今までそんな文字みた覚えがない。進捗報酬という名目から進捗の報酬なんだろうとは分かるが、それに関しても身に覚えがない。
「ん……なんだ、この履歴……?」
「スペース、いる? この履歴は何?」
訊くが、スペースは声を発しない。そもそも、声を発するように構成されていないのだが、いつもなら紙やらの何かしらの手段で返答がされるのだ。そして、たまにスペースに現れてはゴチャゴチャ言ってくるシステムでさえ返答はくれない。秦景楓はただ首を傾げ、履歴に今日の換金した分のポイントが増えるのを目にした。
計二百五十ポイント、まぁいつも通りの収入だ。やはり木彫りは雑草よりも高く買い取ってくれるようで、雑草のストックが切れたらこちらにシフトチェンジするのがいいだろう。紙とペンはあるのだから、絵を描いてもいいかもしれない。何にせよ、収入に困る事は無いだろう。
(謎の「進捗報酬」ってのが気になるけど。まぁ、減算じゃないし、ポイントが増えてるならそれでいっかな。うん)
半場無理矢理自分を納得させて、履歴を閉じる。
「うん、今日もありがとねスペース。それじゃ」
軽く手を振ってスペースから出て行った。その先に繋がっているのは新しい自室だ。司雲も流石にまだ入浴中だろうし、中に入ってくる事はないだろう。秦景楓は安心して任務の為の行動が出来る。資料集でも読もうかと椅子に腰を下ろし、机の引き出しに手を掛ける。
手に取ったのは資料集だ。超重大ヒントとも言えるそれを開き、パラパラと素早く簫司羽のページを探す。
メインキャラ三名は見開きでたっぷりボリュームで書かれているようで、登場人物紹介の最初は主人公である秦景楓の紹介が書かれている。
ここは貰ったばかりの時に軽く目を通している。自分の事は別にどうでもいいのだ、まぁ正確に言えばこれは自分ではないのだが。とにかく、本題の簫司羽のページはもう直ぐだろう。
「ここが僕のページって事は、多分次の次とかが簫司羽だよな」
呟いて、もう一つページをめくる。秦景楓の予想通り、簫司羽より先に顧軒の紹介が入っていた。
(やっぱり、「秦景楓」の次は顧軒かぁ。そうだよな、ドラマだとこっちがメインヒーローだもんなぁ。相変わらず、よく分からないよな、この任務。「ドラマの主人公に成り代わって、当て馬の攻略をしろ!」なんてさ、聞いた事ないよ)
なんて思いながらも、顧軒の紹介にも目が行ってしまう。
(顧軒、やっぱ簫司羽とは違ったイケメンだよなぁ)
色は付いていないが、この段階でも顔の整った男である事が伝わる。秦景楓は切れ目のキリッとした顔立ちだが、顧軒は爽やかさとヤンチャさを兼ね備えたような雰囲気の、俗的に言う爽やか系イケメンだ。顔のデザインを見から、紹介文に目を移す。
顧軒 二十四歳 身長百七十三センチ
フットワークの軽い、明るい青年。その場に大人しくとどまっているのが得意ではなく、後宮に入ってからも目を離すと一人でほっつきまわっている。
・出生 星月国の四台地域の中では最も栄えた商業の中心地、「暮相地域」出身。実家は姓のないごく一般的な商業を商う家だったが、経営は苦しい状況。幼い妹の為、帝都に働きに出た。帝都で商売をする傍ら、集客の為大道芸を披露していた所、王宮の役人に目を付けられ男妃となる。
そう示された彼の紹介に、秦景楓は小さく「ふーん」と声を漏らす。
(気の毒だな。そうしたら、ロクに家族に会えなくなるじゃないか)
彼のページには、取引として王宮から実家へ支援金を渡す事を条件に後宮に入った事も書かれている。なんとも家族想いのいい男だろうか、将来はこういう息子を持ちたい所だ。
そんな事を考えながら、後の詳細は飛ばして次に行く。
(次は間違いなく簫司羽だろう。ここで、いいヒントがあるはず……!)
ちょぴりドキドキしながら目を開ける。そこには間違いなく「簫司羽」の三文字が書かれている、目的のページだ。しかし、秦景楓は目に映った一つの情報に、ふとした違和感を持つ。
「あれ、これって……?」
簫司羽のページで、「簫司羽」と紹介されているその登場人物。色こそついていないモノクロの状態だが、だからこそ感じてしまう既視感。この男は、司雲にまるでそっくりではないか!
「え、司雲そっくり……と言うか、もうこれ司雲と同じ顔じゃん」
驚きの声が口から漏れ出れる。多分簫司羽の親戚だろうと思っていたが、これ程にていると身内は身内でも双子とかでないと説明が付かないだろう。そりゃ、従兄とかでもそれなりに似ている場合はあるが。
(いや待て、結局これはドラマなんだから、現実じゃそう有り得ない程似ている親戚キャラって言うのもいても可笑しくない……いやだけど! それだけメインキャラにそっくりなサブキャラがいるなら、ドラマに登場していないと可笑しい! メタ的に、破片も出さないのならそんな設定のキャラはいらないだろ!)
これは、彼なりのメタ的な視線だ。メインキャラにそっくりと言う設定は、一種の伏線にもなり得る程のモノだろう。それを出しもしないキャラに使う訳がない、そうだろう? しかし、実際「司雲」はここで記された「簫司羽」によく似ている。
しかし、一つ忘れてはいけないのは、この世界はドラマとは別の世界線だ。一介の名ありモブであった素連が冷宮にいるし、何よりその「秦景楓」の中身は、同じ秦景楓でも違う方の秦景楓だ。
「これも、ドラマとは違う世界線であると言うアレか……それか、もしかして……!」
彼の中で、一つの可能性が思いついた。
「司雲が、簫司羽なのか……?」
辿り着いた答えにハッと顔をあげる。可能性、というか。これはもう「正解」ではないだろうか?
「秦景楓、入るぞ」
「う、うん! ちょっと待ってねー!」
扉の向こうから聞こえた声に、慌てて資料集を机の中に勢いよくぶっこむ。
向こうには、寝巻で肩にタオルをかけた風呂上がりの司雲がいた。髪はまだ湿っていて、ちゃんと乾かしてはいないようだ。
「どうしたの、司雲?」
「ん」
彼は己の髪を顎で指す。それで秦景楓も思いだした、毎晩濡れた彼の髪を乾かしているのは自分なのだ。それの催促だろう。
最初は適当に水分をふき取っただけで部屋に戻って来た司雲を見て、折角の綺麗な髪が痛んだら勿体ないと自分用に交換していたドライヤーを使って乾かしたのだが、そこから流れで風呂上がりの彼の髪の手入れをする事になったのだ。
「あぁ! そうだね、乾かそうか。座って座って」
椅子に座ってもらって、ドライヤーを取り出す。この昔に近しい世界観に最新ドライヤーというのもどうかと思うが仕方ないだろう。元はと言えば秦景楓は現代人なのだから、文明の利器に頼りたい。ちなみに、まだ司雲にツッコまれていない。
(あ、そうだ。こっちの部屋の机にはコンセント繋がるようにしてないんだ)
「ごめん司雲、座ってもらったけど、部屋移そうか。こっちじゃこれ使えないんだ」
「分かった」
文句は言われず、司雲は素直に立ち上がって自分専用になった部屋に移った。
部屋でコンセントを繋いでドライヤーを起動する。温風で最大出力に設定すれば、一番乾きやすい風が出てくる。あまり近くからになり過ぎないように、程よい距離から風を当てていく。
(本当に司雲が簫司羽なら、髪を乾かすなんて他人にやってもらうのが常だったから自分じゃ出来ないっていうのも自然だ……まぁ、皇帝じゃなくともお偉いさんなら割とありそうだけど……)
(殺されそうになるのも、その状況であれだけ落ち着いていたのも、小さい頃から色々な人に命を狙われたっていう簫司羽の設定に添っている。という事は、やっぱり――)
「ね、ねぇ司雲。ちょっといいかな?」
「なんだ?」
振り向いて見えた彼の横顔は、やはり資料集のあの絵にそっくりだ。
何だか緊張してしまう。いざこれを尋ねてしまって、本当に大丈夫なのだろうかと。しかし、聞かなければこの疑問は消えない。
他人の空似なら空似でそれでいい、親戚ならそれだっていいのだ。とにかく今は、この疑問を晴らしたかった。固唾を飲むような気持ちで、秦景楓は恐る恐ると尋ねる。
「変な事聞いてたらごめんなんだけど。司雲ってさ、もしかして……皇帝様その者だったり、するのかな……?」
その問いに、司雲は――簫司羽は、小さく一笑を浮かべた。
「やっと気づいたのか? 秦景楓」