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【第十二章】「シナリオ」のその先

『システム作動――ご無沙汰しております、秦景楓。ご機嫌はいかがでしょうか』

「悪くはないけど、僕今すっごい焦ってる! ちょっと聞きたいんだけど、簫司羽の攻略って下手したら死ぬ分岐ないよね!? 資料集に不穏なワードが見えたんだけど」

 秦景楓は、ヤンデレの彼女に追われるゲームの制作を手伝った事がある。それはもう、どんな選択肢でも基本デッドエンドで、トゥルーエンドに辿り着くのが至難の業だった。だから猶更、執着される=死という概念が頭の片隅にチラついているのだ。

『応答――ご安心ください。貴方が攻略対象に悪意ある行いをしない限り、貴方に死が訪れる事はありません』

『貴方であれば最良の結末を導き出せると信じております』

 これまた不穏なワードチョイスだ。システム本人は気付いているのだろうか、と言うか気付けるよおうな生物なのかも危うい。

 しかし、それでこそとんでも不敬をやらかして処刑とかにならなければ死亡エンドはなさそうだ。それが分かるだけで大まか安心だろう。秦景楓は頭を抱えながらもため息交じりに言葉を返す。

「まぁ、とりあえずそれはいいや。システム、台本の続き頂戴。出来れば結末の分かる最終話まで」

『要望を認識しました――回答。申し訳ございません、それは不可能です』

 まさかの回答に、秦景楓は目を丸くして声の聞こえる方向に顔を上げる。

「え、なんで? 純粋になんで?」

『存在しないからです』

 それは、至極真っ当で単純な理由だった。しかし、秦景楓には理解出来なかった。台本がない、そんな事は有り得るのかと。確かに秦景楓が元々いた世界線で、ドラマはまだ撮影が始まったばかりだった。しかし、時間をブルーレイ発売決定時まで持って来て資料集なんてものを出せるというのに。

「はいぃ? え、どゆこと? 存在しないって……どゆ事よ?」

『それは、天帝の創り込みの甘さ故とお答えしましょう』

 システムは質問に答える事はしてくれたが、全くもって答えにはなっていなかった。

「え、作り込み……? え、どういう事だよそれ! しかも天帝って、何か僕に隠してる壮大な事実あるでしょ!?」

 今目の前にシステムという人物が立っていたら、肩を掴んで思いっきり揺らしていた事だろう。何もない訳がない、絶対にそこに自分に教えられていない真実があるのだ。

『――エラー発生。該当質問には回答許可が下りておりません』

「回答許可って何!? 天帝ってのは実在するの? その天帝ってのがその事についてはまだ教えちゃダメだって指示してるって? ちょ、ふざけんなよぉ! こっちは協力してあげてる側だっての!」

『申し訳ございません。ですが、システム都合上、権限のない行動の実行は不可能となっております』

 面倒な男モードに入った秦景楓の文句に、システムは感情を見せる事なく業務的に対処にかかってくる。

「んもぉ、これだからAIは嫌いなんだよぉ! 少しは融通利かせっ、無料駐輪時間から十秒漏れただけで通常料金にするな! 十秒は目を瞑れぇ!」

 もうそれはシステムには関係ないし、駐輪所の精算をしているのはAIとはまた別物だが、これはボケではなく完全なる脊髄発言故のそれだ。システムはそんな色々にツッコむ事はせず、自分に向けられた訳ではないセリフには応答しない。

「何でも屋さんは僕の仕事だぞ! 奪うなっ!」

 全く関係のない愚痴までに波及しだす。このモードに入った彼はとにかく脊髄で口を走らせているのだ、許してやって欲しい。

 しかし、今回は落ち着くのが早かった。秦景楓は急にスンと力を落とし、短く息を吐く。

「まぁ、とりあえず良いよ。システム、その天帝ってのに許可取れるよう申請しといてよ。それ、絶対重要情報じゃん?」

『かしこまりました。しかし、ご安心ください、任務に直接関係はございません』

「いや、なくたってよ……そう言う問題じゃなくてさ」

 これは任務どうこうの話ではなく、隠されている事が場合によっては見過ごせない事態かもしれないからだ。例えば、実はお前が元にいた世界の方が実は全部作りモノなんだよ! 的な。そう言うのだったら、流石に素直に「あ、そうだったんだぁ」では済まない。

「とりあえずさ、僕いつのまに簫司羽にエンカウントしていたみたいだからさ。このまま好感度上げ続けられるように頑張るわ。攻略ってのはそれでいいんでしょ?」

『はい、この調子でお願いいたします。どうか、「秦景楓」の望む道を導き出してください』

 問いかけに、システムはどこか含みがあるようにも感じる返答を出してくる。

 秦景楓は、何故このタイミングで名前呼びをしてきたのかと首を傾げたが、特に気にするべきところでもないだろうと解釈して頷く。

「? うん、分かった。僕の望む道ってのはよく分からんけど……ま、一先ずハッピーエンドがいいんだよね? りょーかい」

 半分は適当な返事をして、スペースから去っていく。

 これから司雲改め簫司羽にどういう顔をして接したらいいか分からないが、進捗報酬とかいうのが入っているのなら、とりあえず今までの行動で好感度は下がっていないという事だろう。それなら、様子を見ながら今まで通りを通すのが一番だ。

 部屋に戻ると、寝台に横になり息を吐く。

 なんだか疲れた。どうしてか異様に疲労感がある体から力を抜いて、秦景楓は目を瞑る。

(作業しようかなって思ったけど、やっぱり寝よ。進捗報酬で、それなりに稼いでいたし。今日くらいは、サボったっていいよね……)

 ぼんやりと心の中で呟けば、あっという間に意識は眠りに落ちる。


「――楓。秦景楓、起きろ。いつまで寝てるつもりだ」

 秦景楓は、もうすっかり聞きなれた司雲の――いや、間違えた。司雲は簫司羽だから、簫司羽の声が聞こえたのだ。

 目を開けると、なんだか少し違和感が過った。

(あれ、部屋の内装が違う……?)

 ほんのちょっとの違いを疑問に思いながらも、秦景楓は寝起きの頭で思いついた。きっと朝ごはんの催促だろうと。

 ごめんね、今ご飯作るから。そう発しようとしたが、どうしてか上手く声が出せず、喉からは擦れた吐息が出て来た。まるで昨日は一日ぶっ通しでカラオケで熱唱した後の喉だ。それと同時に走った主に腰辺りに感じる痛みに、短く唸って顔を顰める。

(いっ――、な、なにごと!? 腰が痛い……? 動けない程じゃないけど、明らかにいつもの僕の腰じゃない!)

 驚きと同様で言葉を失っていると、簫司羽に肩を優しい力で押され再び横にさせられる。

「キツイだろう、起きなくていい」

「白湯だ。飲んでおけ」

 どうやら白湯まで用意してくれたようだ。彼の気遣いに感動しながら無言で頷き、とりあえず受け取った杯から一口白湯を飲む。

(風邪でもひいたのかな……それで、たまたま僕の部屋に来た簫司羽が気付いてくれた感じか……? それにしては、あまり頭がぼーっとしてる感じはないけど)

 考えながらふと視線を下に向けると、今度は別の意味で言葉を失った。

 そりゃ誰だって驚くだろう。自分の手首に、明らかに何かしらの痕があったら。というか、明らかに人の歯形がある。視界に見える範囲だが、己の体の至る所に様々な痕が残っているのだ。

(は……? なにこれ……)

「悪かった、少しやり過ぎた」

 自身の腕を見て目を見開いている秦景楓に気付いたのだろう。簫司羽の謝罪に顔を上げて見れば、彼はほんのりと申し訳なさそうにこちらを見ている。しかし、その眼の奥には、心配以外の何かしらの感情があるように思えて、秦景楓の胸の底でゾワッとした何かが過った。

「だが、お前が悪いんだぞ」

 その言葉と同時に、簫司羽の目が険しくなった。握られた手に力が籠められ、追い詰めるような痛みに目を潤ませる。

「しょう、しゅ……?」

 擦れながら漏れ出た呼びかけには、明確な「恐怖」が孕まれていた。今まで生きて来て感じた事のない感覚に、体が微かに震えだす。

「お前が悪いんだ。逃げようとしたんだ。俺から、俺から……っ」

 力は弱められたが、彼の様子は明らかに正常ではなかった。膝を落とし、包み込んだ秦景楓の手に項垂れる。

「頼む、小景……嫌いに、ならないでくれ……」

 その声は弱く、まるで縋っているかのようなモノだった。

「ここにいる。僕は、ここにいるよ」

 まるで意識せず口から出たその言葉。そこで、秦景楓は理解した。

(あぁ、これ。『秦景楓』の記憶だ……それを、夢で見てるのかな……)

(小景かぁ、僕と同じ乳名だね、『秦景楓』。だけど、これはどういう事だい? もしや、これが執着の果てかぁ! あー、なるほど。随分とまぁ暴力的な愛だことぉ! え、選択肢間違えたらあれがこれになるの!? 下手なデッドエンドよりも怖くないか? シナリオ担当さんって、こういうのが癖だったってコト!?)

 現実逃避のように半場ふざけた思考を回す。しかし、そういう呑気にふざけられる状況ではない。

(ドラマの本筋世界線なら、顧軒がいるはず……顧軒は、どうなったんだ? というか、正式カプは顧軒×秦景楓じゃなかったっけ?)

 考えながら、少し冷静になった頭を回す。足を少し動かした瞬間、ジャラっという音が聞こえ、彼の思考は再び「え?」の一文字に染まる。

 そうして、目視してようやっと片方の足首にある異物感を辛うじて意識出来た。

 どうして気付かなかったのだろうか。本当に、全く何かついている感が無かったのだ。その事で、秦景楓は一つの事を察する。

 例えばの話だ、指輪や首飾り、その他アクセサリーを付けたとしよう。最初の内は、異物感にほんのりとソワソワするものだが、数日間ずっと付けていると、不思議となにも感じなくなる。寧ろ、つけて無い方が違和感あるようになってくるのだ。

 とどのつまり、この体は慣れているのだ。

 それに気付いた瞬間、眩暈がして目を瞑る。そうして目を開けると、時間が切り替わっていた。

「景楓……俺は、諦める事にしたよ」

 同じ寝台で、背を合わせて横になっている相手、顧軒は虫の声が溶け入る夏の夜空を眺めてそう口にした。

「もう逃げられねぇよ、こんなん。『皇帝様』に目を付けられた時点で、俺達は終わってたんだ」

「ま、だけどさ、案外悪くはないよな。逆らわなきゃ、俺にも優しくしてくれるし。それだったら、従順でいた方がマシだ。な、景楓?」

 その問いかけに対する正しい答えは、秦景楓には分からない。

「うん、そうだね。顧軒」

 しかし「秦景楓」は、優しく彼の言葉に寄り添い、シーツを握り締めた。


 秦景楓は安心できる部屋で目を覚ました。

「わぁ、すっごい……なんか、わぁ……」

 見てしまった夢に、語彙力を無くす。夢と仲と同じ構図で寝ていたせいで、なんだかまだあの世界線にいるんじゃないかと錯覚してしまうが、ここは自分の部屋だ。証拠に、鶏の餌の催促の声がここまで響いている。

 正しく悪夢を見た直後だ、心臓がドクドクと有り得ない程に鼓動している。

「マジ、か……選択間違えたら、あれと似た事になる訳か……?」

(いや、この世界線にまだ顧軒と言うキャラは出ていない。だから、まんまアレと同じのになる確率は低い……)

(落ち着け、落ち着けマジで。大丈夫、絶対あぁはならない。根拠のない自信上等だ! どうにでも出来る、僕は秦景楓と違って、なんかこう、アレだからねっ!)

 無理矢理湧き立たせた自信で平静を取り返し、起き上がる。

 何も、簫司羽だって選択肢一つ間違えたからこうなった訳ではないんだ。全ては蓄積が生み出した結果、それなら、今の状況は大分良いと言えるだろう。まぁ、分からないが。一先ず秦景楓の出来る事は一つしかない。

「人の様子を見ながら行動するのは慣れているしね」

 切り替えて、うるさい催促を黙らせる為にも朝の準備を始めた。まずは己の身自宅だ。

 ほんのりと不穏な空気が漂ったが、今日も快晴で気持ちのいい朝だ。

「さて、と。一先ずやる事済ませますか」

 今日もまた、秦景楓の一日が始まった。


 あんな夢をみた後だが、客間にいた簫司羽はいつも通りの平常な様子でそこに座っていた。秦景楓は安心して、

「おはよー、司雲」

 昨日の様々な事をなかった事にした。

「ほう、そう来るか。おはよう」

「追い付かない事は考えない主義なんだ。それに、簫司羽である君に対する接し方を僕はまだ測りかねている。だから、もうしばらく君を司雲と思う事にしたよ!」

「適当に在りモノで朝ごはん作っちゃうから、待っててねー!」

 ごく普通に振る舞いながらも、その内心は平常心ではなかった。いや、その内心は少々行動にも出ていたような気がするし、多分簫司羽は気付いていたが。それはそれとしてだ。

 パタンと扉を閉め、背を付ける。

(簫司羽がいる……どうしようどうしよう、このまま司雲って呼び続けて誤魔化し続けようか! 事が淘汰されるまで!)

 なんて、ガッツポーズまでして心に決め込む。全て、昨日今日の出来事を誤魔化す為だ。




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