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【第十二章】和を念じる者

 資料集にいくつか登場したように、星月国にも地域が存在する。分かりやすく君達の言葉で例えるのなら、都道府県みたいなものだ。まぁ、都道府県と比べると数は少なく、まとまりは大きいのだが。似たようなモノだろう。

 国にはそんな地域が四つある。それらの名前は「白夜地域」「暮相地域」「暁星地域」「宵越地域」の四つだ。

 稼ぎたいのなら暮相地域、行楽に出るなら暁星地域、癒されたいなら白夜地域、落ち着きたいなら宵越地域と、それぞれがアピールする特色がある中で、宵越地域と言えばあまり人気は多くない郊外と言える面が特に大きいだろう。先述した「落ち着きたいなら宵越地域」と言う世間的に知られたフレーズも、九割以上はそこから来ているだろう。「人がいない」と言うとマイナスなイメージが付くが、言いかたを変えるだけでこのように魅力的に感じてくるのだ。

 そしてこの宵越地域は、人気が多くない分お偉いさんの別荘があったりするらしい。所謂別荘地と言うヤツだろう。

 さて、色々と説明したが話を本題に移そう。そんなここ、宵越地域には一つとても有名な話があるのだ。

「簫和念様。苑香様より文が届きました」

 女が声をかけた先、一つに括った肩程にまで伸びた紫髪を柔い風になびかせ、笛を吹く少年が声に気付いて手を降ろした。少年の肉体は既に大人と大差ない程成長したモノだったが、驚いたように目を丸くしたその表情には、まだ子どもらしさが残っている。

 彼は簫和念。艶の良い紫髪とその苗字が、何より分かりやすい証拠だろう。言わずもがな、彼は王族の血の持ち主、現皇帝、簫司羽の種違いの弟だ。

 そう、宵越地域には王族が住んでいるのだ。これが、この地域に存在する他にはない、随一に有名なお話だ。ちなみに別荘ではない、ここが今の彼の本拠地なのだ。これにはよくある王族の諍いに関係があるのだが、訳は話すと少々難しい話になるから、また今度にしよう。

「ありがとう、玲玲。確かに受け取った」

 母からの文は珍しくも無い。簫和念は穏やかな笑みを浮かべ、御付である彼女からそれを受け取る。紐を解いて広げれば、見慣れた母の達筆な文字が連ねられている。

 恐らく、いつもの他愛もない世間話だろう。多少読みづらい文字だが、長年読み続けた文字だから読めないことは無い。そう思って目を通したが、そこに記された内容はそんな穏やかなモノではなく、簫和念は息を呑む。

「――っ! 玲玲! 今すぐ皇都に向かう、そっちも準備を頼む!」

 バッと顔を上げ、またそこに残っている玲玲に指示する。その慌て具合から、ただ事ではないと察した彼女は、落ち着いて問いかけた。

「落ち着いてください、簫和念様。皇都に向かう事は構いませんが、まず、文にはなんとあったのでしょうか? 玲玲に教えてくださらないでしょうか」

「兄上が、病気で倒れられ休養中らしいのだ。容体も重いようで……私が行ったからと言って何ができる訳ではないが、せめて安息かの確認をしに行きたい。よいか……?」

 心なしか上目遣いめに尋ねてくる主は、いかにも「弟」らしい。とは言え、彼が弟の立場で暮らしていた期間は、幼少期の短い期間だけなのだが。ある意味これもブラシーボ効果という奴の一種なのかもしれない。なんて、玲玲はそんな事を思いながらも、何気に「玲玲に教えてくれないか」と昔の皇子相手のように口走ってしまった事を恥じ、それらを表に出さずに頷く。

「分かりました。では、準備をさせましょう。簫和念様も、お荷物の準備を」

「ありがとう、玲玲」

 簫和念様の浮かべた笑みは穏やかで、承諾された事に安堵しているようにも見えた。


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