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第12話

「お父様!今そんな場合じゃありませんって!城が崩壊する前に止めてください!」


私は必死に叫ぶ。声が裏返るほどの勢いで父に詰め寄る。

しかし、父は相変わらず平然とした態度を崩さない。


「まぁまぁ、いつもの事だしその内おさまるでしょ。あ、ほら!壁紙が剥がれてきたから新しくできるじゃないか!これは天啓だよ。エルミア、壁紙の色は何色がいい?」


いつもの事だったか?そんな記憶ないんですけど?

もしかして私の記憶喪失でも始まったの?


「お父様、壁紙の色を決める前に、まず壁を守るべきでは!?」


つーか早く二人を止めないと!内装どころか、このままじゃこの城がぶっ壊される……!

王族の引っ越し代なんてとんでもないことになるぞ!


「ハァッ!!」


アイガイオンの刃がカフォンの首筋を捉える。その動きは目にも止まらぬ速さで、空気を切り裂く音すら聞こえない。

しかし、その鋭い一撃は虚しく空を切る。

カフォンの周囲に展開された魔法の領域が剣を瞬時に分解し、刀身はサラサラと塵に変わっていく。

まるで砂時計の砂のように、剣は消えていった。


「あーあ。その剣、高かったんじゃないですか?僕のお小遣い三か月分くらいしたんじゃ?」

「テメェの小遣い三か月分がこの剣の値段だと?笑わせるな。これは俺のお小遣い一年分の代物だ。だがな、その程度で俺を止められると思うなよ」


アイガイオンの声は低く唸るように響く。その目は獲物を狙う猛獣のように鋭い光を放っている。

カフォンはそのままその小さな身体で回し蹴りを繰り出した。アイガイオンはギリギリで反応し、身体を後方に反らして回避する。

しかしカフォンの蹴りが彼の頰に触れ、血が噴き出した。


「おっと、顔だけが取り柄の兄さまの美貌にキズがついちゃいましたね。これじゃ、何の価値も無いただの狂人だ」


カフォンの声には皮肉な喜びが混ざっている。

アイガイオンは吹き飛ばされながらも壁に激突する事はなく、空中でくるりと体勢を整えると音もなく着地した。

その動きは、重力を無視しているかのようだ。そして流れる血を舌で舐めとる。その顔には歪んだ笑みが浮かんでいた。


「まったくよぉ……兄を敬うって気持ちがテメェにはねぇのかァ?あぁ?エルミアへの愛も理解できないのか?」

「は?僕が兄さまを尊敬するとか天変地異の前触れかなんかですか?それにその愛情表現、ストーカーそのものですよ」

「カフォン。そんなに死にてェなら今すぐ殺してやるよ。兄として、弟の願いは叶えてやらないとな……」


アイガイオンの手が腰に伸び、鞘から新たな剣を引き抜いた。

その刀身は深紅に輝き、生きているかのように脈動している。

剣からは邪悪な気配が立ち昇り、周囲の空気を重く、息苦しいものに変えていく。

私ですら一目見ただけでやばい代物だと分かる剣。本能であの剣は触れてはいけないものだと感じた。

しかし、カフォンはそれを見ても意に介さない様子で平然とした様子でいる。


「なるほど、その剣なら魔法領域ごと僕の身体を斬り裂けるでしょうね。まぁ当たればの話ですけど。それより、その剣で髪の毛でも切ったらどうです?セルフカットの練習にでも。最近の兄さま、髪型が野暮ったいですから」


カフォンの声には皮肉な笑みが滲む。その言葉は軽やかだが、目は鋭く冷たい。

不意に、彼の両手から青白い電光が走る。魔力で編まれた雷の槍が形成され、その先端はアイガイオンの胸元を正確に狙っていた。

周囲の空気が電気を帯び、髪の毛が逆立つほどの緊張感が漂う。

カフォンの目には冷徹な殺意が宿り、その表情は兄を殺すことを心底楽しみにしているかのようだ。


「──よく考えたら姉さまにとってお前が一番の害虫だったな。いい機会だから駆除するか。害虫駆除、狂人退治、一石二鳥ってところかな」

「いいぜぇ?やってみろ……。思い出すぜ、テメェみたいな生意気な魔法使いを何百人とぶっ殺したあの大戦をよ……」


その声は低く、獣のうなり声のように響く。空気が重く、濃密になる。

魔力が二人の周囲を蹂躙し、広間は台風の通過後のように荒れ果てた。

テーブルは粉々、壁には大きな穴が開き、シャンデリアはかろうじて天井にぶら下がっている。

アイガイオンとカフォンは決闘前の剣豪のようにお互いを睨み合いながら、じりじりと間合いを詰めていく。

二人の姿はエルフというより、まさに地獄から這い出してきた悪鬼そのものだった。


──いやちょっと待て!マジで止めろって!!

私は二人の間に割って入ろうとする。こんな所で殺し合いをされても困るし、一応兄弟なんだし少しは大人しくして仲良くしろ!


そう思ったその時だった。父が私の腕を握り、真剣そうな表情を浮かべている。

その表情を見て私は悟った。あぁ、ようやく父も重い腰を上げて二人を止めてくれる気になったか。

ようやくこの惨劇を止める気になったんだな。

ちょっと遅いけど、しょうがないな。うん。


「──エルミア」


私は父に感謝の気持ちで胸が一杯になる。しかし、父は予想外の言葉を私に投げかけた。


「実はドワーフの国とだけじゃなくて、ヴァンパイアの国から縁談の話がきてるんだけどサァ!どっちがいい?ドワーフなら鍛冶の腕は確かだし、ヴァンパイアなら不老不死だよ!」


私の顎が床に落ちそうになる。

目の前で繰り広げられる兄弟の殺し合いを無視して、縁談の話?


今?


ここで?


その瞬間、私の理性のタガが外れた。反射的に、私の右足が父の顔面めがけて跳ね上がる。


ゴキッ!っと。私の蹴りが父の顔面にクリーンヒットした。父は優雅な弧を描いて宙を舞い、壁に激突した。


「いやぁぁぁ!今そんな話してる場合じゃないでしょ!!」


私の怒号が広間に響き渡る。壁に激突すると、壁はクッキーのように音を立てて崩壊した。

父は瓦礫にまみれながらピクピクと痙攣している。その姿は、まるで漫画のコマ割りに出てくるような惨状だ。

そんな父の姿に私は今まで溜まりに溜まった鬱憤が少しだけ晴れた気がした。心の中で小さな歓喜の声が上がる。


「あ……やっちゃった。でも、まあいいか」

「ん?」


二人も父の惨劇私がやったんだけどに気付いたようで、こちらに視線を向けてくる。

殺気を四散させながらも、兄と弟は私に向き直り、私に対してこう言った。


「どうしたエルミア。お前が父に手を出すなど珍しいな」


今まで実の弟と殺し合いをしていた兄に言われたくない台詞であったが、私はこほんと咳をすると倒れこむ父セーロスを睨みつけながら言った。


「こんな時にお父様が私の縁談の事を持ち出してきたからです。しかもドワーフやらヴァンパイアやらの国とか意味の分からない事を言って!娘を売り飛ばそうとしているみたいじゃないですか!」


私の声は怒りで震えている。その言葉に、兄アイガイオンと弟カフォンの表情が一変する。


「……なにぃ?」

「なんですって?」


二人の声は低く、危険な響きを帯びている。彼らの目は、獲物を見つけた狩人のように鋭く父を捉えた。

その視線を受けて、父はビクンと身体を跳ね上がらせた。

父の顔から血の気が引いていく。彼は這いつくばるようにして逃げようとするが……。


───しかしその逃亡劇は長くは続かなかった。


「うぎゃあ!?」


カフォンの魔法によって父の身体が宙に浮きあがり、ヨーヨーのように広間の中央に叩きつけられる。

そしてそのまま、アイガイオンの紅の剣が父の首筋に突き付けられた。

剣先からは邪悪な赤い光が漏れ、父の顔を不気味に照らし出す。


「ひぃっ!? や、やめて!その剣はマジでやめてぇ!?」

「おいコラァ!どういう事だ?あ?エルミアを売り飛ばそうなんて考えてたのか?」


アイガイオンは眼を血走らせて父に顔を近付ける。その目は、父を生きたまま解剖しようとしているかのようだ。


「いや、でもほら……流石に外国の王族相手だと断るのもあれだし、ちょっと会わせてみてもいいかなぁ~って……国際親善の一環というか……」


その瞬間、カフォンが放った稲妻の槍が舞う。

バチバチと雷が弾ける音が木霊し、父の隣にあったテーブルが粉々に吹き飛んだ。

テーブルの破片が父の周りに降り注ぎ、木製の雨が父に降り注ぐ。


「ひっ……ひぃ!?」


父の悲鳴が響く。その声は裏返り、ほとんど絶叫に近い。

「父さま。僕、言いましたよね?これ以上害虫を増やすなって。姉さまの周りにゴキブリみたいな男を寄せ付けるなって」

「い、いや……それはそうなんだけどさ……でも外交上ちょっと……ほら、エルちゃんがいるからこその外交策っていうか?」


父が言い訳をしようとした瞬間、再びカフォンが電撃を放つ。

広間に紫電が走り、父は情けない悲鳴を上げてのたうち回った。


「うひぃ!?うぎぎぎぎぎ……!!」

「へぇ?姉さまがいるからこその外交策ですか。彼女を駒扱いするとは……面白いことを言うなぁ、お前は」


カフォンの紅い眼光がギラリと光る。

そして、アイガイオンの紅い瞳も、父を睨み付ける。

その瞳には殺意の炎が燃え滾っていた。


「おいカフォン、どうする?この世紀の大バカ野郎を。脳みそをスクランブルエッグにでもするか?」

「うーん。一応この身体の父だし殺すのは不味いか。裸にして王城の門にでも磔にしときますかね。エルフの王様の裸体ショー、国民の人気を博しそうです。見物料で国庫も潤うかも」

「ね、ねぇっ!お父さんに対する扱いが酷すぎない君達?ねぇ!?僕は愛する娘の幸せを思って……つまり、国益を考えて……」


ふと、私と父の目が交差した。父は必死の形相で目線で私に助けを求める。

その目は「たすけて」と叫んでいる。溺れる者が藁をも掴む必至さだ。


しかし私はぷいっと目を逸らすと、冷たく口を開いた。


「お父様なんてしりませんっ。私にはお父様はいません。私は木から生まれたんです!」

「そ、そんな……!?エルちゃん、パパだよ!?愛しい娘よ!?記憶喪失?それとも突然の叛逆期!?」


んな状況でも縁談を進めようとしている罰だ。

つーか縁談の話はもうしないとか言ってなかったか?なんで裏でコソコソやってんだよ!

激おこである。ぷんぷんである。怒りゲージMAXである。


「エ、エルちゃん!待って!あ、謝るからたすけ……ギャーッ!!!」


私は父の断末魔を聞きながらその場を後にした。




ぷんぷん……。

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