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第11話

王城にある大食堂。

目が眩むほどキンキラキンな内装に囲まれ、ゴージャスすぎて胃が痛くなりそうな料理が山盛りのテーブルを前に私は家族と一緒に「団らん」を楽しんでいた。

そう、「団らん」である。引用符付きの。


「さぁ、エルミア。俺があ~んしてやろう。特製の『永遠の愛』ケーキを食べてくれ」


だだっ広い空間だというのに、兄は私の真横にピッタリとくっついている。

その距離感は、明らかに普通の兄妹のそれではない。


「いえ、私は一人で食べれますので。それにそのケーキ、食べたら呪われそうで怖いです」


私は兄に差し出された食事を丁重にお断りした。何が悲しくて自らの兄にあ~んされなきゃならんのだ。

いや、そりゃ子供の頃はそんな事をしていたけれども、今はもう大人である。

というか、むしろ子供の頃から嫌がるべきだったな。うん。


「そんな事言わないでくれ。さぁ、あ~ん……このケーキを食べれば、永遠に兄妹の絆が結ばれるんだ」

「いえ、結構です。そんな呪いみたいなケーキ、遠慮しておきます」


私は冷や汗を流しながら、なんとか兄の熱意をかわそうとする。

この状況、食事を強要されている囚人のようだ。いや、囚人の方がまだマシかもしれない。

少なくとも彼らは兄にあ~んされる心配はないのだから。


私は何とかこの状況を脱しようと父に視線を向けた。

「助けて」という無言のSOS信号を送る。溺れる者が必死に手を伸ばすかのように。

すると私の視線に気付いた父がにっこりと笑って言う。

その笑顔は、我が子の初恋を見守る親そのものだ。


「兄妹で仲がいいのはいい事だね、うん。エルミア、お兄さんの愛情をしっかり受け止めなさい」


父は私達のやりとりを微笑ましそうに見ていた。その目は、子猫の戯れを楽しむかのような優しさに満ちている。


彼はこの状況を見て何とも思わないのだろうか?

つーかこれ仲良しとかじゃなくね?そういうレベルじゃないよな?これ、明らかに兄の暴走じゃない?


誰か止めてぇ!

私の内なる叫びは、誰にも届かない。

この状況は悪夢以外の何物でもない。いや、悪夢なら目が覚めれば終わるが、これは現実だ。


「……」


ちなみに同じ食堂には複数の使用人達が侍っている。

メイド服や燕尾服を着たエルフの使用人達は、目の前で行われている異常行為を見ても一切動じなかった。その表情は、石像のごとく無表情だ。

およそ貴族らしくない光景を目の当たりにしているのにも関わらず、彼等は一切反応しない。

ただ黙々と侍っているだけだ。きっと「貴きハイエルフ様の愛情表現です。見なかったことにしましょう」と心の中でつぶやいているに違いない。


私としては使用人の誰かが兄にマナーを注意してくれないか期待した事もあったが、それは無理な話だった。

エルフの厳格な階級社会では王族に物申すなど自殺行為に等しいからだ。

ここで何か言えば、翌日には首が飛んでいるかもしれない。

いや、その瞬間に首と胴体がサヨナラしているかもしれないのだ。物理的に。

だから、誰も何も言わない。


──だが、ハイエルフであるアイガイオン王子に物申せる者は存在する。

私や父ではない。


それは──。


ヒュン、と空気を切り裂く音を立ててフォークが兄の顔めがけて飛んできた。その速さは、音速に迫るものだ。

フォークは兄の頰を掠め、そのまま壁に突き刺さって止まった。壁紙に新しい模様が加わった瞬間だった。

突如の出来事に、食堂内の空気が凍りつく。使用人たちの顔から血の気が引いていく。

私は目を見開いて固まる兄と、投擲した人物を見比べた。そして驚愕する。


「兄さま。エル姉さまが嫌がっているではありませんか。さっさと離れて下さい。そのベタベタぶり、腐って溶けたチーズみたいで食欲が失せます」


怒りを顕にしながら私にベッタリとくっついている兄に向かってそう言ったのは、私の唯一の癒しである弟のカフォンだった。

彼はゴミを見るような目で兄アイガイオンを睨んでいる。その視線は氷のように冷たく、鋭い。


「カフォン……てめぇ、兄であるこの俺にこんな事をして……どうなるか分かっているんだろうな?」


アイガイオンはカフォンを睨みつけて言った。その声は低く、危険な響きを含んでいる。

しかし彼はどこ吹く風で答えた。


「そんなに妹にベタベタして、傍から見たら異常者ですよ、異常者。普通にキモいし姉さまも嫌がってるんで、マジで離れて下さい。このままじゃ、超越種界の笑い者になりますよ?『妹を溺愛しすぎて頭がおかしくなったハイエルフ様』って」


カフォンは淡々とそう言った。その口調は冷静そのもので天気予報を読み上げているかのようだ。

弟の言葉を聞いた兄は額に青筋をビキビキと浮かべる。

その表情たるや、怒り狂ったドラゴンも真っ青な形相だった。

私に見せる優しげな兄ではない、そこにいたのは狂った一人の鬼である。


食堂内の空気が一気に重くなる。使用人たちは息を潜め、身動きひとつしない。

その中には勿論私も含まれている……。


「誰が、キモくて、嫌がってるだと……?エルミアがそんな事を思う訳ねぇだろうがァ!」


兄の声が大広間に響き渡る。その声には怒りと悲しみが混ざっている。

あ、すいません。ちょっと思っちゃいました。ごめんなさい。でも兄様、現実を直視して下さい。


カフォンは兄の言葉にやれやれと溜息をつくと言った。その表情には、大人が子供の駄々をあしらうような余裕が見える。


「とにかく離れてください。キモいんで」


カフォンの言葉は冷たく、氷の刃のように鋭い。

刹那、殺気が大広間に充満した。

兄、アイガイオンはおもむろに剣の鞘に手を掛け、抜刀する。その動作は優雅で、流れる水を思わせる。

その刀身は、目に留まらぬ速さでカフォンに向かっていった。

光の反射が刃を奔る───。


「シャアッ!!」


迫りくる刃に、カフォンは一瞬だけ視線を向けたが、すぐに興味が失せたように反応を示さなかった。

その表情は退屈な講義を聞かされている学生のようで、欠伸を噛み殺しているようにも見えるほどだ。

カフォンの頸動脈目掛けて迫りくる剣。その軌道は完璧で狙いは外れそうにない。

しかしそれが彼の肌に触れる事はなかった。


「!」


突如、剣の動きが止まる。カフォンは人差し指一本で、兄の渾身の斬撃を受け止めていた。

私は呆然とその尋常ならざる光景を目の当たりにして、固まっていた。

口は開いたまま、目は信じられないものを見たかのように見開いている。


───え?なにやっちゃんてんの君達?


なんで家族団らんの時間がいつの間にか殺し合いになってるの?

つーか弟に斬りかかったのかこの馬鹿兄は?

いやそれよりも指一本で剣を止めるとかカフォンくんどうなっちゃってんの君?

頭の中で次々と疑問が浮かぶ。状況を理解しようとするが、現実が追いつかない。

エルフの王族って、こんな特殊能力持ってたの?持ってないの私だけかよ。


そんな私の困惑を他所に二人は睨み合っている。その視線は、剣戟を交えているかのように鋭く間に立ったら八つ裂きにされそうだ。

使用人たちは「何も見えない、何も聞こえない」と言わんばかりに固まったまま。


「はぁ。本当に姉さまを困らせるのが好きだなぁ兄様は。剣術の腕が落ちてますよ。毎日姉さまにベタベタして、剣の鍛錬を怠った成果が出ましたね」


カフォンは、退屈そうに言った。

──その瞬間である。

カフォンの身体から凄まじい魔力の奔流が溢れ出した。魔力の渦は瞬く間に荒れ狂い、周囲を蹂躙する。広間は一瞬にして魔力のるつぼと化した。


魔法使いが奇跡を顕現する時に展開する魔法領域が、カフォンの身体から迸っていた。

それは猛毒にも似た瘴気であり、広間にいた使用人達はバタバタと意識を手放していく。彼らは操り糸を切られた人形のように崩れ落ちていった。

さもありなん……普通のエルフがこの魔力の圧に耐えれる訳がないのだ。

まぁ私も普通にキツいんですけどね。


「くっ……くく……。いつ見てもテメェの魔力は邪悪そのものだ。大戦の時に俺が斬り殺した魔法使い共の魔力の方がまだ清らかだなぁ?」

「はぁ?僕が邪悪?この清廉潔白にして純真無垢な僕が邪悪ですって?兄さま、目が悪いんじゃないですか?あと、頭も」

「純真無垢だぁ?笑わせるな。テメェの魂は真っ黒に染まってやがるぜ。その穢れた魔力が証拠だ」


次の瞬間、私の視界から二人の姿が消えた。

そして直後、爆音が鳴り響き、大広間の壁が粉砕した。煉瓦や漆喰が宙を舞い、埃が立ち込める。

とんでもない轟音と衝撃に私は思わずよろける。地震が起きたかのような破壊力だ。


「……」


私は目の前で起こっている光景に目を奪われる。唖然とした表情で立ち尽くす。

カフォンの魔法とアイガイオンの剣がぶつかり合い、強烈な衝撃波を巻き起こしていた。

最早二人共私の事など忘れているらしく、二人だけの空間で殺し合っていた。


「テメェのどこが清廉潔白だよ?皆言ってるぜ、テメェはあの狂王の再来だってなァ!」

「何を言っているんですか?僕ほど常識的で品行方正なエルフは他にいませんよ。貴方みたいな異常者とは違うんですから。僕の魔法は純粋な善意から生まれているんです。ただ、その善意が少し暴走気味なだけで」


二人は言葉を交わしながら剣と魔法をぶつけ合う。

その度に衝撃と破壊が撒き散らされ、壁や床を破壊していった。

大理石の床が砕け散り、豪華な絨毯が焼け焦げる。


「ちょ、お父様!止めて下さい!このままじゃ王城が跡形もなく消えちゃいますから!兄弟喧嘩の度に城を建て直すのは王国の財政を圧迫しますよ!」


私は隣にいた父に必死に訴えかける。しかし、父は微動だにしなかった。

まるで晴れた日の公園でピクニックを楽しんでいるかのように、彼は穏やかに言った。


「まぁ、たまにはいいんじゃない?ちょうど城の内装を変えたいと思っていたところだし。二人の戦いを見ていると、新しいインテリアのアイデアが浮かんでくるよ。破壊的なアートってやつかな」


いや止めてくれよ!弟と兄が殺し合いしてるんだよ!?何和やかにしてんだよマジで!!

これじゃ平和な家族団らんじゃなくて、家族大戦争じゃないか!

次は何?家族会議の代わりに家族バトルロイヤルでもするつもり?


「あ、エルミア。ところでさぁ、何か外国から縁談の話きちゃったんだけどちょっと考えといてくれない?お相手はドワーフの国の素敵な王子様だよ。趣味は城の破壊らしいから、きっとアイガイオンとカフォンとも仲良くなれるよ」


それ絶対今する話じゃねぇだろ!しかも、そんな破壊趣味の王子様いらねぇよ!

この城にこれ以上の破壊マニアは必要ない!


「お父様、今はそんな話をしている場合じゃありません!ほら、見てください!カフォンがお兄様の髪の毛を燃やそうとしてます!」


私は必死に父の注意を引こうとする。

目の前では、カフォンが手から炎を出し、アイガイオンの金髪に向けて放っている。


「おや、髪型を変えたいのかな。兄弟愛だね。カフォンは美容師になりたかったのかもしれないよ。素敵な夢じゃないか」


父上、それ兄弟愛じゃなくて殺意ですよ!そして美容師は炎で髪を整えたりしません!

私は心の中で叫びながら、この狂った状況をどうにかしようと必死になっていた……。

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