔立ち、そして深い智慧を湛えた瞳。まるで、成長したカフォンを見ているかのような。

しかし、その幻影はあまりにも儚かった。慌てて目をゴシゴシと擦る。そうしている間に、その不思議な光景は霧のように消え失せてしまった。

再び目を開けると、そこには元の可愛らしいカフォンの姿。小さな体で、真剣な表情で治療を続けている。


(い、今のは……?)


今のは幻覚?キノコの胞子でも吸って幻覚を見てしまったのか……?

疑問が次々と湧き上がる。でも今は、そんなことを考えている場合ではない。

目の前では、カイナブル王子の治療が続いている。私は再び、その光景に集中した。


カフォンから放たれる優しい光がカイナブル王子を包み込み、まるで時間を巻き戻すかのように、瞬く間に傷を癒していく。

そして……。






「痛いの痛いの、飛んでけ〜」


カフォンの幼い声が響く。

私は思わずずっこけそうになった。可愛いなオイ!今までの幻想的な雰囲気、台無しだよ!それでいいのか……魔法……。

心の中でツッコミを入れながらも、目の前の光景から目を離すことはできない。

幼い子供が傷にバンドエイドを貼るときのような、その無邪気な言葉。しかし、その効果は絶大だった。

私の膝に乗せられていたカイナブル王子の顔から、徐々に痛々しい表情が消えていく。

焦げた跡も、傷も、まるで夢だったかのように消え去っていく。



ゆっくりと、王子の瞼が開かれた。


「──」


私と目が合う。

時が止まったかのような瞬間。カイナブル王子の瞳には、混乱と驚き、そして...何か別の感情が宿っている。私は息を呑んだ。

この瞬間、どう対応すればいいんだろうか?

『ごめんなさい、あなたを爆発させちゃって』?それとも『お気分はいかがですか』?


いや、まずは……


「あ、あの……」


私は言葉を絞り出そうとする。


「お……お目覚めですか?」


何という平凡な台詞。でも、この異常な状況で、気の利いたの言葉を発するのは難しい。

カイナブル王子の反応を待つ間、私の心臓は激しく鼓動を打っていた。

この後どうなるのか、彼が何を言うのか……。


森の静寂が、場を支配する──。

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