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第21話

「わぁ、素敵な森ね!絵本から飛び出してきたみたい!」


カフォンの飛行魔法の効力が薄れてきたころ、私はその「絵本のような」森に優雅に着地した……と言いたいところだが、実際はふらふらと酔っ払いのようにヨロヨロと降り立った。

森……ああ、お城から毎日窓越しに眺めていた、あの緑の絨毯。

近くで見ると、意外とゴツゴツした木の幹や、足元をくすぐる雑草、そしてリスたちは……待てよ、あのリス、なんだか妙に大きくないか?しかもなんであんな鋭い牙を……。

……見なかったことにしよう。


「お城のすぐ側にこんな自然豊かな森があるだなんて最高よね。やっぱりエルフの国は自然が豊かなんだわ」


そう言いながら、私は靴に絡まったツタを必死に振り払おうとしていた。

エルフの国の自然は豊かすぎて、私の高価な靴をも征服しようとしているようだった。

森といっても鬱蒼としている訳でもなく、花が咲いていたり川があったり。

まさにメルヘンなファンタジー。私はそんな風景にうっとりと見惚れていた。

小鳥のさえずりが耳に心地よく、川からは綺麗な水が流れ、水面はキラキラと光を反射して宝石のようだ。


(もしかして、チョコレートの川とか流れてないかな?)


そんな期待に胸を膨らませ、辺りをキョロキョロ見回す。が、残念ながらチョコレートは流れていなかった。

まあ、流石にそこまでファンタジーじゃないか……と少し自嘲気味に笑う。


「姉さま、あまり僕から離れない方がいいですよ」


私の横にいたカフォンがそう言って、私の手をギュっと握る。

はて、離れない方がいいというのはどういうことだろうか?

……あぁ、もしかして甘えているのかな。カフォンは大人びているが、見た目通りの子供らしさもあるのだろう。

私と離れたくないから、そんなことを言っているのだ。

私はなんだか微笑ましくなって、可愛らしい弟の頭をそっと撫でた。


「この森は大戦時には最後の防波堤として色々な罠が仕掛けられていた筈ですから、変なところを踏むと爆散して死にますよ」


カフォンの言葉が、のどかな森の空気を一瞬で凍りつかせた。

私の頭の中では、「爆散」「死」という言葉がエコーのように響き渡る。

さっきまでメルヘンチックだと思っていた森が、突如として地雷原に見えてきた。美しい花々は地雷のカモフラージュに、サラサラと流れる小川は毒を運ぶ媒体に思えてくる。


……あぁ、そう言うことね。はい。もう驚かねぇよ。どうせそんなことだと思ってたよ。ちくしょう。

つーか城の裏の森がそんな物騒でいいのか?罠とやらを撤去しないのはどうして?もしかしてまだどこかと戦争でもしてるのか?

私は人知れず震えた。膝が笑っているのは、きっと森の美しさに感動したからに違いない。


「姉様がこの森に来たいと仰られた時は驚きましたよ。自爆の訓練でもしたくなったのかとね。でもまぁ、即死しない限りは魔法で治してあげますから大丈夫ですよ」


カフォンの言葉は、まるで遠足の注意事項を説明するような軽やかさだった。

ただし通常の遠足では「即死」なんて言葉は出てこないけれど。


「あの、カフォンくん。そんな物騒な森なら来る前に教えてくれない?お姉ちゃん爆死する趣味なんてないからね」


迂闊だった。素直に城下町のカフェ辺りに潜んでドワーフたちが帰るのを待てば良かった。

……いや、それは無理か。私が街に出ると大騒ぎになって隠れるどころじゃなくなるから。

くそぉ、この身が憎い。どこにいても悪目立ちしてしまうこの身分と身体が憎い……!


「ん?」


カフォンと私が、地雷原ならぬ罠だらけの森林浴を満喫していると、突如として森の奥から騒々しい声が聞こえてきた。

少女の笑い声だ。「あはは~」という能天気な声が、爆発物を無視するかのように近づいてくる。

そして私の視界に、キラキラと光る翅を羽ばたかせた妖精たちの姿が飛び込んできた。


「あ、姫さまだ~!」

「こんなところで珍しいね~」

「遊びに来てくれたの!?」


私の姿を見るなり嬉しそうに飛び回る妖精さん達。

ファンタジーの化身である彼女たちは、私のテンションを爆上げしてくれる。そう、文字通り「爆」上げ……。

しかし、こんなところにも妖精さんがいるとは。いや、妖精さんが森にいるのは普通か。むしろ城の中に入り込んでる方がおかしいな?


「あら、妖精さんたち。今日も元気に飛び回ってるわね」

「うん!元気だよ!今日は何して遊ぶ?」


彼女達は全てを遊びに結び付ける。命懸けの冒険さえも楽しいピクニックのように扱う。ここには遊びに来た訳ではないのだが、私も彼女達を見るとなんだか遊びたくなってきて身体がうずうずしてしまう。

もしかしたら私は妖精さんに精神を侵食されているのかもしれない。恐るべしフェアリーパワー。

そのうち私にもキラキラの翅が生えてきて、危険な森の上を無邪気に飛び回りそうだ。


「流石は姉さま。妖精にも慈悲を与えるとは、まるで聖女のようです」


カフォンがその言葉を吐き出した瞬間、空気が凍りついた。妖精さんたちの目が、まるで磁石に引き寄せられるかのように、一斉にカフォンに向けられた。

そして、彼の姿を認識すると皆一様に目をギョッと見開いた。


「げぇ!こ、こいつは……」

「あわわ……!」

「や、やばいよ。にげろ~!」


妖精さんたちは、カフェオレの泡が消えるより早く、カフォンの姿を認めるや否や姿を消した。空気が凍りつくような静寂が訪れる。


「え、えっと……みんななんで逃げちゃったの……?」


私は訳もわからず、ただ呆然とするしかなかった。

ちらり、とカフォンを見ると彼は無表情で妖精さんの逃げた先を見ている。

その雰囲気は天使とは真逆の、まるで悪魔のような恐ろしいものであった。

そして、ポツリと呟いた。


「さぁ。大方僕を誰かと間違えたんでしょう。妖精の脳味噌は存在するかどうかも怪しいほど小さいですからね。考える前に逃げ出すのも仕方ありません」


よく分からないが、カフォンがそう言うならそうなんだろう。

あの狂った兄を見ても逃げ出さない妖精さんが一目散に逃げる存在……一体誰と間違ったのかな。


「まったく、困ったものですよ。あの羽虫たちときたら、こんなに可愛らしい身体の僕を化け物と見間違うだなんて」

「そ、そうね……」


カフォンがやれやれ、とため息をついた。その仕草は子供らしいのに、どこか大人びて見えるのは彼がハイエルフだからか。

願わくば、カフォンがその「化け物」そのものではありませんように。そう祈るしかない状況に、私は冷や汗を感じていた。


そんなこんなで。


私たちは森の奥へと足を進めることにした。

地雷原の森を進むには、ただ前を向いて歩くだけでは危険だ。私は森の知識などないに等しいので、カフォンの手を握りながら進むしかない。


「ほら、姉さま見てください。あんなところに大きなキノコがありますよ。アレを食べると身体から変な煙がでるんです」

「ホントね。なんだか毒々しい色をしているわ」


カフォンの博識ぶりには舌を巻く。私の知識レベルが妖精と同じくらい低いだけかもしれない。

でもこんな情報、知らなくても人生に支障はないはずだ。普通の日常生活であんな派手なキノコと遭遇する機会なんてないだろうし。

私たちは森の中を進む。木漏れ日が踊るように地面を照らし、鳥たちがゴシップでも交わしているかのようにさえずっている。


……思った以上に平和だな?

カフォンが物騒なことを言うからつい身構えてしまったけれども……結局のところ、ここはただの森だ。

危険な生き物が潜んでいるわけでもなく、地面から手が生えてくるわけでもない。

ただし、あのキノコだけは避けたほうが賢明かもしれない。


私がそんなことを考えながら歩いていると、前方に湖のような場所が見えてきた。


「あ!カフォン!大きな湖があるわ!」


湖面は太陽の光を反射して、ダイヤモンドをばらまいたようにキラキラと輝いていた。

水は驚くほど透明で、湖底の小石や藻まではっきりと見えるほどだ。岸辺には色とりどりの花が咲き乱れ、その香りが微かな風に乗って漂ってきた。

「はえ~」と私は思わず口をポカンと開けたまま、間抜けな声を上げてしまった。

きっと今の私の顔は、初めてアイスクリームを見た幼児のような表情に違いない。


「ここら辺で一休みしましょうか。姉さまも疲れたでしょう」


彼は湖畔にある大きな切り株を指差した。その切り株は、まるでこの場所のためだけに用意されたかのような完璧な休憩スポットだった。

私はカフォンに手を引かれ、切り株へと腰掛けた。


「はぁ~……なんだか癒されるわね」


深呼吸をすると、森の香りが肺いっぱいに広がる。

カフォンも隣に座りながら答えた。


「そうですね。ここはエルフや妖精たちにとっても居心地の良い場所なんです。だからよくあの羽虫どもも……」


彼は言葉を切り、きょろきょろと辺りを見回した。だが、妖精さんはいない……。


「……ここで遊んでいるようですよ。今は何故かいませんけどね。いえ、僕がいるからとかそういう訳じゃないでしょうけど」


なるほど、と私は頷いた。妖精さんたちが遊びに来る理由も分かる気がする。確かにこの湖は妖精さん好みの場所だからだ。

柔らかな日差しが頬を撫でる。

木漏れ日が作る模様が湖面でゆらゆらと踊っている。思わずため息が出そうになるほどの心地よさだ。


ふと横を見ると、カフォンが私をじっと見つめていた。


「……ねぇ、カフォン。何か可笑しかった?」

「いえ。ただ、姉さまが可愛らしいなと」


「可愛らしい」という言葉に、私の中で何かがひっくり返った。嬉しいような、困ったような。

弟に「可愛い」と言われるのは、なんとも形容しがたい気分だ。私だって立派な(?)お姉ちゃんなのだ。もう少し大人っぽく見られたいものだ。

これじゃまるでカフォンの方が兄ではないか。


「可愛いって言われるより、格好いいの方が嬉しいわ」


私がそう言うとカフォンは目をぱちくりさせた。そしてややあってから微笑した。


「そうですね。貴女は可愛らしいより、美しいという言葉が似合うかもしれませんね。そう、昔から……」


その言葉に、私の脳内で消防車のサイレンが鳴り響いた。

私は咳払いをして、幼稚園児に諭すように言った。


「あのねカフォンくん、お姉ちゃんに口説き文句言っても無駄だからね。私と貴方は姉弟だからね?お兄さまの影響受けちゃだめよ?」

「本心ですよ。貴女は美しい。まるで女神のようだ」


そんな歯の浮くようなセリフを、よくもまぁ真顔で言えるものだ。

私はカフォンの将来が心配になった。この調子で女をとっかえひっかえしてそう……いや、流石にないか? でも、カフォンならやりかねない気がする。だって美形だし。


「……ねぇカフォン。私以外の女性にもそういうこと言ってるの?もしかして、森の妖精たちが逃げたのは、あなたの口説き文句から逃げたの?」

「いえ?姉さまにしか言いませんけど」

「そ、そう。ならいいけど……」


心したような、複雑な気分になったような、よく分からない感情が私の中でぐるぐると渦を巻いた。

この純粋すぎる弟と、この美しすぎる湖。なんだか現実離れした状況に、私はくらくらしてきた。

きっと家族として大事にされているだけだ。

……そうだよな?


「なんかお腹空いてきちゃった。カフォン、魔法でご飯とか出せない?」


私は半分冗談、半分期待を込めて尋ねた。

私の言葉に彼はクスリと笑うと、自分の金色の髪を指でくるくると弄びながら「姉さまは本当に面白いですね」と呟いた。


「姉さま。魔法というのは万能ではないのです。特に無から有を産みだすというのは、どんな魔法使いでも不可能でしょう。創造の女神でもない限りね」

「そうなの?残念……」


私は少しガッカリする。カフォンなら簡単にご飯くらい出せると思っていたのだが……流石にそうはいかないようだ。


「そう、魔法は万能ではない。死者を蘇らせることも出来ないし、不老不死になることもできない……。そして、時を巻き戻すことも……」

「え?今、なんて言ったの?」


カフォンが何かボソッと呟いた気がしたので聞き直した。だが、彼は優しく微笑んで首を左右に振っただけだった。


「いえ、何でもありませんよ姉さま」


そう言って立ち上がる。彼が私に向けて手を差し出すと、その手には何やら怪しげな輝きが。

私がその手を掴んだ瞬間、突如として重力との別れを告げることになった。


「わわわ!?ちょっとカフォン!?」


私の悲鳴は、湖面に映る自分の驚愕の表情と競争するかのように響き渡った。

慌ててカフォンにしがみつく私とは対照的に、カフォンは優雅に空中を漂いながら、言った。


「大丈夫ですよ姉さま。ほら、見て下さい」


カフォンが指差す方を見ると、遥か彼方に大きな樹があった。

その大木は、まるで空に穴を開けようとしているかのように高くそびえ立ち、森の他の木々を一段と見下ろしている。

静かに佇む姿は、まるで森の王者のようだ。


「あれは……」


私の脳裏に、懐かしい光景が蘇った。部屋の窓から、毎日何気なく眺めていた大樹。当たり前すぎて、特に気にも留めなかったそれが、今はその存在感を誇らしげに見せつけていた。

……もう部屋の窓はカフォンに吹き飛ばされて壁ごと消え去ったけどね。


「あれが世界樹です。我々エルフ……いや、この世界に住まう者たち、全ての母たる存在。ハイエルフはあの世界樹を守るためだけに存在しているのです」


世界樹。その言葉の重みが、今までの認識を軽々と塗り替えていく。

どうしてあんな巨大な存在を今まで気に留めもしなかったのか、自分の鈍感さに呆れてしまう。


「そして妖精は、ハイエルフと共に世界樹を守る番人なのです。妖精たちは世界樹を守る為に生まれ、そして死ぬ。……そう、本来はそうだった」


カフォンが寂しげな、儚げな雰囲気を醸し出す。

その言葉が耳に入った瞬間、私は不意に気がついた。私たちの周囲に、無数の妖精たちが光る翅を羽ばたかせながら舞い踊っているのだ。

キラキラと煌めく鱗粉が私やカフォンの周囲に舞い散り、まるで光の微粒子が私たちを祝福しているかのようだ。


「あはは!なんかたのしー!」

「姫さま踊ろうよ~!」


妖精さんたちがキャッキャッとはしゃぎながら私の手を引っ張る。

一瞬、カフォンの魔法の範囲から外れて湖に落ちるんじゃないかと、心臓が喉元まで飛び出しそうになる。しかし、予想に反して私の体は宙に浮いたまま。まるで透明な巨大な手のひらに乗っているかのように、ゆったりと湖面の上を移動していいく。


「ねぇ、カフォン……これって……」

「妖精たちは無垢で無邪気でクソ馬鹿ですけど、姉さまの魅力だけは理解出来るようですね」


そう言って私の手をそっと握る彼。

その手から暖かな魔力が流れ込むような感覚を覚えながら、私は全身に感じる浮遊感に身を任せていた。


「僕だけの、ささやかな独占欲を邪魔するなんて、これだから妖精は嫌いなんです。まぁでも……たまにはこういうのも悪くない、か」


カフォンがボソッと呟いたその言葉は、私の耳に届くことなく妖精たちの笑い声にかき消されてしまった。

先程はカフォンから一目散に逃げだした妖精さんたちだが、今は彼の近くにいても平気らしい。

……いや、カフォンを見ないようにしてるだけかも?


「……」


気づくと、私の体は自然と宙を舞っていた。湖面すれすれを滑るように動き、妖精たちと戯れるように踊り続ける。

私がくるりと回転すると、まるで鏡写しのように、周囲の妖精たちが一斉に宙返りを決める。華麗なステップを踏めば、妖精たちは光のように、その場でくるくると回転した。


「あはは!」

「姫さま踊るのうまーい!」


現実を忘れ、ただ踊ることに没頭していく。妖精たちのキラキラした鱗粉が私の周りを舞い、まるで星屑のドレスを纏っているかのようだ。

私が笑うと、妖精さんたちもキャッキャと笑う。

まるでここは妖精の国だ。不思議な森と綺麗な湖に囲まれた、小さな楽園。こんな素敵な場所でいつまでも遊べたら、どんなに楽しいだろうか……。

私はそんな風に考えながら、妖精さんたちといつまでも踊り続けていた。


カフォンの姿が視界の端に映る。彼は少し離れたところから、複雑な表情でこの光景を見守っていた。

その瞳には、何か言いたげな思いが宿っているようだったが、妖精さんたちのはしゃぐ姿に邪魔され表情がよく見えない。


「ねぇ、カフォンも踊りましょう?きっと楽しいわ」


私がカフォンに手を差し出してそう言うと、カフォンは優しく微笑んだ。そして首を横に振る。


「申し訳ありません姉さま。僕は貴女と踊る資格がないのです」


資格?私は首を傾げた。踊るのに資格なんて必要なの?そんな馬鹿げた話があるものか。

しかし、カフォンの瞳には、ほんの少し残念そうな色が滲んでいるように見えた。きっと本当は一緒に遊びたいんだわ。

でも、彼はいつも大人びているから、素直に言えないんだ。


そうか、だったら。私が彼を本当の意味で子供らしくしてあげないと。


「そう……じゃあ仕方ないわね」


私は少し寂しそうな声を装って言った。そして、カフォンに背を向けるふりをして……。


「っえい!」

「!?」


──振りをして、抱き着いた。カフォンは驚いたのか、目をぱちくりさせている。

カフォンの驚いた顔を見て、私は思わず笑みがこぼれた。普段の落ち着き払った彼の表情が崩れる瞬間を見られるなんて、なんだかとてもレアな経験をした気分だった。


「ね、姉さま?何を……」

「ふふん!私はお姉ちゃんだからね。弟のわがままくらい聞いてあげられるのよ」


そう言って彼の頭を優しく撫でてあげる。するとカフォンはくすぐったそうに目を細めた。


「じゃあ、私と踊ってくれる?カフォン」


私がそう言うと、彼はしばらく戸惑った後に小さく「……貴女が望むなら」と答えた。

それを聞いて、私の顔に自然と笑みが浮かぶ。やっぱりこの子はまだ子供なんだな。なんて可愛らしいんだろう。

この温かな感情は、母性本能だろうか、それとも姉弟愛だろうか。


私はカフォンを、まるでクマのぬいぐるみを抱きしめるように優しく抱きしめると、ゆっくりとステップを踏み始めた。

彼は素直に身を委ね、私の動きに合わせてくれる。弟の温もりを感じながら、私たちは湖面の上をゆったりと踊り続ける。周りでは妖精たちも輪になって踊っていて、私たちを中心とした美しい光景が広がっていた。


「……ふふっ」


カフォンは無言のまま、穏やかな微笑みを浮かべている。その表情を見ていると、私の心にも温かな幸福感が広がっていく。

彼の笑顔が、静かな湖面に投げ込まれた小石のように、波紋となって私の心に広がっていくようだ。

妖精たちも楽しそうにしている。私たちの踊りに合わせてくるくる回ったり、踊ったりしてくれているようだ。

みんなの顔には笑顔が溢れている。不快そうな表情を見せる者は一人もいない。妖精たちはいつも笑っているような気がするけれど、今の笑顔はいつも以上に輝いているように見える。


私たちは、時間の感覚を失いながら踊り続けた。

遠くにそびえ立つ世界樹に見せつけるかのように、湖面の上で優雅に舞う。


どれくらい時間が経っただろう?何十分?それとも数時間だったかな?

分からないけど、私たちは飽きることなく踊り続けた。

そして───


「!?」


くるくる回りすぎて、私の頭の中でメリーゴーランドが永遠に回り続けていた頃。


突如、ドンッ!という轟音が鳴り響いた。


その音で、私の三半規管がついに白旗を上げたようだ。

目を回しながら周囲を見渡すと、湖畔の樹の裏から煙が上がっている。

まるで何かが爆発したかのような……というか実際に爆発したのだろう。周辺が焦げて黒ずんでいるのが見える。


「あれは……ふむ。キノコ型対人地雷が起動したようですね」


私は思わず「え?」と聞き返してしまった。地雷だって?

この森のメルヘンチックな雰囲気にぶち込まれた現実世界の爆弾か。

キノコ型という可愛らしさを残そうとする努力が空しい。


「どうやら地雷を踏んだお馬鹿さんがいるようですね。間抜けな面を見に行ってみましょうか」

「だ、大丈夫かしら?行って……」


妖精さんたちも後ろについてきて、まるでピクニックにでも行くかのようにキャッキャと騒いでいる。彼女たちにとっては、これも日常の一コマなのだろうか。

私たちが現場に近づくにつれ、焦げた草の匂いが鼻をつく。この森の危険度は、ファンタジー世界の平和条約でも無視されるレベルではないだろうか。


「よくもまぁ、あんな安っぽい罠にコロッと引っかかったね~。引っかかった奴の脳みそは休日かなぁ?」

「あ、あそこに爆弾キノコ仕掛けたの私かも!やったぁ、初めての爆破成功!」

「どうせならもっと派手にやろうよ~。この森、静かすぎて退屈なんだよね~」


地雷設置したの妖精さんたちかよ。彼女たちの会話を耳にして、私は妖精たちが実は闇の勢力ではないかと疑い始めた。彼女たちの背中に羽根の代わりにミサイルが生えていても驚かない。

妖精さんたちの会話をぼんやりと聞きながら、私は爆発地へと降り立った。

そこには大きなクレーターが出来ており、その中心には浅黒い肌をした人物が倒れていた。


黒い髪、黒い瞳。そして精悍な顔付の、青年。

服は奇妙な模様の布で作られており、どこか異国の雰囲気を漂わせている。胸元には見慣れない文字が刺繍されている。

年の瀬は私と同じくらいだろうか、見慣れない服装と顔だ。


「えっと……誰?」


恐る恐る近づき、震える指で彼の首筋に触れる。温もりを感じる。生きているらしい。安堵のため息が漏れる。

しかし、疑問は消えない。彼は何者だ?なぜこんな危険な森にいた?爆発に巻き込まれて生き残るなんて、タフガイか、それとも運のいいお馬鹿さんか。


私が困惑していると、カフォンが青年を見下ろして呟いた。


「おや、死んでないとは素晴らしい耐久力ですね。流石はハイドワーフ、といったところでしょうか」

「え?」


ハイドワーフ?ドワーフの最上位種?私たちハイエルフと同格の……つまり、ドワーフの王族?


「ん?王族?」


私の背筋に嫌な予感が駆け巡った。

……嫌な予感がする。きっとこれは気のせいじゃないだろう。

カフォンに目を向ける。すると彼は何でもないように、こう言った。


「彼はドワーフの王子カイナブル。つまり姉さま、貴女のお見合い相手ですよ」










「はい?」


その言葉に、私の脳内で何かが派手に爆発した。爆弾キノコよりも派手に。


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