秦景楓がやったことある仕事一覧の中には、イラストレーターと言うのもある。まぁイラストレーターと言ってしまうと本業の人に怒られてしまいそうだが、知人が「開催する祭りのポスタ、締め切り一週間後なのに絵を描いてくれる人が見つからない! 秦さん助けて! 液タブ貸すから!」と言ってきたから描いたのだが、これが案外巷でウケて、絵に関する依頼が来るようになったのだ。
地域で噂の何でも屋さんは金さえ払えば美人画からアニメ調まで依頼可能なのだ。
「ほんと、秦くんに頼んで良かったよ~! 絵の勉強とかしてたの?」
「あぁ、いえ。そういう訳ではないですよ。齧った事もないですし、本業としてやっていらっしゃるプロの方と比べれば、素人に毛が生えた程度ですよ」
「齧った事もないのにこんなに出来るの!?」
仰天したように目を丸くしたクライアント。そりゃそんな反応にもなるだろう、どう考えたって普通では無いのだから。
しかし、そんな彼女の驚きも、秦景楓にはあまりピンと来ないモノだ。そう思われるのも理解は出来るが、自分はずっとそういう風にやってきたのだ。なんとなく持っているイメージを形にすればなんとなく出来てしまう、そういうモノなのだ。こんな事を言うと嫌味かと睨まれてしまうから、口にはしないが。
絵を描く事と木を彫る事は、心が落ち着いてとってもいい。故に、こんな時に独り黙々と行うには丁度良いのだ。
「秦景楓。何を描いているんだ?」
しかし、心を落ち着かせなければならない要因を作ったご本人がノックも無しに部屋に入り込んで来たら話は別だ。急に声をかけられビクリと震えたが、相手が簫司羽だと分かると力が抜ける。鼓動はいつもよりも早いが、ビックリした余韻だろう。
「司雲、ノックくらいしてよぉ。まぁ、何を描こうって思って書いてる訳じゃないんだけど。何かリクエストある?」
「そうだな。俺を描いてみろ」
「え、司雲を? いいけど、上手くかけなくても怒らないでね。下手だから不敬扱いで処刑とか、絶対嫌だからねー」
「不敬を気にするのであれば、その態度を貫いてはいないだろ? とっとと描け」
「はいはーい。口ぶりが横暴なんだからもぉ」
文句を言いながらも、そこに座った司雲を描き始める。
「一発描きなのか?」
「うん、時短って感じかな。まぁ、仕事で描く時は流石にアタリつけてたよ。そっちの方が綺麗に出来ると言えば出来るからね」
やはり、丁寧にやればその分仕上がりのクオリティは上がるモノなのだ。秦景楓は拘りたいときはとことん拘る質だが、逆に別にいいやと思った所は割と簡単にしてしまう。絵は完全なる趣味の一種だから、仕事でもない時は後者になる。
それでも悪くないのが仕上がるせいで、知り合いの絵師に物凄い納得いかな気な顔をされるのだが。しかしまぁ、この場合自分がどうしても逆撫でになるから、謙虚になり過ぎず尚且つ誇示し過ぎない程度に仕える時に使うのだ。
「出来たよ司雲」
「ほう、この短時間で仕上げるか。見せてみろ」
はいと紙を簫司羽の方に向けると、彼は一驚したように目を丸くした。それも無理もないだろう、たった五分もかからずサラッと仕上げられた絵は、落書きのレベルは軽く超えたしっかりとした絵だったのだ。
「お前凄いな」
思わずそんな単純な感想が出て来た。褒められて、秦景楓は満更でもなさそうにふふんと笑う。純粋に口から漏れ出た称賛程信じられるものはないだろう、語彙の良い称賛は作った感があるが、単純な言葉の場合は本音である確率が高い。
「でしょでしょー。そう、こっちも見てよ、四神描いてみた!」
「四神か、どれ見せてみろ」
嬉しくてそのままもう一枚の方も見せた。まるでお絵描きを褒められたちびっ子のようだが、絵のレベルは全くちびっ子ではない。簫司羽は興味深げに見せられた絵を手に取り、まじまじと眺めている。
「お前の出身は、どれだったか」
「え? どれって、どの方角だったって事だよね。えーっとねぇー……」
急な質問に思いだせず、頑張って答えをだそうと頭を叩く。そもそも四神のどれがどの方向だったか、そもそも、秦景楓の出身地はどこだったか。
(えっと、そうだ白夜地域だ。資料集読んどいてよかったぁ! それで、肝心な方角だけど……全く覚えてないねぇ!)
(いや待てよ。ここは知識勝負だ! 白夜は北の方で起こる現象のはずだから……)
「えっと、玄武とか?」
北の守護の神は玄武だったはずだ。星月国も同じ振り分けなら、きっとそうだろうと。
「ま、そうだな」
「なぁにその含みがありそうな答え方」
「いるかわからん存在だ、そうだと俺が答えるのも違うだろう」
含みの理由はそれみたいだ。しかし、秦景楓の考察も的外れではなかったのだろう。白夜地域はきっと北の方だ。きっと、多分? ちょっと気になるから、後で設定集を見てみるとしよう。どうしようか、これで白夜地域が北と見せかけ、実は暮相地域が北でした! とか、秦景楓の知る配置とはまた別でした! とかだったら。まぁ、確認するまでは白夜地域は北で玄武の領域だ。
「天帝がいるなら、四神もいるんじゃないの?」
「そうとは限らん。天帝は見たことあるが、四神はない」
平然とそう告げる。まぁよくある理論だろう、目に見えた者しか信じないというのは。
「へー……って、天帝見たことあるの!?」
「そんな驚く事じゃない。七歳の時にそう言う儀式があるのだ、そんな事も知らんのか」
それは本当に一般常識かと問いたくなったが、身分によって持ち合わせる常識が違うのは当然の事だ。文句は言わないでおいて、純粋な関心の気持ちで頷く。
「うん、普通に知らなかった。それってどんな儀式なの?」
秦景楓は思わず前のめりになって尋ねる。
天帝とか言う神様的ポジションとご対面する儀式、単純に気になるだろう。
「悪いが、そう無暗に話して良いモノではない」
「そっかぁ、まぁ儀式だもんね。そりゃそうか」
きっと、お偉いさんしか立ち入れない秘匿の儀式なのだろう。しかし、七歳の儀式と言うと日本の七五三などが連想されるだろう。そのように、何かしらの形で無事にそこまで成長した事を祝い、これからも健康で過ごせるように祈る儀式だと思われる。
そんな考察をしながら、秦景楓は片手間に筆を動かす。話しながらすらすらと絵を描いている様子は異様だと言われるが、所謂マルチタスクというやつだ。
「それはなんだ?」
「ん? 玄武」
描き途中の玄武は、正直ただの亀状態だが、ここから先で玄武特有の蛇部分を詰めていくのだ。
折角四神集合絵を描いたのなら、一匹ずつ単体で描こうという、どこに対するものかはわからない気遣いだ。
(四神画集でも描いて作ってみよっかなぁ。何枚か描いたら綴じてみて、本状にしたら入手ポイント増えそうだし、シリーズで仕上げるか。何ポイントくらいになるだろ)
そんな事を考えながら、さらさらと筆を進める。簫司羽に横から見られているのが気になりながらも、それ自体は大した妨害にはならないと意識しないように作業を進めていた。
少し考え始めると、またさっきの悶々とした気持ちが湧いて出てきてしまうから。
そうして見られながら作業する事、約二時間。飽きないのか、簫司羽はその間ずっと彼の作業風景を眺めていた。本当に、一度も席を立つ事なく。
いや、秦景楓だって気持ちわかるのだ。イラストレーターの出しているメイキング動画はついつい眺めてしまう、だが秦景楓は頼まれたらイラストの依頼だって受けるだけの素人だ。面白くはないだろうと。
「し、司雲。流石に飽きない?」
「いや、中々興味深い」
即答され、秦景楓はどう返したらいいか分からなくなってしまう。
意識しないようにするのも大変なのだ、分かって欲しい。隣にいられると徐々に徐々に認識していってしまう、彼が攻略対象だと。そして少しずつ好感度が上がって行っている事も、ルートを間違えれば監禁エンドまっしぐらだという事も、全部意識するととんでも情緒になってしまいそうだ。
しかし、彼の場合、現在進行形で実際なっていると言った方が正しいだろう。だから精神集中がてら絵を描いているのだから。だが、それでもこうも間近に良い顔があると思考がぶれてしまう。視界に入るのだ、彼の作り物のように造形の素晴らしい顔が。
(もうちょっと冷静になって考えたい、なんとか司雲を離れさせたいぃ……)
膨れて行ったもどかしさは頭の片隅を支配していて、秦景楓は小さく震えながら筆を持つ手に力を籠める。本当に、頭の一角が自分の物じゃないみたいだ。あぁ、本当にどうしよう。
「あ、僕、素連に桃のおすそ分けしてくるね! 司雲は適当に、留守番をしておいてほしいな」
急にガタリと立ち上がった彼は、普通に不自然だっただろう。しかし、こうでもしないと距離を取れない、まさか皇帝様に「帰って」とは言えないだろう。
きっと、今の彼の内心を誰かに説明しても「そんなこと?」と思われるだろう。そもそも、未知の感覚が過ぎて説明が出来ないし。