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第3話

「えっと、この方は……」


私は写真を指差す。そこには、完璧すぎる髪型と真っ白な歯、そして一糸乱れぬ高級スーツに身を包んだ男性が写っている。


「そのお方はエルメルネ侯爵の御子息で御座います。侯爵様はとても素晴らしいお方で、王国でも随一の良識ある方としても有名ですぞ」


セルシルが胸を張って説明する。その表情は、自分の息子の話をしているかのようだ。


「そうですか。それは素晴らしい御方ですね。でも、その『良識』って、息子にも遺伝してるんですかね? 遺伝子の気まぐれで飛ばされてないといいけど」


私は次々と紹介される人物の写真とプロフィールをパラパラと見る。

どれも同じような完璧な笑顔と、どこかで聞いたような華々しい経歴ばかり。正直、全然興味が湧かない。


「所詮は会ったこともない相手。見た目が良いだけの中身スカスカ野郎になんて興味ないわ。それに、この写真、絶対に修正入ってるでしょ。現実の彼らは、きっと朝起きたときのわたしみたいな顔してるわよ」


まさかこの世界にも写真を修整する技術があるとは……。

もしかしたらSNSも存在するかもしれない。いや、それはないか。

あったら、この完璧な貴族たちも「いいね」稼ぎに必死になって私に縁談を申し込んでいる暇なんてないだろうから。


「ふぅ……」


私は小さくため息を吐く。そして興味なさげに窓の外を眺める。

視線の先には快晴の空が広がっていた。青空には白い綿菓子のような雲がポツポツと浮かんでいる。


「こんな天気のいい日に、部屋で"夫選び"なんてくだらないことをしなくちゃいけないなんて、人生損してる気分。森林浴でもした方がよっぽど有意義よ」


私の様子に気付いたのか、セルシルが紅茶を差し出してくれる。

湯気が立ち上る高級な磁器カップには、琥珀色の液体が注がれている。


「姫様もお疲れのようですな。少しお休みになられては?」

「ええ、まあね。縁談相手を見るより、雲を見てる方がずっと楽しいわ。少なくとも雲は私に求婚してこないし」


紅茶を一口飲んで、また窓の外を見る。紅茶の香りが鼻をくすぐる。


「ねえ、セルシル。私が『実は雲と結婚したいの』って言ったら、みんな諦めてくれるかしら? それとも、『姫様は頭がおかしくなった』って騒ぎ立てるかしら?」


セルシルは少し困ったような顔を浮かべながら口を開いた。


「国王陛下にも悪気はないのです。ただ、姫様は適齢期になられた。故に早めに相手を探そうと思ったのでしょう」


「分かっているわ。お父様の気持ちは。でも、私の"適齢期"って何歳まで続くのかしら?エルフの寿命を考えたら、あと1000年くらいは"適齢期"って言ってきそうよね」


私は冗談っぽく言いながらも、心の中では真剣に考えている。


「私はまだそういった事に興味が沸かないの。王族の責務も理解してるつもりよ。でも、私の魂が自由を求めてるの。まだまだ縛られたくないのよ」


私のその言葉を聞き、セルシルは柔和に微笑んだ。

それはまるで子を見守る親のような慈愛に満ちた表情だった。しわの刻まれた目尻が優しく下がる。


「この爺やには分かっておりますぞ。貴女様は幼い頃から何かに縛られる御人ではなかった……」


セルシルの言葉に、私の目が少し潤んでしまう。

その声音には、長年の思い出と愛情が滲んでいる。


「ありがとう、セルシル。あなたって本当に私のことをよく分かってくれてるわ。他のエルフは『姫様は自由奔放すぎる』って言うのに」

「姫様のなさりたいようになさいませ。それが爺やの唯一の願いに御座います」


セルシルの顔には優しい微笑みが浮かんでいる。

その表情を見ていると、幼い頃に膝の上で絵本を読んでもらった日々を思い出してしまう。


「そんなこと言われたら、余計に甘えちゃいそう。『縁談?全部お断りで』って言ってね。あぁ『姫様は突然雲と駆け落ちしました』って発表してもいいけど」


私は冗談っぽく言いながらも、心が温まるのを感じていた。

彼は私が幼い頃からずっとお世話係として側にいてくれた、家族のような存在なのだ。


「まぁでも……あなたの顔を立てるためにも、縁談の書類くらいには目を通しておくわ。その上で全部断るけどね」


そう言いながら、私は再び縁談の書類に目を通し始める。

紙をめくる音が静かな部屋に響く。


「ねえ、セルシル。この中に『趣味:姫様と結婚しないこと』って書いてある人はいない?いたら、その人とだけお茶でもしてあげてもいいわ」


私の言葉に、セルシルは苦笑いしながら首を横に振る。

その表情には、「まったく、姫様は」という諦めと愛情が混ざっている。


「はぁやっぱり。まあいいわ。この縁談攻めも、きっといつかは終わるでしょ。1000年後とか2000年後とか……そのころには私、杖をついて『またですかのう?』って言ってるかもしれないけど」


エルフの長い人生、こんなやり取りを何度繰り返すのだろう。

私の寿命はどれくらいかは知らないけれど……でも、それもまた楽しいかもしれない。

そう思いながら、私は縁談書類をパラパラとめくるのだった。

次々と書類と写真をめくる私の手が、ふと止まる。


「あら、この人なかなか……」


金髪を腰まで伸ばし、整った顔立ちの美青年。

煌めくような紅い瞳が写真の中から私をジッと見つめている。

まるで王族のような高貴な雰囲気を纏う青年……。


「ってお兄様じゃねぇか!またかよ!!」


私の表情が一瞬で崩れる。怒りと呆れが入り混じった声が部屋中に響いた。


「何枚送ってきてんだよコイツ!!キモッ!!自分の妹に何回アピールすれば気が済むの?!」


即座に、写真をぐしゃりと握り潰す。


「セルシル、キャッチ!」


ポイっと投げると、セルシルが見事にキャッチした。


「お見事です、姫様。ゴミを処理するかのような手際の良さ」

「ありがとう。長年の経験よ。お兄様の写真を処分する特訓の成果ね。国技にしてもいいかも」


セルシルは黙ってその写真をゴミ箱に捨てる。その動作には慣れた様子が窺える。

素晴らしいコンビネーションだ。セルシルと私は前世ではコンビだったのかもしれない。


「ねえ、セルシル。お兄様の写真が出てくるたびに、私のストレスが溜まるの分かる?」

「はい、よく分かります」

「正直、ここまで来ると嫌がらせに感じるの。お兄様ったら、私が縁談を受けるまで永遠に写真を送り続けるんじゃないかな?って疑うレベルよ」


私は小さくため息を吐いた。正直言って、兄の考えていることが分からない。


「何で私に求婚してくるのよ?意味不明すぎて、呪いに思えてきたわ」


悪い人ではないのだ。嫌いではない……というか私は兄が大好きである。

いつも私を楽しませてくれたり、相談にのってくれたりと優しくて頼りになる兄だ。

でも普通、妹に縁談申し込むか?正真正銘血が繋がってんだぞ?顔とかかなり似てるし、兄妹なのが一目で分かるくらいなのに……。


「もしかして、鏡見て自分に恋しちゃったのかしら?ナルシスト過ぎない?」


私は頭を抱えた。


「アイガイオン様はエルミア様の事が心配なのですよ」


「心配?どこをどう心配したら妹に求婚することになるの?『妹が結婚しないから、仕方なく自分が結婚相手になってあげよう』って発想?それって最高に自意識過剰じゃない?」


アイガイオン……そう、私の兄の名前だ。

金髪で、綺麗な紅い瞳で、整った顔立ち。背は高く、スタイルも抜群だ。

性格は明るくて人当たりが良く、誰にでも優しい。まさに完璧超人のような人物なのだ。


でも……。


「妹に求婚するとか少しヤバイのでは?」

「少しどころか最高にヤバイ……。あ、いえなんでもありませんぞ。そう、少しばかりおヤバイのは確かではありますが……」


セルシルが言葉を濁す様子を見て、私はますます首を傾げる。


「おヤバイのが分かっているならば止めてくれないかしら?」

「アイガイオン殿下は……その……私如きが口を聞ける立場でないのです」


セルシルの声が震える。彼の目は、恐ろしい何かを思い出したかのように虚空を見つめていた。

ん?どういうこと?兄は今回の件については異常極まりないが基本的には優しく、慈悲深い人のはずだ。

なのにセルシルときたら、兄の話題になると顔を青ざめさせ、何かに怯えるような表情を浮かべていた。

……そういえば、兄と私は何百歳もの歳の差がある。エルフの長寿だからこその歳の差。

ハイエルフならなおさらだ。私が生まれる前の兄の人生なんて、想像もつかない。


「ねぇ、セルシル。何故お兄様をそんなに怖がるの?お兄様は昔、何をしていたの?まさか、『妹が生まれるまで世界征服でもしてた』とか?」

「そ、それはっ……!」


セルシルの言葉が途中で切れる中、部屋の空気が凍りつくのを感じた。

冗談で言ったというのに、一発で当たりを引いてしまったかのような反応に私も真顔になった。


「冗談よね?セルシル、お願い。『冗談です』って言って」


セルシルは、断頭台に向かうかのような覚悟で、ゆっくりと唾を飲み込む。

彼の額には大粒の汗が浮かんでいた。


「……ア、アイガイオン様は、その……昔……戦争で……」

「戦争?」


私の頭に「?」が浮かぶ。

そう言えば、大昔に...それこそ何百年も前、私が産まれる遥か以前に大きな戦争があったと聞いたことがある。

正直何百年も前の事とかあまり興味がなかったので私もよくは知らないのだが……どうやら兄はその時には既に生まれてたようだ。

しかし、兄と戦争が一体どういう関係で……?


「アイガイオン様は……戦争で狂っ……」


セルシルの恐ろしい告白が途切れた瞬間。


──私の部屋の扉が勢いよく開かれた。


その音に、私とセルシルは驚いて飛び上がる。


思わずそちらを見ると、そこにいるのは一人の少年だった。


「エル姉さま!」


入ってきたのは私の弟、カフォンであった。

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